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トマトと包丁

皮が切れない。ミニトマトが特にそうだ。

「鋼(はがね)はいいが、ステンレスの包丁は研いでも、すぐダメだな」。

父は毎回、包丁を研いだ後にはそう言った。

「あぁ~、トマトがぐちゃぐちゃだ。魚のぜいご(鰺の尾っぽの方についているとても堅い棘様の鱗)も、取れん、お父さん、包丁研いどいて!」

包丁を研ぐのは、手先が器用な父の仕事だった。特に包丁研ぎは好きだったのか、彫刻クラブの仲間の家の包丁も研いであげていた。

包丁を研ぐ砥石は2種類あって、レンガ様のオレンジ色とグレーの2種類だ。実際に彼が研いでいる所を見たことはなかったが、研いだ後は必ず勝手口の物置の上にその砥石が並べて斜めに干されてて、(あぁ、今日は研いでくれたんだ)とトマトを切るより先に認識した。

その父は、もういない。

それでも、家の包丁はトマトが切れないのだ。仕方なく、「持ち手つきシャープナー」なるものを購入した。裏で粗目に研いで、表で仕上げとある。

父がつぶやいていたのを思い出した。(10円を挟んだくらいの角度で滑らすんだ)

10円って?どれくらい?こんな感じか?包丁に筋が入る。確かに削れてはいる様だ。「シャープナー」取説には「両刃の場合は、包丁の両方の面を同じ位の回数、研いでください」おっと、数えるのを忘れてた。

大体の数を数えて、両面粗目に研いで、また同じように今度は仕上げ面で研いでみた。

お、トマト切れたじゃん。

こんな風に、トマトが切れない、ぜいごが取れん、刺身が、、、という度に父と砥石を思いだす。

ところで、お父さん砥石が無いんですが、そっちに持っていきました?

一人の時間にぼんやり考えたことや、クスっと思い出し笑いしたこと、こそっと誰かに話したい事をここで紹介しています。いつか「読むクスリ」みたいな本になったらなぁと野望を抱いております。その時のために、それはそれは有難くお受けすることにしたいと思います!どうも有難う!