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想像と創造


はじめに

先日ダリ展が埼玉県で開催されている事を知りまして
急遽調べたところ日程が5月31日までという事実を知りまして
流石に行けないので延長を望んでいます・・

ダリの絵は象徴が散りばめられていて直に見ておきたかった・・

気持ちを切り替えて梅雨時期を乗り越えようと思います。


マイノリティ

少数派という意味からこの言葉は少しネガティブな意味として使われる事がある。

多数派の意見に安心してしまう傾向がどうしても現代にはあります。

食べログなど見ても評価の点数が高いお店が選ばれやすいのも言うまでもないですよね。

例えこの飲食店、私は凄く好きという気持ちが芽生えて
食べログ見てみたら点数が思ったより低くて少し悲しい気持ちになる事もあるでしょうね。

逆に点数が高くても好きじゃないなんて事もあります。

多数がこれだけ評価しているから間違いないという思考がそうさせてしまっています。

横断歩道みんなで渡れば怖くない

その渡っている横断歩道に車が向かっていると気がついていたとしても本当に信じて渡っていけるだろうか?

選択というのは常に付きまとうものです。

朝が来てアラームが鳴って起きるのか、もう5分寝るのかすら選択です。
何を食べ何処へ行きどんな会社でどんな仕事をするかも選択ですよね。

不安な時や確信が持てない時ほど多数に流れやすいです。

それは自分で考えるより多数の方を信じてしまって
考えているようで考えてない状態なのです。

少数派が正しいという事ではないですし多数派が駄目だという事でもありません。
自分で考えて選択しているかが重要なんです。

基本的に人は孤独なものです。
その孤独から目を逸らしていては確かなものは手に入らないですし
何かを決定する時にズレます。

マイノリティーが故に苦しんでいる人もいると思いますが
自分を信じて進んでほしいと思っていますし
必ず成長には痛みが伴います。

そしてその先には自分と同じような人がいます。
その人と別れてしまう事もありますが自分の道を
歩んでいけばまた新たに出会えるはずです。

同じような道を歩んできた人と話すのは楽しいですし
強い何かを感じるはずです。



『誰が齧った?』




想像と創造

まず白紙とペンを用意します。
その白紙とペンを誰か相手に渡します。

何でもいいから何か書いて『描いて』みてって言ってみる。
大抵の人は頭が?になります。

そして次に文字ですか?絵ですか?みたいに聞いてきます。
この簡単なやり取りの中で実はすごく大事な要素が詰まっています。

まず何かしら題材を与えないと人の思考が働きにくい環境に
慣れすぎてしまっているという事です。

紙を渡す時に”何か好きな絵を描いてください”といえば
上手い下手は関係なく絵を描けると思います。

そこでもさらに何の絵を描いたらいいですか?
と言われる事もあると思います。
では城の絵を描いてくださいと言ってもどこの城ですか?
までいく場合もあるでしょう。

自由な発想というのは枠があって出来るものでもあるという事

題材があってそこから想像して自由に表現する
本当の自由なんていうのはかなり難しいものです。

ほとんどの場合が枠を用意しての自由です。

もう一枚紙をくださいと言って二枚使って表現したい人が出てきてもいいですし、紙をはみ出したっていいんです。
枠を知り枠を外す視点も大切だと思っています。

その紙の中でキッチリ表現する事も自由ではありますよね。

子どもが実にいい例で発想が自由です。
教育を経て随分と変わってしまいますが・・

社会に置き換えても社会のルールの中で自由に生きているにすぎません。
ルールを守りつつ生きていても、最近ではどんどん規制される事が増えてきました。

本来は規制などせずともいい世界が望ましいはずです。
鳥籠の中の鳥を縛りつけてどんどん籠を小さくしていってるのと同じです。

規制をしない事、それを理想と思ってしまってはこの世界に慣れすぎてしまっているのかもしれません。

話は戻りますが、まず紙とペンを渡されている
という事を忘れてはいけませんよね。

そう渡されているんです。

この世界も誰かの手のひらの中を生きているのかもしれませんね。

ただどうしてもわかってほしいのは
本当の自由はなかったとしてその中で想像し創造してほしいと思って
います。

これからの世界は表現の自由や言論などが管理されてきますが
私たちはその狭い中で自分達を表現し生きなければなりません。

ネガティブに捉えるのではなく
その中で表現していけば世界は変えられるはずです。

私たちが思考を止めないかぎり創造を止めることは出来ないですから。

最後に

想像し創造とは?
を少しでも考えるキッカケになるようにこの記事を書きました。

確かに今は自由な発想というのはどんどん規制されつつあります。
その流れに乗らず自分の描けるものを表現していかなければ
流れを変える事は出来ないと思います。

そこで何かを始めたいって思っているけど
始めるキッカケを探すだけでいつかやろうで終わってしまう。

そういう思いはやらない理由を探し初めて
来月から、誕生日が来たらと先延ばししてしまう。

100メートル約9秒で走れる選手がいる。
1ヶ月練習したとして14秒で走れるようになったとしたら
その差は約5秒である。
それはたったの5秒だが大きな5秒だ。

何が言いたいのかというと
人はそんなに差がないという事。
毎日やるかやらないかの差だけである。

だけというのは語弊がありますが
もちろん体型など身体的な優位は存在する。

それでも行動している人というのは
1秒でも縮めようと練習を工夫したりそれに向かって意識する。

その意識し出した瞬間が一番楽しいはずです。
辛いだけの努力はあまり実りませんが
瞬間は辛くても目に見える成長を感じた時
一気に楽しくなります。

まずやってみる事なんです。
そこからしか思考は働かないです。

充実した日々にする為にも
夢中になれるものと出会ってほしいと思っています。

自分にとって夢中になれるものってなに?
考えてもわからないなど色々な悩みも出てくると思います。

必要なものは必要な時にやってきます
この言葉を覚えておいてください。

効率を求める世の中に変わってきましたがどんなに効率を考えても
近道はありません。

この記事に出会ったという事は必要なものだからだと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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