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夏ピリカグランプリ入賞作品

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2022年・夏ピリカグランプリ入賞作品マガジンです。
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#ショートショート

刺したのは私【ショートショート/夏ピリカグランプリ】

ただの気のせいだなんて、どうしたって思えない。 バス停からずっと誰かに後を尾けられている気がしてならない。 こちらが少し速く進めば足音もそれに続き、緩めるとそれに倣う。思い切って止まり、後ろを振り返る勇気などあるはずもなく、かと言って急に猛ダッシュでもしようものなら、それをきっかけに最悪の事態にならないとも限らない。 少し遠回りにはなるけれど、これはもうあそこを通るしかないと思い立つ。 そもそもあの場所は、本当はあまり好きではない。人と人がぎりぎりすれ違えるくらいの狭いトン

ルージュの伝言 《夏ピリカグランプリ》

「ルージュの伝言って知ってる?」 さっきまで全然違う話で笑っていたウタが、唐突に言った。 「松任谷由実の?」 「それ。彼の家で実際やってきた」 ウタは、ふふと笑いながら冷めたコーヒーを啜ると 「これでお別れ、スッキリ!」 そう言って両手のひらを合わせて、幸せ!みたいな顔をした。 「え、何、ケンカ?ケーヤンと?」 「ケーヤン、ふふ」 「中学からずっとそう呼んでるから!それより、ルージュの伝言って?」 「バスルームに、まぁ洗面所の鏡だけど、口紅で伝言をね、さよならって書いて

【小説】オッサン

第74回オッサン選手権でグランプリを獲った小和田さんと日帰り旅行に行く事になった。 小和田さんと初めて出会ったのは、第69回オッサン選手権の時だった。初めての大会で、オロオロしていた俺に声をかけてくれたのが小和田さんだ。声をかけたのは、昔飼っていたミドリガメに似ていたからだとか。 オッサン選手権の出場条件は、35歳から59歳の男性である事。加齢臭部門、ダジャレ部門、おしぼり部門、バーコード部門、哀愁部門と、5つの部門に分かれて審査が行われる。なかでも加齢臭部門は審査が厳し

ちがうふたり、

 「とりさんだ!」  街中の入り乱れた電線に留まっていると、ふと下から声がする。俺たちを指差して少女は嬉しそうに笑った。俺たちと同じ奴らなんてどこにだっているんだぜ。こんなの珍しくもない姿だろうに。  「おげんきですか」  俺らが話せないともわからず話しかけてくるのだろうか。普段は人間の言葉なんて雑音にしか思っていなかったが、キラキラな眼を余計に輝かせている気持ちに応えたくなった。気まぐれなんだ。俺だけじゃないぜ。鳥ってやつはみんなさ。俺は大きく羽根を広げる。どうだ。こ

鏡の国の父 【#夏ピリカ:つる・るるる賞受賞】

「あ」 ひっそりと呟いた声を聞き咎めたのか、リーダーの佐原が、郁美を振り返った。 「三上さん、どうかしたの」 「あ、いえ、父が・・・」 「お父様――」 軽く眉をひそめている。 説明しなければ、と思い、郁美はあわてて言った。 「あそこに立っているの、私の父なんです」 「え、でも、あなたのお父様って」 「はい、そうなんです。また、出てきてしまって。すぐ帰るように、言ってきます、大丈夫です」 「大丈夫って、どうするの」 「はい、鏡がありますから。となりの紳士服売場の鏡を動かせば、何

【夏ピリカ】Forget Me Not

「ねぇ、カガミって知ってる?」 チドリの突然の問いかけに、ヒバリは知らないと答える。 「ミラーのことを、昔はカガミって言っていたらしいよ。」 「ああ、古語か。でも俺は耳にしたこともない。チドリは物知りだな。」 「シュウのことに関係するかもしれないから少し調べたの。」 絶句したヒバリの顔をチドリは可笑しそうに眺める。 シュウはヒバリの友人で、チドリの恋人だった男だ。ある日突然姿を消してしまった。元々不思議なところのある男だったから、そのうちひょっこり戻ってくるのではないかと、ヒ

ツケ払い、ニャー【短編創作】

「で、払ってくれる?あの女の借金1,000万円」 突然の取り立てに、父親は困惑していた。 昼過ぎの休憩時間。 さっきまで、スマホで好きなお笑いコンビのネタを観ながら笑っていたのに、今は怒りに体を震わせている。 「こんな小さな定食屋に、そんな額を払えるわけがないだろ!」 父親は抗うが、借金取りは首を横に振る。 「保証人の欄にサインと印鑑がある。これ、あなたのだよね?」 見せられた書類を奪い取った父親の顔は、みるみる青ざめていく。隣にいた母親は泣き崩れた。 「また」だ。

視線の先|#夏ピリカ応募

 山形から東京の高校に転校した初日から、僕の視線の先は彼女にあった。  一番前の席で彼女は、僕が黒板の前で行った自己紹介には目もくれず、折り畳み式の手鏡を持ち、真剣な顔で前髪を直していた。そのことが気になって、彼女の様子を観察してみる。休み時間になる度、彼女は不器用そうに手鏡を開く。自分の顔と向き合い、たまに前髪を直す。何度か鏡の中の彼女と目が合ったような気がする。鋭い目つきで少し怖い。隣の席のクラスメイトに「彼女はいつも手鏡を見てるのか」と訊くと、バツが悪そうに「分からな

湖の化け物 #夏ピリカ

湖に、化け物が映っている。 どす黒く長い髪の毛、ギョロリとした魚のような目、そして鯨より大きくぶよぶよとしたこの体。 そう、私だ。 私は毎日こうして、湖を鏡として醜い自分の姿を見ている。 私は30mもある巨人だ。人間は私を湖の化け物として怖がり、この湖に近寄らない。 たまに人間が来たとしても「この化け物が!」と叫ばれ石を投げられるだけだ。私はただ、湖を見つめているだけなのに。 「ねぇ、そこの大きなお姉ちゃん、何してるの」 ある日、湖で自分を眺めていると人間の子供に話しか

【ショートショート】ミラーリング・インフェルノ【夏ピリカ】

私が「サソリの串揚げ…」と呟いた瞬間の、リサの眉間の皺を私は見逃さなかった。 私とリサの三連覇が掛かるミラーリング・チャンピオンシップの準決勝。私は勝負に出た。 ミラーリングは、相手のしぐさや言動を鏡のように真似をするのがベースだ。しかし、近年のミラチャンは意外性にも重きを置く。私達は二連覇しており、審査の目が厳しい。息が合うのは当然。予定調和だけでは勝てない。 準決勝の会場がこの中華料理店と発表された時、裏メニューでサソリがあるのを私は知っていた。エビチリや青椒肉絲を