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(連載小説)気がつけば女子高生~わたしの学園日記67 新女子たちの卒業式・その1~

まだ肌寒い3月初旬の日の朝、わたしはいつもと比べて随分早い時間に学校へと向かった。

今日はわたしの卒業式の日。卒業式の日に3年生の卒業生だけがこの日1日のみ着る慣例の赤地に緑がグラデーションされてお花の刺繍がところどころに入っている卒業式用の衣装をいつもの袴制服の上から羽織ってまだ少し早いせいか気温が低い事もあって幾分引き締まった気分で門をくぐった。

特に今日は卒業式だけなので早くから学校に行く必要もなく、どちらかと言えば登校はいつもより遅い時間でもいい位だったけどそれでもわたしは思うところあって早い時間に学校へ行ってみた。

「思うところ」とはまだ人気の少ないうちにこの3年間過ごした優和学園の校舎をゆっくりじっくりと回って想い出に浸りたかったのと、大好きな優和学園をこの大好きな袴制服姿で過ごせるのは今日限りなので少しでも長く学校に居たいと云う気持ちからだった。

放送当番で早めに学校に行く時と同じような時間帯に学校に着くと案の定まだほとんど誰も生徒は来ていない。

そしてそんなガランとした校舎内をわたしはひとつひとつ想い出を噛みしめるように巡りはじめた。

クラス対抗リレーで盛り上がった体育祭や最初はお客さんが入らず苦労したけどみんなでなんとか知恵を絞って大繁盛に終わったタピオカミルクティーのお店を出して頑張ったゆかたまつりが行われた広い校庭、秋のきものまつりの振袖ショーや他にも様々ないろんな各種行事のメイン会場として思い出がいっぱいの体育館・・・・・。

そして体育館の奥にはなぎなた部や合気道部の練習場として、そして薫子ちゃんたちがいつも踊りの練習に励んでいた日本舞踊部の練習場として、またゆかたまつりの時に大好評だったLGBTティーンのための浴衣体験会場としても使わせていただいた3階建ての武道棟があり、いろんな思い出がここにもあったねと思いながら建物の横を通って見ると中から音がする。

「誰だろう、こんな朝早くから。今日は卒業式だけだから全体にゆっくりでいいのに・・・・・。」と思ってこっそりのぞいてみるとなんとあゆみちゃんが道着に着替えてなぎなた部の練習場の掃除をしている。

「あゆみちゃんおはよー。随分と早いけどどうしたの?。それにもう部活動も引退してるのに・・・・・。」そう言うわたしに気づいたあゆみちゃんが道着のまま近づいてきて「まあ由衣ちゃんの言う通り部活動も引退したしそれに今日は卒業式だけだからあんまり早く学校来る必要もなかったんだけどほらわたし家近いじゃない。なんとなく家に居ても落ち着かなかったし、それに今日で高校生活も最後だからお世話になったり思い出がいっぱいのこのなぎなた部の部室と練習場をお礼の気持ちを込めてきれいにお掃除してみたくなったのね。」と汗をかきながら言う。

あゆみちゃんは生徒会長でもあるし成績優秀と云う事で今日の卒業式では答辞を読む事になっていてそんな大役を任されているのにこうして部活動を現役でやっていた時のように早起きして誰も来ないうちから部室と練習場をきれいにしようだなんてなかなかできるもんじゃないし、こういう風な心掛けが日頃から自然にできるからみんなの人気者なんだろうなとわたしは感心しながらあゆみちゃんを見ていた。

そしてわたしは次に先日の卒業旅行で着たお借りしていた小紋の着物をお返しするために着物館に行った。

着物館は大抵朝早くから館長の生田先生がお越しになられて開いている事が多いのを知っていたし、いろいろと着物の事をこの3年の間に教えてくださってわたしが大の着物好き・着物女子に成長するお手伝いをしてくださったこの着物館と生田先生やスタッフのみなさんに着物をお返しする際にきちんとお礼も言いたかったのでこうして朝早くから学校に来たのだった。

着物館をのぞいてみるといつものように早起きの生田先生がお越しになられている。「先生おはようございます。3年すずらん組の神原です。先日お借りした着物をお返しに参りました。」と声を掛け、中に入ってお借りしていた着物を返却手続きをしながら卒業式と云う事で改まったフォーマルな装いの訪問着姿の生田先生としばらくお話しをした。

新女子としてこの優和学園に来るまでは中3の時に一度だけ桜田先生に「着物女装」をさせてもらったのみのいわば「ずぶの着物素人」で着物の事を何にも分かってなかったこのわたしがこうして自分で着物が着られるようになってしかも堂々と着物で外出までできるようになれたのも本当にこの着物館のおかげだと思って感謝していた。

色とりどりの着物に囲まれて先生としばし着物談義を心地よくさせていただきながら最初のうちは着物の用語に種類や着付け小物の名称を覚えながら悪戦苦闘した着付けの授業やまた着てからも慣れないうちは同じく大変だった所作・マナーの時間の事を思いだしていた。

だけどこのわたしがこうして落第せずに着物の着付けをクリアするだけでなく、時々着物屋さんで振袖アドバイザーのバイトをするようになるくらいまでの着物女子になれるだなんて自分でも少しびっくりしている。

そして今度は図書室にお借りしていた本を返しにあがる事にした。さっき着物館で生田先生が図書館司書の池添先生も今日は早くから学校にお越しになっているようだと聞いたので先に図書室に行ってみるとおっしゃられていた通り池添先生がいらしていた。

「先生おはようございます。お借りしていた本を返しに参りました。」と声を掛け、図書室に入ると池添先生も今日の卒業式用に上品な色合いの訪問着をお召しになっていてとてもお似合いだった。

「あら神原さん、早いわね。」「ええ、着物とか本とかお借りしていたものを返さないといけないのもあって早めに今日は参りました。「そうなんだー。ではどれどれ・・・・・。」

わたしは1年の時からずっとこの学校内の図書室に通っている。優和学園に新女子として入学したのはいいけれど、女装さえほとんどした事もなかったわたしにとって「女子としての知識や経験」は皆無で、それを少しでも埋めたり他の子に追いつくためにネットや友達に教わるのと並行してこうして図書室に出向いて本からも知識を得ようと頑張ってチャレンジしてみた。

そんなわたしに池添先生がいつもあれこれと「初心者」のわたしに役立ちそうな本を選んでパックにして貸し出してくださっていた。

そして1回の貸し出しは5冊までと決まっているこの範囲の中で先生が選んでくださった数々の色んな本はわたしの「女子化」にとても役立ったように思う。

最初のうちは何を書いてあるのかよく分からなかったり、読んでも読んでも頭に入ってこない難しい内容の本もあったけどそれでもなんとか読み続けていくうちに少しずつわたしの心は先生が選んでくださった本を通じて「女子化」していったように思うし、先生が選んでくださった本を読む事はその一助になっているように感じている。

「先生ほんとうに3年間わたしがいろいろと女子化するためやわたしに合う本を選んでくださってありがとうございます。おかげでこうして新女子としてなんとかやってこれました。」とわたしは先生にお礼を言った。そう言うわたしに先生は「そんな大したことじゃないわよ。本を選んだのはわたしだけど書いてあることを自分のものにしたのは神原さんだしわたしと本はその手助けをしただけ。」と謙遜がちにおっしゃる。

「でもねー本当に神原さんはこの3年間でここにある本をいっぱい読んだわねー。偉いなーって先生思うなー。」と言いながら「はいこれ」と先生は貸し出し用の個人カードを見せてくれ、見るとそこに沢山の貸し出し記録が所せましと記入されていた。

どの本もわたしにとってはわたしの女子化にとって大切でまた本を読んでいる時間はわたしの女子化にとって必要なプロセスであり時間だったように感じながら先生にご挨拶をしてわたしは3年すずらん組の教室へと向かった。

教室へ行く前にわたしは少しあちこちへ寄り道をしてから行く事にした。入学したての頃に同級生の新女子たちと一緒にボイストレーニングや女子としての所作・マナーをみっちりレッスンした多目的室を通ると1年りんどう組の教室が見えてくる。

新女子として入学してすぐの不安で仕方なかったあの頃。だけどすみれちゃんをリーダーに班もクラスもとてもよくまとまり、天然で何をやっても時間の掛かるわたしにも親切に新女子としてやっていけるようにみんなで女子化をフォローしてくれたあの頃の事を思いだしながら歩いていると2年りんどう組の教室が見えてくる。

みんなの後をちょこまか歩いてくっついているだけだったわたしが行事委員に推され、知恵を絞ってゆかたまつりやきものまつりについてみんなで話し合いながら進めていった事や林ちゃんと云う台湾からの留学生が毎日面白い事ばかり言ったりする中でいつしか笑いの絶えない朗らかで楽しいクラスになりそれが学年全体や学校全体に広がって行った事や、京友禅を着て街を散策したり舞妓さんになって舞台で踊った思い出深い京都への修学旅行の事などあれこれと2年生の時の事が思いだされてくる。

そしてわたしは1階に下り、中庭のベンチに腰掛けた。日本庭園風のこの中庭がわたしはとても大好きでこうして時々花壇に植えられている四季折々の花々ときれいに剪定や手入れされている木をみながら癒しのひとときを感じるのも好きだった。

中庭の横には校内売店と売店に併設された格好でお昼にいつもわたしのお腹を満たしてくれていた「おにぎりルリちゃん」の販売スペースが見える。もちろん今は朝早いので開いてはないけどずっとこの3年間「おにぎりルリちゃん」の安くておいしくてあれこれよく色んな事を考えて作ってくださったお弁当やおにぎり、お惣菜には本当にお腹もだけど心も満たしていただいた。

2年生の時には放送部のコンテストの題材に選ばせていただいて全国大会に初出場する事ができたり、校内放送と学校専用アプリのコラボで食品ロスが少なくなるような仕組みを作ったり、はたまた弥生ちゃんが跡取り息子の賢吾さんに恋しちゃったりと色んな意味でこの「おにぎりルリちゃん」にはあれこれとお世話になったと思う。

そんな感じでひとしきり思い出に浸っていると徐々にではあるけれど生徒がやってきて段々いつものようににぎやかに校内もなってきたのでわたしは自分の教室へと向かった。

3年すずらん組の教室に入るといつも早くからくる弥生ちゃん、千尋ちゃんをはじめもう半分くらいの子が来ていた。「おはよー。みんな今日は卒業式だけでゆっくりでいいのに早いねー。」「由衣ちゃんこそ早いねー。」などと言いながらわたしたちだけなく、いつもの矢絣の上に今日の卒業式用の赤と緑のグラデーションされた羽織を着たクラスメイトのみんなが普段と変わらずたわいもない話で盛り上がっていた。

そのうちに梢ちゃん、梨子ちゃんたちも来てほどなく全員が揃ったのだが、なぜか教室の一番後ろの席が1個だけ空いている。

数えてみると人数自体は3年りんどう組28名全員揃っているのだが、なぜか机と椅子が1個だけ多い。今まで机と椅子はずっと28個しかなかった訳で、余っている椅子や机は無かったはずなのだがなぜ今日に限って1個だけ席が多いのだろう・・・・・と千尋班のみんなとおしゃべりをしながらそんな事を思っていると「イヤーここが3年りんどう組の教室デスカ!。合ってマス?。」とどこかで聞いたような大きくて元気な声がするので誰だろう?と思って振り向く。

「えっ・・・・・。」

わたしは声のした方向を見てびっくりしていた。

「林ちゃんだよね・・・・・。」

なんとその声のする方向に林ちゃんが立っている。しかも今日のわたしたちとおんなじ袴制服の上から例の卒業式用の赤と緑のグラデーションの羽織まで着ているではないか。

「えっ・・・・・なんで林ちゃんがここに居るの?・・・・・林ちゃん台湾に居るんじゃないの???・・・・・。」

そう思ってポカンとしていたわたしと千尋班のみんなに「あ!由衣ちゃん!それに千尋班のみんなに梢ちゃんジャナイ!。イヤー久しぶりダネー!!。」と言いながら林ちゃんがやってくる。

「何ジッと見テルノ?。林ちゃんダヨ!。もう忘れチャッタノ?。」そう言うその子は間違いなく林ちゃんだけどなんで林ちゃんが今日ここにいるのか理解できなかったわたしはポカンとしているままだった。

ポカンとしているわたしたちに林ちゃんがどうして今日ここ優和学園にいるのか説明してくれた。

それによると昨年3月末で帰国した林ちゃんに学校から留学延長をしないで帰国するのは林ちゃんの希望だから仕方ないけど優和学園に留学中に持ち前の明るさと社交性と面白さで2年りんどう組だけでなく部活動や寮生活も含め学校全体を朗らかで明るい雰囲気にしてくれた功績に対して何かしら学校としても「表彰」と云う形で応えたいと思っていて、往復の航空券代は学校が持つので卒業式当日に来日してもらえないか依頼があったらしい。

もちろん卒業生ではないので他の生徒と同じと云う訳ではないのだけど、式にも出てもらうし林ちゃんの立ち位置として「特別功労聴講生」と云う肩書で参加してもらうと云うお話しだったとの事。

それなら林ちゃんとしては大好きな日本で更にもっと大好きで思い出深い優和学園の卒業式に参加できるのなら異論はなく、泊る所も寮のゲストルームを無料で食事付きで用意してくれると云う事なのでこうして卒業式に合わせて日本にやってきたのだった。

これを聞いて学校も林ちゃんも文字通りのサプライズだけどわたしは何と学校の粋な計らいだろうと感じ大感激していた。横を見ると千尋ちゃんが昨年栗田先生と一緒に林ちゃんの留学延長をお願いに行ったけど結局引き留められなかった事をずっと気にしていたせいかこうして1日だけでも林ちゃんがまた学校に来てくれた事で肩の荷が下りた感じがするようでうれしさもあって涙ぐんでいる。

そうこうしながら林ちゃんとの久々の再開を喜んでいると弥生ちゃんがあゆみちゃんに林ちゃんが来ている事を伝えに行ったみたいでわたしたちの教室に昨年同じクラスだったあゆみちゃんがやってきて一緒になって林ちゃんとの再会をとても喜んでいた。

そしてしばらくすると担任の朝井先生がお見えになられ、にぎやかにおしゃべりしていたわたしたちも各自席についた。教室の一番後ろの1個だけ空いていた席に林ちゃんも座り、この席は林ちゃん用のだったんだと納得していると卒業式と云う事でいつもと負けず劣らず品があってそれでいて卒業式に相応しい華やかなお着物姿の先生が「おはようございます。みなさん全員揃いましたね。今日は卒業おめでとう。それでは・・・・・。」と簡単にお祝いの挨拶をされ、今日のスケジュールを説明してくださるといい具合に時間になったので廊下に整列して順にクラスごとに体育館へ向かった。

拍手に迎えられ体育館に入ったわたしたちは朝井先生の先導でクラスごとに決められた場所に着席し、同じように担任の先生の先導で各クラスの3年生全員が着席するといよいよ卒業式が始まった。

「只今より本年度の優和学園高等学校卒業証書授与式を行います。一同起立!。」

(つづく)

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