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信じていくこと、動いていくこと
行動を起こすこと、行動を重ねること、諦めないこと、粘り強く続けること、できると信じること。
幼い頃に「行動の芽」を摘まれたわたしたちは、何かにチャレンジすること、夢を抱いて行動することを諦めてしまいがちです。
ただ、誰かの役に立ちたくて。
その誰かとは、父や母や、兄弟姉妹や、祖母祖父など、自分の命を繋いだ家族、血を分けた家族が最初なのだと思います。
純粋に、真っ直ぐな心で、シンプルに単純に、誰かの力になりたいと願い、自分にできる全てで、後先なんて考えずに動いたんだと思います。
ただ、「壊れた家族」は、子どもたちの「真っ直ぐな気持ち」を受け止められない。
親たち、祖父母たち自身が「真っ直ぐな想いで行動したのに、受け止めてもらえなかった」ことを消化しきれずにいて、傷ついたまま、大人になってしまった。
受け止めてもらえず、権力やお金や力で捻じ曲げられ、自分たちも権力やお金や力を持ってしまった。
それが「正しい」と信じこまされ、深く考えず、感じられず、トラウマを持ったまま、今度は自分たちが子どもたちの純粋な想いを捻じ曲げてしまう。
なんて、悲しい「負の連鎖」なんでしょうか。
子どもたちの行動や頑張りは、「親たちの常識」を知らないで起こるわけだから、親からすると驚かされることだってあると思います。
すぐに結果が出るわけでもないし、失敗することもあるでしょう。
だけど決して「親に嫌な思いをさせるため」に行動しているのではないのです。
「親のため」の行動もあれば、「自分自身が楽しくて夢中」でする行動もあるでしょう。
そこには、「純粋な想い」しかありません。
夢を摘まれた親たちが、また、その「純粋な想い」を、「子どもたちの夢や希望」を、自分勝手な気持ちで、自分のトラウマで、摘んでしまってもいいのでしょうか。
自分の苦しさを「子ども」に植え付けて、本当に幸せで満足な人生は送れるのでしょうか。
どんなに苦しかったことでも、どんなに悲しかったことでも、その尻拭いを子どもにしてもらうのは間違いなんだと改めて感じています。
自分の傷は、自分で責任を持って治し、「傷をつくることになった原因」を無くしていく方にエネルギーを注ぐ。
それこそが「幸せ」だし、「生きがい」なのだと思います。
感じている「辛さ」が、軽いものだとも、簡単なものだとも思いません。
人それぞれの過去があり、感覚があり、感情があり、「死ぬほどつらいこと」を皆、経験してきたのでしょう。
つらいことを、一緒に親に受け止めてもらえなかったり、そもそも「親によって」傷をつけられてきたのでしょう。
その傷の大きさは、計り知れないけれど、わたしも「自分を信じ」、関わってくれる人たちの「力を信じる」ことから、始まるのだと思います。
そして、「信じる」ことから、行動を起こし、動き、「現実として支えていく」ことが、必要なのだと思います。
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