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フィンガー シークレット «Last・chapter 12»

ハル。

あなたのいない春の季節を幾度か繰り返し、ようやく私は、この街に来ることができました。
随分と時間がかかってしまいましたね。
今、私が吸っているこの空気は、あなたが今吸っている空気ときっと一緒。
そう確信できます。

あの公園の緑を遠くに見た瞬間、遠い記憶の中にいたあなたが、すぐ近くに蘇りました。
そして、あなたの手の温もりも。

あの頃、あの木々の間を、あなたは私と歩いてくれると言った。
私を守って、ともに歩んでいこうと言ってくれた。
あなたの覚悟は本気だった。
でも、その思いを切ってしまったのは、他でもないこの私です。
何もかもにびくびくとし、目の前にあなたが差し出してくれた、このうえなく大きな幸せを、掴む勇気を持てなかった。

あなたに近づき、あなたの心を奪い、手を伸ばす振りだけをした。
そして、私はあなたを突き放した。

あの時のあなたの心に、
私は深い深い傷を負わせてしまいましたね、ハル。

この場に及んで、私は一体、何を期待していたのでしょう。
全ては、とうの昔に終わっていたのに。
そんなことは、私が一番よくわかっていたはず。
なのに、私は今さらのように、再びあなたに甘えようとした。

何もかもにびくついていた、というのは恐らく偽りです。
あなたと人生をともに生きていくという選択を断った理由を、
まるで、家族を守るがため、
まるで、あなたを守るがため、としたこともまた偽りです。

それらは、単なる目くらましに過ぎない。
綺麗ごとに過ぎない。
結局は、私自身を納めていた殻を破る勇気、がなかったということです。
ただ、ぬくぬくとした甘っちょろい自己防衛のみがあったに過ぎなかったのです。

本当の私は、実はあなたと過ごした時間の中に「だけ」あった。
それに今さら気づいたところで、意味はありませんね。
だって、そのことすらも、自分自身の力で見つけ出したのではないのだから。
そして、いまだ私は自分の力で自らの道を歩んではいない。
ただ、そうであろうと勘違いしていただけです。

今日の全ては今さらのこと。虫のいい話です。
だから、当然の結果です。
ここは、私がいるべき場所じゃない。

そして、来るべきところでもなかった。
でも、それすら、実行しないとわからなかった。
ひととして、まだまだです。
今日という日に、感謝しなければいけません。

ハル。
あなたはさすがだわ。
そんなあなたを好きになった自分を、こっそりと誰かに自慢したいほどです。
あの人なら、間違いない。
あなたを幸せにできる。
そしてあなたも、あの人を幸せにできる。

あなたのあの指が、あの人の、あの髪をなでる。
頬にふれる。
肌をすべる。
深く沁み込む。

あの人は、あなたの指に本当にふさわしい。
そして、あなたには、健全な愛が似合っている。

ハル。
今度こそ、永遠に、さようなら。


律子はゆっくりと、小指の星の指輪を外し、オオイヌノフグリの花の上に、そっと置いた。


律子は空を見上げた。
空はまだ青かった。


(1191文字)

     ・・・・・

最後までお読みくだり、本当にありがとうございます。

あとがきにて、締めくくらせていただきます。


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