学生さんに幸あれ(3)

透過はしない。浮遊もしない。
実体はあり、鏡にも映る。
自分は、自分が存在しないことを証明できない。
自分を認知できるなら、世の様々な奇怪も
判明出来るのでは無いだろうか?
自分は、後に継がれるような都市伝説に
残る存在では無い。だからこそ、出鱈目な噂で
嗤われて忘れられるのが関の山だろう。
つまらない人間に対して、数多の恐怖と好奇を
煽ってきた花子さんはどんな言葉をくれるだろうか。
1時間目のチャイムを合図に、
「トイレの花子さん」を実証することにした。

三階の男子トイレを目前に、一瞬迷う。
花子さんは女の子だから女子トイレに
いるのだろうか?それともお呼びなら
男女どちらのトイレでも返答をくれるのか?
男子トイレで無理だったら女子トイレにも
入るつもりで、まずは一番手前の扉をノックする。

「花…さん…いらっしゃ…。」
「何の用?」
…!?!?!?!?

若干怖気付きながら喉を締めて絞った声を遮る様に、
撒く塩をすでに携えているかの如く威圧的な返答が、
真後ろから背筋をなぞる。
170cm近くある自分の身長と同等の背丈の彼女は、
竦んだ自分の目からは余計に高く見えた。
聞いた都市伝説とは随分違い、
おかっぱじゃなくてミディアムボブだし、
赤いスカートじゃないし、背高いし、
何より小学生くらいを想像してたのに…高校生?
この高校の制服を着てて、スカートは
酷すぎない程度に短めだ。

「あんた、もう死んでるんでしょ?
肝試しって死んでからやるものじゃなく無い?」

慣れた口調で捲し立てて来る彼女への返答に遅れる。

「てか、死んでるくせに何怯えてんの。ウケる。」「え…あの…花子さんですか?」

すでに上から目線の彼女に少々苛つき、
彼女の質問に答えることなく質問を被せた。

「いや、違うけど。てか、そっちこそ名乗れば?」

少しは物腰を和らげられないのかと思ったが、
先に名乗らないのは確かに失礼だった。
まあ、ここ男子トイレなのだが?
テリトリー荒らされたかの様な態度は何だ?
え?花子さんじゃないんでしょ?
あのトイレの花子さんじゃないんでしょ!?
え、花子さんは?で、こいつ一体何者!?
疑問提起を募らせても、彼女には打つけない。
勇気がないというか、そういう性格。

「明石っていいます。明石康(あかし こう)。
健康の康だね。」
「華(はな)って呼んで。華麗の華の方。」
「あ、中華の華ね。」

相変わらずぶっきら棒だと思いながら、
敢えて食いついた表現をしてみた。

「ハッ…。ちょっと喧嘩売ってる?」

鼻で笑った後、華はちょっと楽しそうに
ネクタイを掴んで引っ張ってきた。
お互いに制服。男子トイレ。
側から見たら彼女の方が異常だ。
顔が近い、なんだこの状況。思わず目をそらす。

「え、いや間違ってないでしょ?」
「童貞かよ。」

ニヤリと笑って吐き捨てられた言葉に対して、
「死んでも勃起する事に動揺してた」なんて言える筈もなく、苦し紛れに伝えた言葉は、

「そっちは随分と尻軽そうだな。」

自分で最低な言葉を言ってるのはわかってる。
ただ、最初から今までずっと
ペースを掴まれたままで、好き勝手言った上で
童貞弄りは自由と奔放を履き違えてる。
結局自分も、
言っていい事と悪い事の判断が出来てない。

「なんだよ…それ…。」

華は少し目を伏せて呟き、突き放してきた。

「ごめん、無理だ。」

そう吐いた華は、
少し涙で潤んだ目で自分を睨みながら、
徐々に透過しさっぱり消えた。

「ごめん、頭冷やして来るよ。」

狭い男子トイレの中に、まだ彼女は居るのだろうか。
まだ自分の前に居るかも知れない。
透けるやり方は自分にはわからない。
多分、死後に存在する上でわからない事を、
彼女は多く知っている。
彼女の死因と生前も知りたい。
また話せる事を前提に、
一言残して男子トイレを後にした。

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