掌篇小説『愛の造型(モデリング)』
マンションで昨夕、ガスか薬品か知れぬ煙と臭いが充満し、非常ベルが鳴り住民が避難する騒ぎとなった。
年寄りたちがエレベーターを占拠していたから、私は部屋に夫はいないに決っているがいちおう確かめたのち独り、ハンカチで鼻をおさえ階段をおりた。甘すぎる菓子にも錆びた鉄にも、ガソリンに薄荷をまぜたようにも感じる、ひんやり白い空気の渦を。
道中、みじかい髪の女性が担架ではこばれゆくのを視た。その辺りで臭いが濃密だったので、発生現場の住人と思った。私と似た年頃か、蒼い顔をして眼をふせ。