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後悔 #1

最近、よく夢を見る。それも酷く辛い夢。

今朝も目覚めが悪かった。私は重い足取りで洗面台へ向かう。またあの夢を見たのだ。
舌を洗うため、喉奥に歯ブラシを突っ込むと、今朝の夢の気持ち悪さで吐き気がした。ここ2ヶ月は毎朝こんな感じだ。
そして私は倦怠感と共に朝食をすませ、荒れた部屋で仕事に取り掛かる。三十路にもなって、売れない画家を続けている私には、こんな生活が相応しいのだろう。

キャンバスの前に座る。また何も浮かばない。才能がない事なんて、生まれる前からわかっていた。けど私は、自信なんて本当はないのに意地を張って生きてしまったせいで、引き時を見失ってしまった。

嗚呼、また何も浮かばない。自殺して、その返り血で絵を描いてやろうかと何度思っただろう。

ふと思ったのだ。今朝の悪夢を描いてみようかと。というより、それしか描くことがなかった。
気張るように今朝の夢を思い出そうとした。だが、ぼんやりとその感情は思い出せても、情景は思い出せない。無理矢理記憶に蓋をしているようだった。
何故か私は、この悪夢に取り憑かれたようにその日はそのことしか考えなかった。結局その日は思い出せず、次悪夢を見た時にその悪夢を覚えておくことにした。
私はその日数時間キャンバスの前に居座ってから、15時からのコンビニのアルバイトへ向かった。

23時55分。時計の針があと5分で重なり合う。
バイトから帰り、換気扇の下でタバコを一本咥えた。
燻らせた煙の中に何が見えたかも気にせず、無心にストレスを天へ送る。
0時7分。歯磨きを済ませ、ゴミ袋でできた獣道を歩み、寝具の上へ身を委ねた。

そして私はまた、夢を覗きに行く。

また、現れた。
今私がみているものは、いつかに魅せられた胸に残る異物感そのもの。忘れてしまいたい"経験"となった思い出たち。

意図して踏み殺した蟻たち、学生時代にイキって金髪にした髪、どうしようもなく好きだった恋人との日々。

徐々に私の後悔を魅せてくるこの夢、抗えない因果さへ、後悔に。

画家を諦めれなかった大学4年、何にもなれなかった20代、
そして、生まれてしまったこと。

全ての後悔を思い出した時には、目が覚めていた。私は嘔吐した。吐瀉物にはこの世界の彩りが散りばめられ、洗面台の白と綺麗に合わさる。
私は、昨日の私との約束通り、キャンバスの前へ。
何から書けば良いのか、私の後悔は何色なのか、私は何も分からなくてただ唖然とする。

きっと真っ黒にしか見る事のできぬ後悔に、色をつける作業というのは、余程根気のいる作業だ。全てを忘れず、胸の内に大切に秘め、誰にも見せずただ1人で戦い続ける、そんなの。

パレットに一度、持ち得る全ての色を並べた。
私の選ぶ色を見てみたくなった。

それからはしばらく何も考えず書き続けた。
文字を羅列するように、後悔をただただ描き続けた。好きな色を重ねると黒に変わるように、結局私の"後悔たち"は黒く変化していく。出来上がった黒ずくめの絵の中に微かに見える筆跡は、私の微かな希望のよう。

気づけば飯も食わず、浮かれたアホな考えも捨て去り、絵を描くことに夢中になっていた。この時私は生まれて初めて画家を続けて良かったと感じれたのかもしれない。
そして私は最期のタバコを咥え、小さな心火をつけた。

その日は悪夢を見なかった。


母の腹の中にいる
内臓の感触さへ、心地よい
手に蟻が群がる、フランス映画かよ。
彼女がいた、生まれるはずの子の手を握る。
私は金髪の画家。

○のついた後悔
○のつかない後悔


あれから何年経った、いや、何世紀経った。
彼の2枚の絵はとある美術館に厳重保管されている。

1枚は真っ黒な旋律。
もう1枚は、真っ赤な何かで描かれた未完成な幼児の絵。

2枚の絵の題名は、
"後悔を忘れない"
"だから許してくれ"

死後、彼の神から受けた祝福、"後悔の可視化"は、世界を狂わす。


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