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春ピリカグランプリ応募作品

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2023年・春ピリカグランプリ応募作品マガジンです。
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#私の作品紹介

ひとしずくの指の言葉。

繁華街を歩いていた。 小学生だったわたしは、祖父の皺いっぱいの掌の中でぬくぬくとしていた。 時々その中で指を動かしたりずらしたりしてみせる。 そのどの指の形にも祖父は対応してくれた。逃れようとする親指を祖父の人差し指と中指がすぐさま捉えるとわたしを説き伏せるのだ、無言の指で。その度に尿意とは別の何かを感じる。それが心地いいのか悪いのかもよくわからないけれどその現象が嫌いではなかった。 商店街から漂っている縄のれんの向こうからは、コリアンダーのスパイスの香りが、畳屋からは青

『着脱式』 1196字

ある朝 目覚まし時計を止めようと、ボタンを押したが鳴り止まない。 (壊れた?) 僕はすぐに「異変」に気が付いた。 (指が……無い!?) が、痛みや流血などは無く、断面は滑らかだ。 目の端が何か動くものを捉えた。 指だ! それは布団の上で、楽しげにジャンプしているではないか。 (おいおい、嘘だろ……) 「おい指、戻ってこい!今から出勤なんだ」 すると、指はピョーンと、あるべき場所に戻ってきた。 その後も異変は続き…… 今や全ての指が外れて、勝手に動き回るようになっ

【ショートショート】指先

 喫茶店の窓から外を眺めていた。  コーヒーはすっかり冷めてしまった。  電柱があり、女性がそのそばに立った。彼女も待ち合わせだろうか。  ふと、その手に目がいった。正確には指先、爪だ。  やたらとカラフルなのである。十本の爪ぜんぶに違った色を塗っている。  右手の親指は赤、左手の親指は黄色。  そのうち、相手らしき男性があらわれた。彼も爪に派手なマニキュアをしている。  私は自分の素の爪を眺めた。  会社の同僚、田原マチ子があらわれた。 「遅れてごめーん」 「いつものことだ

恋文を読む人|掌編小説(#春ピリカグランプリ2023)

「あの人、ラブレター読んでる」  オープンテラスのカフェで、向かいに座っている妻が突然言い出した。僕の肩越しに誰かを見ているようだ。 「あー振り向いちゃダメ! 気付かれるから!」  90度動かした首を再び正面――妻の方へと向ける。 「なんでラブレターって分かるの?」 「人差し指でこう……文字をなぞるように読んでるの。横にね。私も昔、ああいう風に読んでたから」 「ラブレターを?」 「そう」  一瞬、「いつ、誰からもらったんだ?」と嫉妬の念に駆られたが、とりあえず耐える

小さな巨人 【春ピリカ】

双子が家出をした。 いなくなってからもう三日になる。 けれどすぐに探すことはしなかった。 それは、双子なんかいなくても なんとかなるだろうと思っていたから。 双子が家出してからの僕は、ふらふら、ゴツン。 転んでばかりいる。 何で急にバランスがとれなくなったのか? ゴンっ。いてっ。 一体何なんだ。うまく歩けやしない。 思えばこれは双子がいなくなってからだ。 僕はよく足の小指を馬鹿にしていた。 重要性が低いくせによくぶつけるのだから腹が立つ。 つい最近もまた僕はいつものよう

『指、あるいは、ある家族の思い出』 # 春ピリカ応募

指である。 紛れもなく指である。 出窓のところに、ポツンと心許なさそうに。 それは、あると言うよりも、そこにいるという表現の方が当てはまるような気がした。 カーテンの隙間からの月明かりを避けるようにして、そこにいる、それは、紛れもなく指だ。 指とわかれば、次はどの指かが知りたくなる。 ベッドの上から、じっと目を凝らす。 どうやら親指でないことは、形状から明らかだ。 そして、小指でもない。 ゆっくり立ち上がって、静かに近づいてみる。 気づかれると逃げてしまいそうだ。 息を殺して

『その指に恋をして』 #春ピリカ応募

「私、今日の帰り柊ちゃんに告白する」  唐突な私の宣言に、教室で一緒に昼食を食べていた友人たちは好物のおかずもそっちのけで身を乗り出した。 「萌音、ついに柊哉先輩のこと好きって認めたね!」  「うちらが幾ら好きだね~って言っても頑なに抵抗してたのに!」 「『私は柊ちゃんの指が! 好きなの!』」  友人たちが声を揃えていつもの私の台詞を真似てみせる。 「ゆ・び・が!」と強調するところまで忠実だ。 「あんた柊哉先輩の指が好きすぎて、2,3年の先輩にソロ譲ってくれって頭下げ

絵描きの掌編 〜空っぽの御伽話〜

空っぽの御伽話  彼はおとなになっても、穴を発見すると指を突っ込む癖が治りませんでした。  塀の穴も壁の穴も、幹の穴や蟻の巣も、土竜や蛇の穴だってとりあえず指を突っ込みます。きっと銃口を向けられても、指を突っ込むに違いありません。  彼は土を捏ねる陶器作りの職人見習いだったけど、彼の作る器には不自然な穴が存在して実用性が全くありません。師匠に良くも悪くも見放され、非実用性過多の陶器作家として、細々と生計を立てていました。  空ばかり見ている彼女は、よく電柱にぶつかったり

ナポリタンを食べた日に【掌編小説】

「どうしても人を指さすときは慎重になさい」 成人した僕に、母がかけてくれた言葉。人を指さしてはいけない、と小さな頃から躾けられてきたのに、それを覆す一言だった。 『ばーか』 「何て書いたか当てろ!」 髪をくるりとアップにし、リラックスモードのアキラ。椅子に座る僕の背後で仁王立ちしている。 僕は言われるがまま、ホワイトボード化した背中を自由に使わせていた。 「『ばーか』です。ごめん!」 振り返ると、アキラは頬を膨らませることで不機嫌さを主張していたが、ついさっき食

おひめさまの指

リビングで一人、食い入るようにニュース番組を見ていた祥子は、娘のまなみが部屋に入って来る気配に、テレビを消した。 「お母さん」 まなみが絵本を差し出した。 「またこのご本なの」 まなみはこくんと頷いた。 幼い娘が差し出した絵本の表紙には、ドレスを着た蛙の絵が描かれている。 『かえるのおひめさま』 祥子は、絵本をまなみに見えるようにして、読み始めた。 「昔々、蛙の国に、とてもししゅうの上手なおひめさまがいました。 みな、おひめさまのししゅうをみると、感心してほめてくれます。

【#春ピリカ応募】指切りの約束

転校してきた美少女は家も近所。友達になりたいのに、地味な私には近寄りがたい存在だった。 その彼女が目の前で冷たく笑いながら、小箱の中身を見せる。 「指切りできる?」 彼女が越してきてから私は時間を合わせて登校している。 でも、どうしても近寄れない。 仲良くなりたいのに、最後の一歩が踏み出せず黙って後ろを歩く日が続いている。そんな奇妙な朝が続くなか、急に彼女が振り向いた。 「私と仲良くなりたい?」 「え……うん!」 あまりの幸運に心臓が飛び出しかかった。 「じゃ