見出し画像

米津玄師の嗅覚がキャッチした「匂い」の事実

「米津玄師の歌詞を因数分解して分かったこと」<第14章>

*プロローグと第1章〜13章は下記マガジンでご覧ください。

 人間の五感のうち嗅覚だけが、理性を司る「大脳新皮質」を通過せずに、ダイレクトに「海馬」にアプローチすることができる。海馬とは、生命維持や感情を支配する本能的な脳「大脳辺縁系」の中で、記憶を担当している部分だ。

 ドルチェ&ガッバーナの香りで思い出が蘇ると歌う「香水」のように「匂い」により記憶が呼び覚まされることを「プルースト現象」と呼ぶらしい。

嗅覚に関する米津玄師の歌詞で真っ先に思い浮かぶのは「胸に残り離れない苦いレモンの匂い」だろう。この歌詞は、Lemonの仮歌段階で何も考えずにパッと思い浮かんだと言う。

 故人と主人公との間に”レモン”にまつわる二人だけの思い出があるのか?、訃報に触れた時に”レモン”の匂いがしていたのか?、あるいは昏い過去の比喩表現なのか?

 MVのハイヒールとともに、物語の裏側を豊かに彩るアクセラレーターとして重要な一節となっている。

「匂」「香」「薫」「芳」を嗅ぎ分ける表現

 米津は嗅覚に関する歌詞を「匂」「香」「薫」「芳」と4つの言葉と漢字を使い分け、12曲で使用している。思ったよりも少ないが米津の嗅覚はかなり鋭い。

 「orion」の”冬の匂い”はその前後の歌詞と合わせて読むと、鼻の奥をツーンと刺激する冷たく硬質な”匂い”が感じられる。そして、その刺激で誘発されそうになる涙の温かさに、扁桃体が静かに震えてしまう。

真白でいる 陶器みたいな
声をしていた 冬の匂い
(中略)。
煌めく星 泣きそうなくらいに
触れていたんだ

 「TOXIC BOY」と「春雷」で”香り”と言う漢字をはめて使用しているのは、どちらも”甘い香り”である。「TOXIC BOY」はチェリーボンボン、「春雷」は女性の残り香だ。

 残り香と言うのは実に色っぽいものだ。香りだけが残ることで、不在の切なさが濃密に立ち籠めて狂おしい。

「香る」は具体的な「いい匂い」を指し、「薫る」は”文化の薫り”のように比喩的で抽象的な使い方をする。

泉鏡花の「紅玉」と言う戯曲にはこんなセリフがある。

「おお、人臭いぞ。そりゃ、女のにおいだ。」

「はて、下司(ゲス)な奴、同じ事を
 不思議な花が薫ると言え。

女性の気配を「不思議な花が薫る」と言い換えるとは、なんとも”粋”ではないか。米津が泉鏡花を愛読している理由がわかる気がする。

 この”薫る”と言う言葉を米津は「海の幽霊」で使用している。

風薫る砂浜でまた会いましょう”

「風薫る」とは5月の表現として有名だが、初夏の季語でもある。この曲を主題歌とし、6月上旬封切りだった映画「海獣の子供」に合わせての言葉選びだったのだろう。

薫ると書いて「くゆる」と読む

 PLACEBOには「薫る胸に火を灯せ」と言う歌詞がある。実際に曲を聞くと「かおる」ではなく「くゆる」と発音している。

 「薫る(くゆる)」には煙草のように煙がゆるやかに立ち上る様を指すほかに、「あれこれと思い悩む」「思い焦がれる」と言う意味がある。めくるめく恋の始まりを予感させる歌にぴったりではないか。

 4つ目の文字「芳」は、Décolletéで使用されている。”芳しい”は気品ある高貴なワードであるが、この歌詞に当てはめると途端に淫靡な芳香を放つ。

芳しいほどに煙る春を探している

雨の香り「ペトリコール」と女の涙

 また、歌詞ではないが、カップリング曲のタイトルとなっている「ペトリコール(ギリシャ語で”石のエッセンス”の意」は、科学的根拠のある降り始めの”雨の匂い”で、その名を冠した香水もある。雨雲が迫ってきた時に”少し埃っぽいような石の香り”を感じる人は多いのではないだろうか?

 「amem」の歌詞にある”香りだす雨の気配”は、このペトリコールのことだろう。

黒いアスファルトの上
荒んだ並木 風もなし
香りだす雨の気配

 ペトリコールが降り始めの匂いなのに対し、雨上がりの匂いは”ゲオスミン”と言う。音の響きからして歌詞や曲名にはしづらいが、ギリシャ語で「大地の匂い」と言う意味である。

泣いている人は独特の匂いがする

 米津は過去に2度に渡って”泣いている人の匂い”についてツィートしているが、実はこれにも科学的な根拠がある。

イスラエルのワイツマン科学研究所とウルフソン病院が行った実験で、女性の涙と生理食塩水を男性に嗅がせたところ、涙の匂いを嗅いだグループは男性ホルモンのテストステロンが低下し性欲が減退したそうだ。

男は女の”涙の匂い”を嗅ぎ分けられることが証明されたのだ。米津の言っていることは、詩的なロマンティシズムではなく本能的な事実だったのである。

 男を萎えさせる涙の匂い。泣くのはやめよう。そのかわり、美しい残り香を放つ、存在自体が薫り立つ女になりたいものだ。いつの日か...って手遅れか?

スキ、フォローまたはシェアしていただけると、ホントに嬉しいです。
よろしくお願いします!

*この連載は不定期です。他カテゴリーの記事を合間にアップすることもあります。
*Twitter、noteからのシェアは大歓迎ですが、記事の無断転載はご遠慮ください。
*インスタグラムアカウント @puyotabi
*Twitterアカウント @puyoko29

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?