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【短編・書簡体】覚えていますか?

 後1ヶ月と半月ほどかな。覚えていますか?
 あの日僕は、親友から電話をもらって、夜9時だというのに寄り道をした。大学生らしいよね、ほんと。残り少ない学生生活の中で、ああいう飲みができる友に恵まれたのは本当に幸せなことだった。そこで、お前にも電話をかけた。この二人が揃ったなら、お前が来てくれなくちゃな。

 でも、来なかった。後輩たちに絡まれて、一緒に池の周りで飲んでた。周りでうるさいあいつらが、俺の親友の名前を呼ぶ声、お前を呼ぶ声、がした。嬉しいことだった。電話を切ってから、ふたりで動画を撮って送りつけたよね。羨ましがらせようとしたけど、俺だって羨ましかったんだ。

 その中にいた、あの一年生。K太ってやつは、とにかくお前にぞっこんだった。本当にかわいい後輩だったよね。俺、あまり話したことなかったけど、その一週間くらい前かな、一緒に学内のコンビニに行ったんだよ。何話したかは覚えてねーけど、ずっと持っている、あのでかいヘルメットについて、俺がなんか聞いたりしてたと思う。バイク友達がいたから、素人なりにも知識はあって、なんとか話してた。

 でも結局お前の話をしたと思う。俺とそいつの共通点だなんて、それしかなかった。つまり、お前のことが大好きな野郎どもってことくらいだってこと。
 そんだけでっかい体に何詰め込んでるのか知らねーけど、少なくともそれが何処かの青狸みたいな、夢を叶える道具じゃないことは確かだが、そんなものよりもずっといい何かが詰まってるんだろう—それが何なのか、そういうことについて話していたんだろうよ。
 覚えていますか?K太。あの時話したことを。俺は全然覚えていねーんだよ。俺は、あの後もたくさんのことを覚えたし、たくさんのやつらと話した。そのほとんどがめちゃくちゃ恵まれていて、実に実りのある会話だったけど、もちろん下らなくて、どうでもいいこともたくさんあった。中にはムカつくものもあった。とにかくいっぱいのことを俺は覚えたんだ。
 覚えてますか?K太は本当にお前のことや、お前の後輩、彼にとっては先輩だけど、の奴らのことが大好きだったよな。だから、あの日だって、池の周りから、マフラーとコート必須のあの季節だったってのに、飲んでたんだろ?

 忘れもしない、その次の日の夜、なんならもう一日あとの早朝のお前からの電話。一生忘れられない電話だ。いつかの失恋の電話なんかよりも心に残ってる—そんな電話。俺が色々と追い込まれて、徹夜してた時、お前の聞いたこともない程の、重たい声が俺の瞼を押し開けた。何かあったと思ったら、お前は後輩全員を送った後で帰っているところだと話し始めた。夜中の4時だった。そんな時間に、全員を見送ったんだと。お前がいう全員が、正確に何人なのかは知らねーが、思いつくだけでも、そしてあいつらがどこに住んでいるかということを考えるだけでも、相当な時間かかったはずだと思った。もし誰か欠けてたなら、お前が言わないはずはないと思ったから、わざわざ聞かなかったけど。
 俺は黙って聞いてた。そして何があったのか尋ねた。

 K太が、あの日の翌朝、11時前後に右直事故にあって死んだってことを聞いたのは、つまりは、その事故から24時間も経っていなかった頃だった。あまりにも早いうちに、お前は俺に教えてくれた。
 俺は言った。「早めに知ることができたのは、後で知ることよりかはなんぼもいいことや。」

 翌日、俺は人生で大一番を迎えていた。とは言え、それは今回のこの件とは関係なく本当に個人的な用事だった。仲間に打ち上げを抜けることを、朝のうちに伝えておくことができたのは幸いだった。俺は事故のあった通りに向かって、目の前のコンビニであったかい小さいサイズのお茶を買って、電柱の花束のそばに置いた。
 「タバコとか酒もあってさ…未成年だっつってんのによ!」って、お前の電話先での声が蘇ってきたよ。めちゃめちゃ意図的に、隠されるようにしてそれらが置かれていたな。全部未開封だった。まあ、法律だなんて、俺らのあいだにもなかったんだ。今更意味ないよな。

 K太、俺さ、一つだけ覚えていることがあるんだ。俺と君はほとんど話したことなかったと思うけど、ひとつだけ、さ。
 あの一週間前、学内のコンビニに行く前にサークルのみんなが集まった教室の中で話したことだ。お前は「俺まだ童貞なんですよー!いや、まじで〜」みたいなこと言ってたんだ。ほとんど初対面の俺にだぜ。多分、俺の親友と仲良かったから、そのノリで俺にも話したんだろ。全然あいつと正確違くて、驚かせたかもな。その後一緒にコンビニで飯買ったんだ。
 俺は電柱の前で、そういうことを思い出していたんだ。お前、まだジュウハチだったんだろ。あまりにも早すぎやしねぇか?誰かを抱きたいって言ってたじゃねえか。
 

 聞こえていますか—ねえ、本当に言っていたんだよ?
 それを、覚えていますか?

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