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好きだった人からのLINEを返さなかったのは。

連絡が来た時は正直びっくりした。

自分から連絡することはあっても、相手から来ることはほとんどなかったから。
「久しぶり!元気にしてる??」というフレーズを何回も見返し、信じられない気持ちになった。こんな事があるんだなと思ったし、とても嬉しかった。

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二十歳になるまで、ほとんど恋愛をしてこなかった自分に、大学3年生の夏、初めて好きな人ができた。

彼女は同じ農学部だった。入学当時はあまり接点もなく、目立つタイプではないため、ほとんど意識していなかった。
顔もタイプというわけではなかったが、共通の趣味があるのと良く授業が被ることで話すようになり、大学2年生の冬頃から次第に惹かれていった。

彼女は大人しくて、静かなタイプだった。教室でも隅の方に静かに座っている事が多かった。大人数が苦手みたいで、グループワークの時なんかはあんまり話さない。サークルで一緒の仲の良い子と居る時はよく喋っているので、人見知りするタイプなんだなと思っていた。

どうして好きになったのかは良く分からない。単純に会う機会が多かったのもあるし、趣味が合って話が弾んだのも1つかも知れない。 

好きになってからしばらくして、勇気を出して初めてデートに誘った。お互い自然(生き物とか)が好きで、ちょうど6月だったので「夜、ホタル見に行かない?」と誘った。彼女は快く「いいよ!行きたい!」と返してくれた。それが一応、人生初めてのデートでもあった。


夕方、大学で待ち合わせて自転車で並んで走った。正直緊張して何を話したかあんまり覚えていない。大学から20分ほど自転車で行った川のほとり。そこはアジサイが並び、暗くなるとホタルがよく飛ぶスポットだった。着いたときはあまり暗くなくて、ホタルも飛んでおらず、どうにか暗くなるまで楽しませなきゃ、と思って焦って会話した。緊張して楽しむどころじゃなかったが、緊張しているのがバレないようにしようとした。緊張する自分とは反対に、彼女はとても自然体で、大人に見えた。
暗くなってホタルが光り出すと、彼女は川の上を飛ぶホタルをじっと見ていた。アジサイの上で光るホタルがキレイだった。

途中まで帰ってきて、彼女と別れたあと、何とも言えない幸福な気持ちになった。自転車で夜道を走りながら、「楽しんでもらえたかな?自分のことどう思ってるんだろうな?緊張していたの伝わってないかな?」と色んな思いが込み上げて来た。初夏特有の、田んぼの土の匂いがして、あたりはカエルの声がしていた。

何日かして、ご飯に誘った。誘いのLINEを送る時はいつもドキドキした。初めてご飯にいった時、彼女が自分の家族のことを沢山話すので、ちょっと驚いた。大学に居る時の彼女は静かで、聞き役になってあることが多く、あんまり自分のことを喋るのを聴いたことがない。彼女の深い話が聞けて、少し特別な関係になれた気がして嬉しかった。

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大学3年生の夏は、彼女に片想いをしていた。本気で「恋」というのをしたのは初めてで、恋ってこんなに感情が動かされるものなんだ、と思った。正直、楽しいという感情よりも、胸が苦しいというほうが大きかった。相手にどう思われているか、それが気になり過ぎていたからだ。
デートの後も、楽しかったという感情の前に、「自分のことどう思っているのかな?」という疑問が来て、相手の言葉やしぐさを無駄に深読みしたりして、一喜一憂を繰り返していた。
デートに誘うと、断られる時もあったが、来てくれる事の方が少し多く、それは「好意」の表れかな?とその時は喜んだが、でもその後のLINEは素っ気なかったりして、「これどっちだ?」と不安になったりした。

彼女は自分を、友だちとしてなのか、少しは恋愛対象のして見てくれているのか、良く分からずにいた。このモヤモヤがずっと続くのは耐えられない気がした。もうすぐ8月が来て夏休みに入ってしまう。夏休みに入ると帰省やら合宿やらで、少なくとも9月の終わりまではほとんど会えなくなる。その間ずっと、どっち付かずでいるのは嫌だ、夏が終わるまでに決めたいと思った。

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結論からいうと、彼女にとって自分は「友達」だった。正直、LINEの返事とかで、薄々は感づいてはいたけど、「もしかしたら…」という糸のように細い希望にすがっていた。

告白して分かったわけではなく、夏休み直前にあった2泊3日の泊まり込みの演習の時に、彼女の親友に聞いて分かった。その親友には「告白しない方が良いと思う。〇〇(名前)は、「□□君は、いい友達だし、もしそういう目で見られていたら少し嫌だな」、と言っていたよ」と言われた。 

実際に告白して振られたわけではないが、振られたに等しい言葉だった。

それでも諦め切れず、いや付き合うのはほとんど諦めてはいたが、気持ちに整理をつけたいと言う意味でも想いを伝えたい、と思った。でも同時にそれはただの自己満足じゃん、とも思った。また純粋に告白するのが怖かった。

8月が終わり、風が段々と冷たくなってくる、9月の終わり。

告白はしない、恋愛は諦めて今のままの関係でいる、いう結論を出した。心にポッカリと穴が空いたような感じ。切り替えようと思った。でもそう簡単ではなかった。半年くらいは未練を完全に捨てることはできなかった。

大学3年の冬になって、就活、そして研究室が始まってお互いかなり忙しくなった。会う機会が少なくなって、その頃には嵐のように激しい恋愛感情はなくなっていた。ただ、たまに学内で会うと、少し嬉しい気持ちにはなった。大学4年になって更に忙しくなり、授業もなくなってほとんど会うことはなくなった。

卒業論文を必死になって仕上げていたら、いつの間にか、卒業の時期になっていた。
2月になって、全ての行事が終わり、お互いこの地を離れることになった。
引っ越しをする前、最後にその子とご飯を食べに行った。もう最後だし、誘おうと思ったのだ。初春の暖かな日差しの中、色んなことを話した。途中まで一緒に自転車を押しながら歩いて帰り、「じゃあね、また会おう」と言って別れた。

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お互い新たな場所へと移り、そして社会人1年目がスタートした。仕事の厳しさを痛感し、それと同時にコロナ禍が押し寄せ、色々と大変な思いもした。何とか夏を越え、秋を越え、冬を越えた。そして3月になって、再び春が来た。


そんな時だった。彼女から連絡が来たのは。

驚いた。

学生のとき、遊びやご飯に誘うときはいつも自分からだった。彼女から連絡が来ることなんて、ほとんどなかったのだ。だから、多分何か用事があるんだろうなと思った。

「久しぶりやね。どしたん?何か用事があるの?」

彼女からの返信はこうだった。

「特に用事ないよ!ただ元気してるかなって思って!」

はっきりいって凄く嬉しかった。そしてそんな風に言ってくれることなんか、今までなかったのだから。

その夜、その子と電話をし、仕事のことや、新しい生活のことなど色んな話しをした。
彼女は新天地でずっと友だちができなくて、家と職場の往復になっていたのだが、少し前に偶然、同じアパートの同世代の子と仲良くなり、今はすごいプライベートが充実してることを話した。その人とは毎週くらい会っていて、一緒にご飯を食べたり、ランニングしたりしているらしい。その子は社交的で友だちが多いらしく、その子関連で、どんどん友だちの輪が広がっているという。あと最近健康に気をつけていて、とても身体の調子が良いという話しをした。

「それは本当に良かったね、色々相談できる友だちがいるのは大きいよね」、的なことを言った。

電話の最後で、彼女は「また話したい!今度は顔見て話したいからビデオ通話しよ!」と言った。断る理由はなかった。嬉しいに決まってる。3年前の自分が今の状況を聞いても、多分信じてもらえないだろう。春が来たかも、と思った。 

それから1週間くらい経って、ビデオ電話で話した。久しぶりに顔をみて、変わってないなと思った。話しの内容が健康のことになった。
「最近、あるメーカーのプロテインと水を飲みだして、すごく調子が良いんよね」と彼女は言った。
最初は唐突すぎて「ん?何の話し?」と思って、「そうなんだ」と軽く受け流していたが、話しは切れず、商品がいかに効果があるかということ、その背景も素晴らしいということを、話し始めた。そして「絶対気にいるから一度試して欲しい!」と言った。

彼女は元々、そんな一方的に自分の話しをすることはなかったので、違和感も持って、ただあまりに勧めるので商品の名前を聞いた。会社名は、ニュートリライト。

少し呆然としたまま、しばらく電話を続けた。彼女は「実は今副業してて、まあその商品のMLMなんだけど、もしそちらが上手く行きだしたら、今の仕事は辞めるつまりなんだ。あ、MLMっていうのは、マルチレベルマーケティング、っていうビジネスのこと」、と言った。

卒業する前、最後に会って話したとき、彼女は「希望の職につけて嬉しい。楽しみ」と言っていた。その仕事をやめる??それでマルチ商法でお金を稼ぐ?どういうこと??

言葉を失って、上手く返事を返すことができなかった。適当な理由をつけて、ビデオ電話を切った。


信じられなかった。信じたくなかった。

判断ができなくて、どうしようか迷ったあと、彼女の親友に連絡した。とても聞きづらかったが、単刀直入に切り出した。自分の考えすぎ、勘違いであることを願って。

「〇〇さんだけど、もしかしてマルチとかやってないよね?」

親友の子は

「私も同じこと思っていた。なんかちょっとおかしくて、すごく心配だった」

と言った。


なんでも、その子が少し前に彼女の家に遊びに行ったとき、彼女の家はその会社の家電や化粧品だらけで、高価な浄水器な空気洗浄機もあったらしい。そして少し前にできたという例の友だちも家に来て、2人から商品のことを永遠と語られたらしい。彼女は、その友だちのグループに浸かっているらしく、その人と知り合ってから、彼女は少し変わったという。

親友も「いま、あれ、こんな人だったかな?と思ってて、びっくりしてる。。これからどうしたらいいのかな」と言った。自分も、「本当にこんなことあるんだ」という思いだった。

多分、心の隙間に入られたのだ。知らない土地で、毎日、家と仕事の往復。そこでできた初めての同い年の友だち。寝るだけだった休日に彩りをもたらしてくれたその女の子は、彼女からしたら救世主みたいに見えたのかも知れない。
結局その子がマルチだったのだ。
その子を完全に信頼する中で、その子の使っている商品とそのビジネスも盲目的に信じてしまったのだろう。


しばらくして、LINEで彼女から商品の説明の長文が送られてきた。「マルチとかネズミ講じゃないから!ちゃんと知ってから判断して欲しい。知らないのに批判はしないでね!」と言われた。
それは自分が「それ本当に大丈夫なやつ?少し心配」というような文面を送ったので、それに対して反論の意味を込められていたのだったが、彼女にしては強い口調で、少し嫌な感じの文章で、自分のイメージする彼女とかけ離れていたので、「え、今これ誰と話してる?」と思った。
お金はこんなに人を変えてしまうのか、と思った。彼女はそれからそのビジネスで成功してる人のプレゼン動画までを送ってきた。

これが普通の人なら、ブロックし、そして縁を切って全てが終わる。だけどそうはしたくないという思いがある。簡単に切れるものじゃないから、大きく揺れ動いている。


今の彼女にとって、その会社の商品や、そのビジネスを否定されることは、恐らくその例の(彼女は親友だと思っているであろう)人自身のことも否定されたように感じるのだと思う。

学生のとき、彼女と一緒に居た時のことを思い出していた。彼女は穏やかで、クールな感じで落ち着いていて、それが仲良くなるにつれて、子どものような無邪気な所も見せるようになって、それが可愛いかった。

自分の知ってる彼女はどこに行ってしまったのだろうかー。

何千字と書かれた彼女のLINEを見てボンヤリと考えた。彼女の返事と自分の返事、その全てが噛み合わずにいて、永遠に交わることはないように感じた。何を言っても彼女の耳には届かないだろう。

学生時代、彼女と話した思い出や、彼女の記憶がガラガラと崩れていって、今LINEで話しているのは誰なのかが分からなくなりそうになった。  

たぶんこれ以上話しても、変わらない。

色々な感情とともに、LINEをそっと閉じた。


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