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(連載小説)気がつけば女子高生~わたしの学園日記㊸ 初めてのバイトは振袖姿で・その3~

「わたし男ってバレてない?。大丈夫かしら?・・・・・。」とピンクの振袖姿のさつきお嬢様は周りを気にしながら恥ずかしそうにうつむき加減でお店からはじめての振袖外出の第一歩を踏み出された。

この今日の「男の娘向け・振袖無料試着会」もお昼から引き続きひっきりなしにお客様がお見えになられ、店内が少々手狭になってきたのもあって近くの公園にロケーション撮影を兼ねてお出かけしてみる事にしたのだけどさすがにさっきまで男性の姿だった方が初めて振袖を着て「お嬢様」に変身し、更に加えてその振袖姿での外出とあれば少々緊張するのも無理はない。

だけど実際お外に出てみて歩いてみても道行く人は誰一人としてさつきお嬢様の振袖姿に変な反応をする人はいなかった。

それどころか「あら、この方振袖着てる!。きれいね!。」とか「そこの着物屋さんって今日は振袖試着会なのね。だから振袖の”女の子”が結構いるんだわ。」などと近くの住民の方にとっても普段通りのいつもの事と云った感じで特に気に留める人も居ないし、さつきお嬢様の振袖姿にも概ね好意的な反応が返ってくるばかり。

そんなさつきお嬢様だけどひとり、またひとりとすれ違っても「着物すてきね。」とか「わあー振袖似合ってていいわー。」などと好意的な反応が続いたりそうでない人も無関心にすれ違っていくだけの状況に徐々に安心されてうつむき加減だったのが少し前を見て歩く余裕が出てきていた。

わたしも「さつきお嬢様大丈夫です。ほら道行く人みんながさつきお嬢様の事見ても”すてきな振袖姿ね”とか”振袖似合ってる”としか言ってませんよ。全然バレたりしてないですから自信もってくださいね。」と緊張をほぐすために言葉を掛けてあげる。

「ありがとう・・・・・神原さんって優しいのね・・・・・。」「いえいえそんな事ございません。わたしもはじめての着物外出の時はとっても緊張したものですからさつきお嬢様のお気持ちはよおーく分かります。」とちょうど2年前、中学3年の秋に桜田先生のお手ほどきでひょんな事から「初着物女装」と「初着物女装外出」をいっぺんに体験した事を思い出し、その時の事を「体験談」としてお話しして差し上げながら公園へと歩いていた。

目指す公園はお店の近くの着物姿の内股でゆっくりしずしずと歩いて5分掛からないところにあって到着すると何人かの振袖無料試着会に参加されているとおぼしき「お嬢様」方がロケーション撮影を楽しそうにされている。

「あ、あの紺の振袖の背の高い子もいるね。よかったー。背の高い子がわたしだけだと目立っちゃうから恥ずかしいって思ってたの。」とさつきお嬢様が言うその先にはあゆみちゃんが担当のお客様をお連れして自分も楽しみつつ一緒に振袖姿に変身したお嬢様と撮影や談笑をしている。

そして公園内をわたしはさつきお嬢様と歩いていた時「それにしてもさつきお嬢様って振袖をはじめてお召しになられたとは思えない位、姿勢もいいですし全体的に着物姿がしっくりきててお似合いですね。」と半分セールストークもあったのだが実際にそう思っていた事を話してみると「あらそう。ふふ・・・・・まあ姿勢がいいのはわたし中学高校とずっと弓道をやっていたからかな?。それと今日はさっきまでずっと無愛想な事ばっかり言ったりしたりしてごめんなさいね。」とおっしゃる。

「いえいえそんな無愛想なんて全然ないですし、今はこうしてすてきな振袖姿になられて楽しんでおられますからいいですよ。」とわたしがフォローするとさつきお嬢様は少しずつ自分のお気持ちをお話しされ始めた。

「わたしね・・・・・実はずっとずっと振袖が着たかったんだ・・・・・。それもできればピンクの振袖がね。」

「えっ?。」

「だからさっき振袖選びの時に”男なんで振袖の事なんてよく分かんないんです”とかって言ってたのは本心ではなくて”照れ隠し”だったのと、それに振袖男子は青や緑、紺と云った色柄を着たがる人が多いだなんて事にとらわれずにわたしにはピンクや赤の振袖を是非勧めて欲しいって心の中では思ってたの。」

「そうなんですね・・・・・。」

実を言うとわたしは最初からこのさつきお嬢様が振袖を着る事に興味がないような仕草をされることをどうも不自然に思っていた。

まず興味がないなら第一無料とは言えこの試着会にわざわざ自分のお住まいよりかなり遠いこのお店に申し込む訳はないだろうし、それにお肌も同世代の女子顔負けの色白で透明感のあるすっぴん肌をされておられてこんなのって日頃からきちんと意識を持ってスキンケアとかしていないと出来るものじゃない。

また細かい事を言えばきちんとお髭をあたってこられていて、今日参加されたお客様の中には結構髭が残っていたりして慌ててお店でメイク前に剃ったりしている方もいる中でほとんど剃り残しもなくきれいなお肌だし、またきちんとこざっぱりな散髪をしてこられていて後ろの生え際をきちんと揃えてうなじが出てもきれいに見えるようにされているのを見てここまでされてこられる方は他のお客様を見ていてもあまりいなかったのもあり、わたし的にはさつきお嬢様はこの振袖無料試着会にやる気満々で参加しているのを感じていた。

それに加えて振袖選びの時のカタログのピンクの振袖が載っているページで手が止まったり他の色のページを見る時と比べて時間を掛けたり、実際に選んでいる時にはピンクの振袖は他と比べて興味深そうに手に取ったりとされているのも見ているとなぜこのお客様は無愛想でつまらなそうにしているのかとても不思議だったけど実は「照れ隠し」だったと聞けば合点がいく。

そしてわたしは「そうなんですね。でもわたしさつきお嬢様は振袖に興味がないとかでなくてほんとはとっても振袖をお召しになられたくて、しかもピンクか赤の振袖を是非と熱望していらっしゃるんじゃないかと思ってたんですよ。」と思っていた事を言ってみた。

すると「そうなのね。うふふ。神原さんってよく気がつく方なのね。」とさつきお嬢様はおっしゃり、更に自分の振袖への想いをわたしにお話ししてくださった。

聞くとさつきお嬢様は前から成人式には振袖を着て出席したいとずっと思っていたけど家の雰囲気がそんな”男のくせにそんなわざわざ振袖なんて着なくても”と云う感じでなかなか言い出せなかったし、友達も特に誰も成人式に振袖で出席したいと思っていないようで仕方なくさつきお嬢様はその想いを心の中に封印したのだった。

だけど実際に自分の成人式まであと数ヶ月になり、一度は諦めていた振袖への想いをどうしても抑えきれなくてとにかく一度振袖を着るだけ着てみたいと思い、知り合いに会ったりしてバレないようにこっそりと自分や友達のテリトリー外のこの着物屋さんに試着会を申し込んでみたのだった。

「だけど思い切って振袖をこうやって着てみてしかも念願の着たかったピンクの振袖だし、とっても今わたし幸せな気分なの。」とさつきお嬢様は本当にうれしそうに笑顔でおっしゃりながらお話を続ける。

中高と弓道部に所属していた事もあって和風のものには普通の中高生より触れる機会が多かったせいもあり、興味も多く持っていたさつきお嬢様は実は男物の着物にも結構興味があって、こちらの方は自前で一式揃えていて時々着ているそうだ。

だから和服の良さと云うものは前から実感していたのだけど女物は華やかで且つ着る人をよりお淑やかだったり美しく見せる衣装だと感じ、そこへ来て最近の成人式の振袖男子の静かなブームもあり、一度自分でもきちんとメイクして振袖を着たかったのだけどさつきお嬢様はトランスジェンダーや女装子ではなくてただ単にせっかくの成人式だから華やかで素敵で大好きな振袖を着て出席したいだけと云う「服装の好み」でそうしたいと思っているのだった。

「わたしってね、もちろんトランスジェンダーさんや女装子さんを否定する訳じゃないしむしろ頑張って欲しいし応援したいの。だけど自分では”女になりたい”とか云う感覚は無くて、地味なスーツにネクタイよりはせっかくだから大好きな振袖で成人式に出たいってただそれだけなの。」

「そうなんですね・・・・・。」

「もちろんこうやって着てみると仕草も喋り方も自然と女の子らしくなるし、私の中でも気持ち的には振袖を着る事でまるっきり”さつき”って云う新成人の女子”の気持ちになってる。だけどわたし思うんだけど”男らしい””女らしい”って一体なんなんだろう?。男は振袖の魅力を感じても女子が着てるのを”見るだけ”だなんて・・・・・。」

確かにわたしもファッションもそうだけど前から「男らしい」「女らしい」と云うカテゴリー分けについては疑問があった。

中学の時わたしは小柄でおとなしくておまけに引っ込み思案だった事もあり、しょっちゅういじめられては泣いていた。

そして泣く事で「また女みたいにすぐ泣く」「男のくせにこいつって弱い」とクラスメートに蔑まれ、泣く事で更にいじめはエスカレートして余計に泣いてばかりいた。

だけど泣くのは「女みたい」だからでもないし「男のくせに弱い」からでもない。いじめられて悲しいのと悔しいから泣くのであってそれには男も女も関係ないと思っていたし、そんな疑問や思いもあってわたしは実質的に「女子校」の優和学園への進学を決めたのだけどそのさつきお嬢様の「男らしさ」「女らしさ」って何だろう?と云う気持ちはとてもよく理解できる。

そんなこっそりとわたしだけに思いきって振袖を着たい気持ちや経緯を話してくださったさつきお嬢様にわたしも思い切って自分がいじめられていた事や優和学園に進学した経緯、そして入学してからの新女子としての日々をわたしもお話しさせてもらった。

「わたしたちは学校で”真のジェンダーフリーとは何か”を学んでいる中で基本とされるのは人間として大切なのは”男らしさ””女らしさ”も大切だけどそれよりも”人間らしさ”と云うものの方がずっとずっと大切にされるべきだと感じています。だから”振袖が着たい男子”はわたしは大歓迎だし、さつきお嬢様のように”振袖が似合う男子”はもっと大歓迎です。」

「あははっ。神原さんっていい事言うね。と云う事は今日のわたしは”大歓迎”されてるって事?。」

「もちろんでございます。さつきお嬢様は当店のお客様であるだけでなく、こんなに振袖が大好きで似合ってらっしゃる方を大歓迎しない訳がありません!。」

そんな事を話しているうちにあゆみちゃんと担当のお客様が撮影スポットでのロケーション撮影が終わり、わたしとさつきお嬢様の番になったので交代して店内の撮影スペースで撮っている時よりもずっと自然ですばらしい笑顔でさつきお嬢様は前を向いたりまた振り向いたようなポーズで帯結びを見せたり袂を広げて華やかなポーズを取ったりしながら撮影してもらった。

屋外での撮影も終わり、再び店内へ。もうこの時点でさつきお嬢様はまったく周りを気にする事なく普通に「成人式のお嬢様」になりきっていた。そしてお店のスタッフと何やら相談したいことがあるとの事で奥の商談スペースへと向かわれた。

わたしはお店に戻ってからは他の「お嬢様」のお話しのお相手をしたり、お店のアシスタント業務をしていた。そして再び他のお嬢様と近くの公園にロケーション撮影に出かけてお店に戻った時、お店の入り口で元のB面(男子)に戻られたさつきお嬢様にお会いした。

「神原さん、今日はいろいろとありがとう。とってもいい思い出ができたし、いろいろと神原さんから教わる事も多くていい経験だったよ。」「そんなそんな、こちらこそおつかれさまでした。念願のピンクの振袖体験ができてよかったです。」というわたしに会釈してさつきお嬢様はお店を出られ、わたしはさつきお嬢様に深々とお辞儀をしてお見送りをしたのだった。

そして夕方、やっと最後の「お嬢様」が帰られて男の娘向け・無料振袖試着会は終了した。さすがに1日朝からずっと振袖を着てあれこれお世話をしたり動き回っていたので疲れたが、それでもプロの方にメイクしてもらって振袖を着せてもらった事でうれしさも充分ある。

それに振袖志望の男子のお客様がどんどんきれいにメイク・着付けしてもらって「振袖姿のお嬢様」になっていくのを拝見するのはもっと興味深かったし楽しかったし、さつきお嬢様みたいに何人ものお客様といろんなお話もさせてもらって勉強になった。

そしてわたしも振袖から洋服に着替えてお店の方に「今日はほんとうにありがとうございました。いい経験をたくさんさせてもらってよかったです。」とご挨拶すると「いえいえこちらこそ。神原さんの初振袖とってもよく似合ってたわよ。それにお客様への対応や着物の所作・マナーも高校生とは思えないくらいすばらしくてさすが優和の生徒さんね。」と副店長さんから逆に褒められてしまう。

そして「はいこれ。今日のアルバイト代。」と出された封筒を受け取り、領収書にサインをしてから中身を改めると15,000円も入っている・・・・・。

「今日神原さんが担当してくださったお客様でさっそくご成約をいただいた方が何人もいらして、お店の方としても少しだけどボーナスを上乗せさせてもらったわ。そうそうあのさつきお嬢様だっけ?、あの方も成人式本番の日はちょっと難しいけど成人式が終わって1カ月後くらいに”後撮り”でお写真だけご利用いただけることになったの。ほんとうにありがとうね。」

そうなんだ・・・・・さつきお嬢様は本番は難しいけど「写真だけの成人式」をされる事に決めたんだ・・・・・。きっとまた今日みたいに、いえ今日以上に振袖がお似合いになるだろうな・・・・・。

わたしはお店を後にしてあゆみちゃんといっしょに帰りの電車に乗った。初めての振袖だった今日1日はほんと色んな事があったり色んな人との出会いがあった。

そしてわたしは仕事をしてお金をいただく事のありがたみと優和学園の生徒でいられる事のありがたみを感じ、今日1日の体験できたことに感謝していた。

(つづく)








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