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【短編】狂乱する“賢い大人”たち

*今回はちょっとだけ「あとがき」があります。 

 それが僕の町に現れたのは、ある日の夕方のことだった。
 放課後の教室で、いつものように友達とカードゲーム「マジシャンズ&ファイターズ」で遊んでいると、急に空が暗くなってカードの文字が読めなくなった。
「あれなんだ?」友達が手札を机に置いて、窓の外を見た。
 空に巨大なピザのようなものが浮かんでいた。僕が通っている小学校よりはるかに大きく、町全体をすっぽりと覆ってしまいそうだ。
 気づいたのは僕たちだけではなかった。運動場を見ると、先生たちが職員室から出てきていた。部活動中の生徒も、みんな動きをとめて空を見ている。
 すぐに政府の偉い人や知事、市長が町にやってきた。自衛隊や警察もたくさんやってきて、ヘリや戦闘機が空に浮かぶピザを取り囲んでしまった。
 それが「宇宙人」の船であることが、翌日のニュースでわかった。政府の人が宇宙船の中に招かれて、話しをしたらしい。
 僕のお父さんとお母さんは、食いいるようにテレビを見ている。もちろん、僕もだけれど。
 いったい何をしにきたのだろう。ひょっとして、アニメみたいに地球を侵略しにきたのだろうか。侵略して、人を奴隷にしてしまうんだろうか。
 いろんな想像がふくらんだけど、政府の偉い人の言葉に、僕は現実に引き戻された。
『宇宙人は、我々地球人に〈決闘(けっとう)〉を挑んできました』
 決闘。頻繁に耳にする言葉だった。
「ねえ、〈決闘〉って」
「しっ」
 お母さんに声をかけようとしたが、指を立てて黙らされた。テレビでは、記者たちが次々に質問をしている。
『〈決闘〉とはどういう意味ですか?』
『文字通りの意味だと思われます。聞き取りづらかったのはたしかですが、間違いなく〈決闘〉と言っていました』
『なぜ〈決闘〉を?』
『わかりません。ですが〈決闘〉の本来の意味を考えるなら、命のやりとり、つまり宇宙人と我々地球人の命にかかわる戦いなのではないかと思います』
 記者たちがまたざわめきだす。それを制して、政府の偉い人は言った。
『向こうは〈決闘〉に二つの条件をつけてきました。ひとつは、〈決闘〉相手は、町に住む小学生にするように、とのことです』
『小学生に〈決闘〉を!?』
『無茶苦茶だ!』
『もうひとつは、〈決闘〉の方法です。えー……「マジシャンズ&ファイターズ」で相手をしてほしい、とのことです』
 えっ、と僕は思わず声をあげてしまった。またお母さんににらまれる。
 なんだそれは。聞いたことがないぞ。記者たちから怒っているような、戸惑っているような声が飛ぶ。
 僕はテレビを見るのをやめ、リビングを出た。ちらりと振り返ると、お父さんとお母さんが身動きひとつせずテレビを見つめていた。
 自分の部屋へ入ると、ひきだしを開け、カードの束を取りだした。さっき政府の偉い人が言っていた、「マジシャンズ&ファイターズ」のカードだ。
 どうして宇宙人が、このゲームを知ってるんだろう。
 僕は窓から、夜空をふさぐ巨大なピザを見上げた。

 「マジシャンズ&ファイターズ」は、二十年以上の歴史を持つカードゲームだ。僕が生まれる前に発売されたゲームで、世界中に愛好者がいる。
 プレイヤーはマジシャン……魔法使いになって、しもべとなるファイター……戦士を呼びだし敵と戦う、という設定の遊びだ。
 戦士、といっても人間だけではなく、ロボットや巨大昆虫、野獣など様々な種族がいる。また、マジシャンは魔法を使うことで、戦士たちをサポートできる。
 主に戦士カードと魔法カードで構成されたこのゲームには一万種類以上のカードが存在し、プレイヤーは好きなカードを組みあわせて「デッキ」という山札を作り、自由に対戦することができる。戦士と戦士を戦わせ、相手の持っている数値……ライフポイントをゼロにした方が勝ちだ。
 世界で最も売れている、ということでギネスブックにも載ったらしいけど、ゲームに興味がない人は知らないみたいだ。現に、テレビに出ていた大人たちは知らなかった。
 お母さんは僕が遊んでいるといい顔をしない。遊んでないでもっと勉強しなさい、といつも言う。僕はそんなに遊んでないと思うけど、どんなにテストでよい点を取っても、お母さんはほめてくれない。もっと頑張りなさい、と言う。
 一度、「どうして勉強しないといけないの?」と訊いたことがある。するとお母さんは、
「賢い大人はみんな、きちんと勉強してるものなの。馬鹿な大人にはなりたくないでしょう?」
 僕は、わかった、とうなずいた。世の中には馬鹿な大人がいっぱいいることを、僕は知っている。アルバイト先で冷蔵庫に頭つっこんだり、意味もなく人を傷つけたり、自動車事故を起こしても人のせいにしたり……そんな人にはなりたくなかった。
 そんなお母さんだから、僕が「マジシャンズ&ファイターズ」のカードを触っていると、いい顔をしない。宇宙人が来てからは、よけいに神経が敏感になっているように見える。カードを見た途端、嫌な顔をするので、僕は自分の部屋にこもるようになった。学校は休校中だ。
 宇宙人がやってきてから四日後。
 日曜日の朝、僕が新しいデッキを組んでいると、いきなりお母さんが部屋に入ってきて「お客さんよ!」と叫ぶような大声を出した。僕は遊んでいることを怒られたのかと思い、びっくりしてカードを落としてしまった。
 家にやってきたのは、テレビに映っていた政府の偉い人だった。あと、見たことのない中年のおじさんがいっしょにいた。外には黒塗りの高そうな車がとまっていて、映画で見るような黒いスーツの男の人たちが大勢立っていた。
「君が六平誠司(むさか・せいじ)君だね?」政府の偉い人は言った。
 僕はうなずいた。僕の苗字をきちんと「むさか」と読めるこの人は、きっと賢い大人にちがいない。
「実は君に、あの宇宙人と〈決闘〉をしてほしいんだ」
 この町にいる小学生で、「マジシャンズ&ファイターズ」が一番強いのは僕だと、政府の偉い人は判断したらしい。一番強い、なんて言われると照れてしまうけど、僕には強いという自覚がない。
 お母さんと、あわてて会社から帰ってきたお父さんは反対した。自分の息子に〈決闘〉をさせるなんて、何を考えているんだ、と。
 でも政府の偉い人は「これは人類の命運がかかった戦いなんです。今一番、勝てる見込みがあるのは、誠司君だけなんです」と言いきった。
 人類の命運。その言葉に、お父さんは黙ってしまい、お母さんはしくしくと泣きだしてしまった。
「あの……」僕はお父さんとお母さんが見ていられなくて、自分の考えを口にした。「〈決闘〉って言っても、そんな凄いことじゃないと思うんですけど」
「君の不安はよくわかるよ」政府の偉い人は微笑んだ。「私たち大人がサポートするから、安心してほしい」
 何だか、会話がちぐはぐだ。僕の話を全然聞いていない。本当にこの人は賢い大人なんだろうかと、疑問がわいてきた。
 政府の偉い人の隣にいたおじさんが、銀色の金属でできた鞄を取りだした。蓋を開けて僕に中身を見せてくれた。
 うわあ、と僕は声をあげた。そこには、「マジシャンズ&ファイターズ」のいろんなカードがつまっていた。おじさんは、「マジシャンズ&ファイターズ」の開発チームのリーダーだと名乗った。
「これを使って、最強のデッキを組むんだ。そうすれば、あんな宇宙人に負けることはない」足りないものがあればいくらでも言ってほしい、とおじさんは言った。
 僕は少し気になったことを口にした。「宇宙人はどこでカードを買ってるんですか?」
「町のカードショップに姿を見せたらしいよ」政府の偉い人は言った。「カードの購入を制限しないことも、〈決闘〉の条件だからね。どこで日本のお金を手に入れたのかは知らないけど」
「どんな姿をしてるんですか?」
 政府の偉い人と開発チームのおじさんは顔を見合わせた。「少しこわいかもしれないけど、大丈夫だよ」と政府の偉い人は、ちっとも大丈夫そうじゃない、強張った表情で言った。
 僕はもうひとつ質問した。「宇宙人はどんなカードを買ったんですか?」
「最新のパックを二箱買ったみたいだね」おじさんが言った。「もしそれだけでデッキを組むなら、対策は練られるよ。最新パックにどんなカードが入っているかはわかっているからね」
 「マジシャンズ&ファイターズ」は定期的にカードが追加される。パックと呼ばれる袋には八枚のカードが入っている。それを二箱分買ったということは六十パックを一度に買ったということだ。それなりに強いデッキを組んでくるとは思う。
 でも、僕はそれだけではないと思った。わざわざ「マジシャンズ&ファイターズ」での戦いを指定してくるのだから、宇宙人は他のカードも持ってるかもしれない。
「他に何も買わなかったんですか?」
「……そういえば、シングルでカードを買ってたって聞いたけど」おじさんが言った。
「君、シングルとは何だ?」政府の偉い人が訊いた。
「パックじゃなくて、ばら売りしてるカードを一枚ずつ買うことですよ。何が出てくるかわからないパックを買うよりも、組みたいデッキが決まってるならその方がいい」
 政府の偉い人は、外にいたスーツの男性を呼んだ。タブレット端末を受けとり、「ああこれだ」と言った。
「ええっと、きんがんの……」
「《金眼の青龍(ゴールデンアイズ・ブルードラゴン》ですよ」
「読みにくいな。あと、《攻殻のワーム》? とかいうカードも買ってるみたいだね」
 《金眼の青龍》と《攻殻のワーム》。どちらもドラゴンで、高い攻撃力と生命力が強みの戦士カードだ。
「相手が何を買っていようと、関係ないよ」おじさんが言った。「君はすべてのカードを自由に使える。それに、できあがったデッキの診断もしてあげるよ。使い方もね。大丈夫、絶対に負けないから」

 その日の夜、僕はもらったカードを見ながら、ため息をついた。
 どれも強いカードだけど、使いたいとは思えない。だって、宇宙人はこんなにカードを持っていない。僕だけ開発チームのおじさんからカードをたくさんもらって、不公平だ。
 作ったデッキを診断されるのも嫌だった。まるでテストのこたえあわせをさせられているみたいだ。ゲームは楽しくやりたいのに。
 SNSは宇宙人の話でもちきりだ。
 中には「僕と同じ意見」を書いている人もいたけど、誰にも相手にされていないみたいだ。
 世間では、大人がおかしな事件を起こしていた。宇宙人が来て小学生が〈決闘〉するなんて地球は終わりだーとか言って、女の人にいたずらしたり、ガソリンをまいて火をつけたり、自殺しようとしたりしている。中には偏差値がもの凄く高い大学の学生や、教授なんかがおかしなことをして逮捕されたりしている。大人がみんな馬鹿になってしまったみたいだ。
 戦うことになった僕のことは、どこにも書かれていない。僕に負担がかからないように、情報が制限されているのかもしれない。
 お父さんとお母さんは、伊勢に行ってしまった。僕が負けて人類が滅亡することになっても、息子だけは助けてほしいとお願いするらしい。仕事もほったらかしにして、何してるんだろうと思う。
 家でひとり、カップラーメンだけの晩御飯を食べながら、ため息をついた。
 みんな、おかしいよ。

 〈決闘〉の日が来た。場所は町の公民館だ。
 広い部屋には誰もいない。中央にテーブルと椅子があるだけだ。
 窓の外を見ると、近所の人やメディアの人が大勢いた。みんな、かなりの距離をとっている。まるでここが爆発するとでも思っているようだ。
 ドアのきしむ音に、僕は振り返った。
 悪魔が、そこにはいた。
 背丈は僕の二倍ぐらい……三メートルはあると思う。角が生えていて、折りたたんではいるけど翼がある。全体的に赤黒く、こんな表現はよくないのかもしれないけど、化け物だった。
 僕は悲鳴をあげそうになった。政府の偉い人が、宇宙人の姿について何も言わなかった理由がわかった。SNSに画像すら流れなかったのも、この姿を見て僕が逃げだすと思ったからだ。
 でも、悪魔……宇宙人の最初の言葉で、僕は悲鳴を呑みこんだ。
「ヨロシク オネガイシマス」宇宙人は深くおじぎをした。声は少し高めで、ちょっと女の子みたいだった。
 この宇宙人、ひょっとして子供なんじゃないだろうか。そんな疑問をいだいたときには、もう質問していた。
 宇宙人は少し顔を歪め……笑っているのだろう……、「十歳デス」とこたえた。僕と同い年だった。
 僕と宇宙人は、テーブルをはさんで向かい合って座った。宇宙人の重みで椅子が壊れるのではないかと思ったけど、大丈夫そうだった。
「僕、六平誠司。君は?」
 宇宙人はぼそぼそと何かを言った。僕には発音できない名前だった。宇宙人は顔を歪め……悲しそうだった……、自分を指さして「ウチュウジン」と言った。そう呼んでくれてかまわないということなのだろう。
「『マジシャンズ&ファイターズ』は、どこで知ったの?」
「パパ ガ ムカシ チキュウ ニ キタ トキニ カッテキテクレタ」
「初めて聞いた」前にも地球に来ていたなんて驚きだ。
「マエ ハ スガタ ヲ カクシテタカラ」
 姿を変えることもできるということか。それなら、今回も姿を変えればよかったのに。
「アイテ ガ イナイト アソベナイ ナンテ ワカラナカッタミタイ」
「え、じゃあ遊んだことないの?」
 宇宙人がうなずいた。どこか恥ずかしそうだ。
 僕は自分の考えが間違いではないことに気がついた。のしかかっていたものが、ふっと軽くなるのを感じた。
 右手を出して、宇宙人の手を握った。窓の外で大人たちがざわめくのが聞こえた。
「よろしく。楽しい〈決闘〉にしようね」
 宇宙人は大きな手で僕の手を握り返してくれた。笑っているように見えた。

 〈決闘〉、のかけ声とともに、勝負がはじまった。
 外では実況もはじめているようだ。テーブルにはカメラがついていて、盤面を確認できるようになっている。
『はじまりました、人類の命運をかけた〈決闘〉が。シヨさん、相手はどのように出ると思われますか』アナウンサーがたずねると、
『カードプールから考えて、ロクヒラ君の方が優勢でしょう。宇宙人のデッキに入っているカードはほとんどわかっているんですから、それを見こしてデッキを組んでいるはずです。ロクヒラ君のデッキは開発チームが目を通していますからね』シヨさんが言った。
 シヨさんはゲーム実況で有名なユーチューバーで、僕もスマホで動画をよく見ている。
 今回は僕たちの〈決闘〉の実況をするために呼ばれたらしい。実況は窓を通して丸聞こえだ。野球の実況でもそうだけど、実況は選手に聞こえちゃいけないんじゃなかったっけ……。
『誠司君、聞こえるかい?』耳につけた小さなイヤホンから、開発チームのおじさんの声が聞こえた。『実況は君の味方だ。相手にプレッシャーをかけるのが目的だ。君の戦い方については、相手の手札を見ながらこっちから指示する。だから、安心して戦ってほしい。君はひとりじゃない』
 ひとりじゃない。普通なら、凄く心強い言葉なのに、なんでだろう、今はひどくいらいらする。
 宇宙人はコストを支払い、後攻一ターン目から《金眼の青龍》を出してきた。高い攻撃力を持つこのカードでビートダウン……殴り倒すのが、彼のデッキの戦い方なのは明らかだ。
『魔法カード《ピットフォール(落とし穴)》が来るまで、防御でしのぎなさい。手札がそろえば《青龍》は破壊できる』
 手札を見た。《ピットフォール》はない。当たり前だ。これはおじさんに組んでもらったデッキではなく、自分で作ったデッキなのだから。
『宇宙人は《金眼の青龍》を出してきました。ということはビートダウンデッキでしょう。《攻殻のワーム》も入っているにちがいありません。ですがロクヒラ君のデッキなら十分対処可能でしょう』
 シヨさんの実況を理解しているのかわからないけど、観客は喜んでいるみたいだ。当たり前だ。僕の戦い方次第で、人類の運命が決まると思いこんでいるのだから。
 僕は耳からイヤホンを引き抜くと乱暴に投げ捨てた。「ちょっとごめん」と宇宙人に声をかけ、窓に近寄り、カーテンを閉めた。真っ暗になったので明かりをつける。そして、テーブルにつけてあったカメラをはずした。
 シヨさんの動画は好きだけど、生で聞く実況がこんなにうるさいとは思わなかった。あと、ロクヒラじゃなくて、ムサカだ。
「お待たせ」僕は努めて笑顔で言った。
「ドウシタノ?」宇宙人が不思議そうに首を傾げた。
「君とはきちんと〈決闘〉したいから、邪魔なの全部捨てた」
 宇宙人の表情は変わらなかった。何のことかわからないのかもしれない。
「じゃあ、続きを」
「ちょっと待った!」
 ドアが開いて、開発チームのおじさんが現れた。宇宙人におびえたような表情を見せながら、「少しだけ、少しだけタイム!」と言って僕を引っ張っていった。
 メディアがいない公民館の裏手に連れてこられた。政府の偉い人と開発チームのおじさん、それにお父さんとお母さんがいた。
「君に人類の運命がかかっているんだぞ! わかっているのか!?」
「どうして私の作ったデッキを使わないんだ!」
「あんな悪魔を前に何を手加減してるんだ。こわいのか!?」
「あなたいつもそう! どうして人の言うことを聞かないの!」
 いきなりひどい言葉を浴びせられて、僕は頭がくらくらした。誰が何と言っているのかもわからないほどだ。
 楽しいはずのゲームなのに、どうしてこんな苦しい思いをしないといけないのか。それにみんな、言ってることがおかしいよ。あの子……宇宙人は、ただ……。
 僕は思っていることを少しも言うことができず、宇宙人の前に戻ってきた。デッキは今さら変えることができない。はっきり言って、怒られ損だ。
 宇宙人が僕を見ている。何だか心配しているようだ。そんなひどい顔をしているだろうか。
 伏せて置いておいたカードを取ろうとしたけど、手が震えた。
 どうして怒られてまでゲームをしないといけないんだろう。誰のために? 何のために?
 もう、嫌だ。
 宇宙人の長い指が、僕の頬に触れた。そのときはじめて、僕は泣いていることに気がついた。
「イヤナラ ヤメテモイイヨ」宇宙人は言った。「ムリヲイッテ ゴメン。ボクガ オトウサン ニ オネガイシタカラ コンナコトニ ナッタ。マキコンデ ゴメンナサイ」
 僕は顔をあげた。宇宙人は僕たちの感性からするとこわい顔をしているけど、今はどこか優しそうな、一方で悲しそうな顔に見えた。
 僕は目を手の甲でごしごしとこすった。
「嫌じゃない。やろう」
 僕は宇宙人を見つめた。
 誰のため? 彼のためだ。
 何のため? 彼と楽しむためだ。
 だってこのゲームは、ただの〈決闘〉なんだから。

 勝負は、宇宙人の勝ちで終わった。
 三本勝負で、一勝一敗にもつれこんだ〈決闘〉は、三試合目で、高い攻撃力を持つ《金眼の青龍》と《攻殻のワーム》が場に出たことで勝負が決まった。宇宙人の切り札を除去する方法も、それを上回る攻撃力で叩きつぶす方法も、僕にはなかった。
 窓の外の人々は、パニック状態だった。
『負けました……日本の小学生が、〈決闘〉に負けました』シヨさんの声には力がない。
 もう終わりだ、俺たちは死ぬんだ、と大人たちがわめきちらしている。ただ、僕と同い年ぐらいの子供たちは、特にパニックを起こすこともなく、こっちを見ていた。たぶん、「マジシャンズ&ファイターズ」をよく知っている子たちなんだろう。
「アリガトウ」宇宙人が握手を求めてきた。「タノシカッタ」
「僕も」大きな手を握り返す。「また、やろう」
 宇宙人が顔を歪めて笑った。
「これからどうするの?」
「カエルヨ。キョウ ハ 〈ケットウ〉 シタカッタ ダケダカラ」
 やっぱり、そのために来たんだ。
「また会える?」
「タブン ムリ」宇宙人は悲しそうに言った。「コンナ オオサワギ ニ ナルト オモワナカッタカラ。オトウサン モ オドロイテル」
 そうだろうなあ。だって、宇宙人が来ただけでも大騒ぎなのに、「マジシャンズ&ファイターズ」で〈決闘〉なんて言われたら、パニックにもなる。
「〈決闘〉って言葉の意味、知ってる?」
「『マジシャンズ&ファイターズ』ヲ アソブ コト」宇宙人は平然と言った。
「そうだね。「マジシャンズ&ファイターズ」を一回遊ぶことを〈決闘〉って言うよね」
 それはルールブックにも書いてある公式用語だ。ゲームをはじめるときは、お互いに「〈決闘〉!」というかけ声ではじめるのがルールだ。
 僕は宇宙人を手招きした。宇宙人が腰をかがめたので、耳元でささやいた。
「『決闘』てさ、普通は物騒な言葉だから、使わない方がいいよ」
 宇宙人はきょとんとした表情をしていたが、すぐに「キヲツケル」と言った。
 宇宙人はデッキの中から、二枚のカードを抜きだして、僕にわたした。《金眼の青龍》と《攻殻のワーム》だ。
「こんなの受け取れないよ」
「トモダチ ノ シルシ。モウ アエナイトオモウ カラ」
 そう言って宇宙人は笑った。

 宇宙船が去ったあと、世界は気が抜けた炭酸飲料みたいになってしまった。
 人類が負けたのに、なぜ宇宙人は何もせずに帰っていったのか。政府の偉い人は、TVで上手く返事をできずにいた。
 でも、すぐにみんなが気がついた。
 宇宙人はただ、カードゲームの遊び相手がほしかったことを。〈決闘〉という単語は、ただのゲーム用語なのだということを。
 「マジシャンズ&ファイターズ」を作った会社は、世界中からもの凄く叱られた。まぎらわしい言葉を使うな、変なものを売るな、とひどいあつかいを受けていた。そのせいで、ゲーム用語の一部を変えることになってしまった。
 でもこの事件のおかげで、「マジシャンズ&ファイターズ」は普通の人も知ることになり、今まで以上に遊ぶ人が増えた。外国では賞金をかけた大きな大会がいくつも開かれた。宇宙人との〈決闘〉で実況をしたシヨさんも参戦したことでさらに有名になり、他のカードゲームが追いつけないほど競技人口は増えていった。
 僕はというと、もう「マジシャンズ&ファイターズ」で遊ぶことはなくなった。
 デッキは、ひきだしの奥にしまってある。開発のおじさんからもらったカードも、そのままだ。
 代わりに、お母さんに言われたとおり、もっと真面目に勉強をすることにした。これまでもやってきたつもりだったけど、今は切実だ。
 お母さんは言った。賢い大人はみんな、勉強してる、と。
 僕も賢い大人になりたいと思った。大切な情報を見落として、大騒ぎして、自暴自棄(最近おぼえた言葉だ)になって、パニックを起こすような、馬鹿な大人にはなりたくない。
 勉強ができる人が賢い人だとは思わない。でも、勉強をしておかないと、確実に馬鹿な大人になるということだけはわかった。それが、宇宙人が教えてくれたことだった。
 でも、たまにひきだしからカードを取りだして、眺めることがある。
 宇宙人がくれた二枚のカード。
 僕はピザが消えた夜空を見つめた。
 もし、また会えることがあったら、そのときはもっと楽しく〈決闘〉がしたい。もう、〈決闘〉とは呼ばれなくなったけど。

(了)

■あとがき
 世界の命運を左右することが多いカードゲームアニメ。
 トンデモ設定を「宇宙人」に限定して、もし、カードゲームアニメみたいなことをしたら……? というのが今回やってみたかったことです。
 カードの名前は、ほぼ某ゲームから取っています。

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