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竹鶴17年

雪に触れた指先から懐古の情が溢れ出すような。
頬の上を滑り落ちる涙が、外気に触れて冷えゆく夜。

私が生まれ育った土地は、冬ともなれば腰丈にまで積雪が成るような雪深い土地だった。
白銀というよりは、灰混じりの白が視界を覆い尽くすような世界。
天地の境を無くした世界はどこか寂しげで、吹雪く風が肌を刺すだけの、侘しげな土地ではあった。

でも私は知っている。
朝日に照らされ鈍く輝く雪の美しさを。
冷えた身を囲炉裏であぶる安心感を。
肌を刺すのは寒さばかりで、人の心は温かいことを。

郷里を懐かしく想う気持ちは誰にだってあるだろう。
ただそれが決して、他人にとっても等しく心地の良いものかどうかはまた違う話だが。
だが、私という人間の記憶に残る郷里への懐古、原風景ともいえる記憶は私だけのものだと思う。
涙が出るほどに懐かしく、狂おしいほどに愛おしい、もう二度とは戻れない記憶の風景に馳せる想いは、私の中の暖かな思い出として生き続けている。

空から降る雨雪を、口を開けて受け止めながら友と帰路を共にした幼少期も。
縁側で西瓜の種を庭に飛ばしながら、種の飛距離を兄弟と競い合った夏も。
母に叱られて泣いていたら、愛犬に頬を舐められて慰められた時も。
農作業をする祖父母の後ろをついて回って、泥だらけになりながら野畑を走り回ったことも。

ただ一口含んだだけで、その記憶が走馬灯のようにぶわりと過ぎ去って行った時、私は思わず涙を溢した。
この感情をなんと表現したらよいかわからなかったが、そんな懐古の情を優しく思い出させてくれたのがこのお酒との出逢いだ。

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