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痛いほど、忘れ得ぬ青春小説。

パッチワークのように新旧のたいせつな作品達を並べながら、あの頃感じた痛みについて考える。

【ぼくは勉強ができない】山田詠美/新潮社

【あこがれ】川上未映子/新潮社

【i(アイ)】西 加奈子/ポプラ社

ガラスのケースに、静かに水を満たしていく。水は、溢れずにきっちりと収まる。でもひとつ異物が混じれば、決められた量の水は溢れ出してしまう。

私にとって学校という場所の居心地の悪さは、そういうものだった。違和感を異議を唱えることを、許されないあの感覚。そんなときどういう言葉で、どういう態度で立ち向かえばいいのか全く分からなかった。分かってはいても、勇気がなかった。『僕は勉強ができない』の主人公・時田秀美の名は、そうした違和感を抱えたすべての少年少女たちにとって、心の中だけに存在する親友のように、忘れられない存在のはず。

あっけらかんと自由に「常識」の枠を超えてすいすいと泳ぐヒーロー。自分に正直でいること、真摯でいることが、傲慢であるかのように言われる世界、私たちの属する世界は、本当にきゅうくつだ。ありのままで生きる選択をする勇気は、高校生であっても、大人であっても変わらない。いや10代だからこそ、より覚悟がいるだろう。眩しいから、有象無象の輩からの嫉妬も受ける。それはフェアではないし、褒められたものではないけれど、ぬくぬくと眠るように生きることのできる閉じた世界から抜け出すには、必要なイニシエーションかもしれない。

『あこがれ』に登場するふたりの小学生も、『i(アイ)』の主人公アイも、違う角度から、同じ悩みを抱えている。正直に生きたいと思うときの、おそろしいほどの孤独と寄る辺なさ。否定され、たくさん傷つき、それでもその先にある希望を掴んだ彼らに、「がんばったね」なんて言えない。次は、あなたの番。それが出来なければ、勇気が無ければ、勇気ある人をただ称えるにとどめておき、足を引っ張るなんてしないことだ。

主人公達に自らを重ね合わせるように、その”周囲”と同じ過ちを犯していないか、振り返るのも大事なこと。そうして少しだけ、”善き”方向を目指す、青春期の心の在り方を教えてくれる珠玉の作品たちだ。

(了)

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