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ハジマリハ深い谷底から――序章(ひとまとめ版)

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序章 生かされた理由

  ――閃光が舞い、土砂が弾ける。黒く焼け焦げ抉れている地面は、淀む灰色の空と相まって昼間にもかかわらず夜を錯覚させる。鳴り止まぬ風切り音は、骸と化した機械の弔電となり、終わらない砲火の応酬が敵を吹き飛ばし、味方を吹き飛ばす。

 ラシア大陸ロブスク基地。ラシア大陸東部沿岸部近く、スラビア連邦軍と自衛軍大陸東部方面軍団との共同防衛基地であり、敵幻獣を食い止める最前線。

 基地西方の平原だった大地に要塞の如く張り巡らされた防御線の最後衛には、自衛軍とスラビア連邦のMLRS車輛が並列し、その前方にムスタ207ミリ自走榴弾砲と、98式188ミリ自走榴弾砲が並列し火力支援陣地を形成する。

 その前方には塹壕線さながらの突撃防止柵と、黒く焼け焦げた地面に車体を潜ませる、10式戦車とT―90戦車が並列する防御陣地が厚く広がり、さらにその向こう。

 最前衛は遮蔽物代わりに掘られた10メートル程度の深さがある塹壕線と、盛土の山が幾重にも広がり、最新型の10式戦略機とT―90型戦略機が、塹壕に身を潜ませ幻獣と砲火を交え戦う。飛び交う閃光の応酬は幻獣を消滅させ、戦車を吹き飛ばし、航空支援を行う戦闘ヘリを撃墜する。

 雲の上に延びる閃光は、雲の中から飛来するミサイルとすれ違い、地上に群れる幻獣を破壊し、雲間から漏れ出る赤い閃光が走り、燃える戦闘機が落下する。

「戦略機連隊本部。第4戦略機中隊立花二尉、送れ」
「了解。回線開きます」
 本部から通信に私は通信回線を開き、コックピットモニターの一部に連隊長の顔が表示される。

「立花、そちらの状況はどうだ?」
「幸いな事に火力で敵幻獣を抑え込めている状況です。損害はありません。皆意気軒昂です」
 渋いやや疲れ気味の顔色が窺える連隊長に、私は整然と答える。こちらの状況を問うという事は、新たな作戦が発令されたのだろうか?

「うむ。そうか……立花、貴官らに頼みたい事がある。聞いてくれるか?」
「はい」
「現在、展開中の防御線右翼に幻獣の攻勢が集中し始めている。この状況を打破、というよりも、司令部はこの中に敵幻獣の本体が潜んでいると判断したようだ。貴官ら左翼防御線に展開する戦略機部隊は、この場を一旦機甲特科部隊に任せ、右翼防御線に集中する幻獣群を横から突き崩し包囲殲滅せよ。との事だ。隣のスラビア連邦エインヘリヤル大隊とうまく連携してくれ。質問は?」
 私の頷きに連隊長はコックピットモニターに戦域図を表示。矢印を加えながら、作戦の概略を説明する。今いる塹壕を出て右翼側面を突けという事か……戦略機部隊にしかできないが、誰か死ぬだろうな……

「我々の突撃に対する支援はありますか?」
「司令部直掩の航空戦隊と特科大隊から抽出する。これで足りるか?」
「十分です。感謝します」
「……すまん。頼んだぞ」
「了解」
 私の頷きに連隊長は、未来を予想しているかのように顔を曇らせ述べると、通信を終えた。あの渋い連隊長の顔も今日が見納めかもしれないな……私は無線回線を開き各員にこう告げる。

「中隊各員。寝ている者はいるか?」
「こちら03。いくら余裕だからってこの状況下で寝れませんよ中隊長」
「02。03に同意します。中隊長今現在全機健在です」
 私の軽い冗談に部下達が分かりやすい反応をする。偶に塹壕から乗り出して迎撃している状況だしな。図太い奴は機体を隠したまま寝ていてもおかしくは……流石に無理があるな。

「そうだな。各員そのまま聞いてくれ。我々はこれより、隣のエインヘリヤル大隊と共に、右翼防御線に集中する幻獣群の側面を突く。半包囲して殲滅せよと司令部は仰せだ。不満がある者は居るか?」
「了解。こちら02。不満がある奴は今のうちに答えなさい。私が黄泉路に送ってあげるわ」
 苦笑交じりに私が言うと、副隊長である02が冗談交じりに各員に告げる。彼女の気性からして冗談に聞こえないのは――恐らく気のせいだろう。

「おおこわっ。こちら07。中隊長、火力支援はありますか?」
「心配するな。私達が生き残れるだけの支援は用意してくれるそうだ」
「09了解。全機いつでも行けます」
「わかった。エインヘリヤル大隊とミーティング後速やかに行動を開始する。全機その間補給を十分にな」
 09の返事を最後に私は各員にそう告げ、新たにエインヘリヤル大隊長に通信コンタクトを送る。しばらくして回線が開かれ、金髪碧眼のうら若き美女がコックピットモニターの一部に表示される。エインヘリヤル大隊長、ナスターシャ中佐だ。

「今日は吉日のようだな。立花」
「そうかな? 最後の日かもしれないよ」
 表示されたナスターシャは開口一番にそう述べる。
「ふっ。この最前線で貴官のその言葉を何度聴いてきたのだろうな?」
「もう何度になるだろうかな。君のその大胆不敵な笑みを見るのは」
 お互いにいつもの前口上述べ私はこう切り出した。

「そちらも司令部から連絡はきているのかな?」
「無論だ。こちらも準備が整い次第全機右翼側面に突撃する」
「わかった。ならば、オープン回線はいつも通り共有しよう。お互いにカバーしやすいよにね」
「了解。では、最前衛は数が多い我々が引き受けよう貴官らは援護を頼む」

「了解。任せてくれ。こちらも準備が整い次第また連絡する」
 ナスターシャの淡々とした返答に私も淡々と頷き通信を終える。これまで幾度となく同じやりとりを重ね、その度に死線を潜り抜けてきた。だから、多分今回も大丈夫だろう。私はそう自分に言い聞かせ、設定を切り替え、エインヘリヤル大隊とのオープン回線を共有する。

「エインマスターより各機食事はどうだ? 腹一杯になったか?」
「エイン02。各隊間もなく終わります」
 無線上で問うナスターシャに副官のエイン02が淡々と答える。さて、こちらの準備状況どうだろうか?
「よろしい。では、第2第4中隊はいつも通り、我々と自衛軍第4戦略機中隊の突撃を援護。残りは速やかに右翼側面に突撃する」
「各小隊準備はどうだい?」
 ナスターシャの命令伝達と同時に私は中隊各員に状況を質問する。

「こちら02。全機いつでもいけます」
「エイン02。こちらも準備完了しました」
「よろしい。それでは――」
「こちら03! 待ってください。13時の方向。見たことがないオーガ型が居ます!」

「エイン04同じく11時の方向! あれは…‥もしや、本体では?」
 各隊員の報告を聞きながら、私は塹壕より機体を起こし13時の方向へ頭部メインカメラを向ける。確かに紺色の特徴的なオーガ型が、目立つように取り巻きと共にこちらに向かってきている。私は改めて秘匿回線でナスターシャにコンタクトを送る。
「要件はわかっている……どうする?」

「倒すしかないね。私の方から司令部に連絡する。君達は火線を張って突撃準備に移ってくれ」
 秘匿回線が開かれ、コックピットモニターの一部にナスターシャが映し出されると、開口一番にそう訊いてきた。私の即答にナスターシャは頷き秘匿回線を切る。私はそのまま連隊本部連隊長にコンタクトを送る。

「各隊命令を変更する。前方11時の方向に火力を集中第1第4中隊は突撃準備に移れ。奴を狩るぞ!」
 無線上でナスターシャの声が響く中、私のコックピットモニターの一部に司令部連隊長が映し出される。
「時間がありません。こちらを見てください」
「何が……これは!」
 私は開口一番に連隊長に述べ映像を送ると、連隊長は驚愕に顔を引きつらせる。

「これよりエインヘリヤル大隊と共に、あれを討ち取ります。よろしいですね?」
「わかった――2分待て」
 私の問いに連隊長は顔を強張らせ、それだけ伝えると一方的に通信を切った。私は無線でこう告げ戦闘に参加する。

「各隊。これより2分後に塹壕を出て敵本体らしき幻獣に突撃。これを撃破する……皆、生き残れよ」
「エインマスターより各機、バディを崩すな。オーガ型はタウロス型よりも機動力がある。今更言うまでもないが、接近される前に撃破しろ。本体は私か立花二尉が撃破する。貴様らは生き残る事だけを考えろ! 良いな!」
 ナスターシャの声に各員は『了解』と応じる。私はいつもながらの姉御肌っぷりに妙な親近感を覚え、笑みが零れる。目の前にはオーガ型とその本体以外にもタウロス型や蜘蛛型がひしめき、こちらの攻撃をもろ共せず砲火を交えている。

 我々が一勢力に火力を集中したところで大した影響はないが、それでも他の幻獣の進軍速度が幾らか早まってしまう。私は機体の装備を切り替え、携帯している26ミリチェーンガンで前方から迫る蜘蛛型に射撃しつつ、ショルダーキャノンで、紺色の特徴的なオーガ型を囲う幻獣集団に攻撃を加える。

 しかし、紺色の特徴的なオーガ型は届かず、守るように密集しているオーガ型の数が減るのみ。やはり、接近戦でなければ倒せないか。
「第3近接航空支援中隊。第4戦略機中隊立花二尉、送れ」
「了解。立花、敵近接航空支援座標を送る。送れ」
 音声のみの通信が届き、私は通信回線を開き応答する。気づかないうちに2分経過していたか……出番か。

「了解。これより近接航空支援を実施する。第7特科大隊、同座標に火力支援を要請する。送れ」
「了解。第7特科大隊、これより火力支援を開始する」
 開かれた音声のみの通信回線上で、司令部直掩の第3近接航空支援中隊と第7特科大隊のやりとりが終わる。同時に、コックピットモニター正面右に映るオーガ型幻獣群の頭上が炸裂。爆発が巻き起こる。

 衝撃波が塹壕線上を抜け、オーガ型幻獣群の傍に展開する蜘蛛型幻獣と、タウロス型幻獣が呼応するように反撃を開始する。コックピットモニターに表示している戦域図を確認すると、私達の後方に新たな戦闘集団、第3近接航空支援中隊が出現していた。僅かな可能性に賭けて、特攻紛いの近接航空支援をしてくれているのだ。そう思うと、自然とスロットルレバーを握る手に力がこもる。

「了解。目標への突撃を開始する。各隊私に続け!」
 交信を終え、私はオープン回線の無線上でそう号令をかけ、ペダルを踏みスロットルレバーを押し込む。ミサイルと砲弾の応酬の最中、私の機体は塹壕線から真っ先に飛び出し、スラスター全開で紺色の特徴的なオーガ型に向け突撃する。

「エインマスターより各機。立花に送れるな! 続けぇ!」
 僅かに遅れ、オープン回線上にナスターシャの怒号が響く。コックピットモニターに小さく表示している戦域図を確認すると、自機の後ろに僚機が続き、鋒矢状に陣形が組まれる。私は左翼敵陣方面に展開する蜘蛛型とタウロス型の幻獣群に構わず、砲火の中で左手に楯を、右手に26ミリチェーンガンを構え、正面射程に入るタウロス型幻獣を蹴散らし、地面すれすれの低空を移動。

 紺色の特徴的なオーガ型を擁するオーガ型幻獣群に迫る。私達の突撃に呼応して、付近一帯に味方の火力支援による弾幕が張られ、煙幕の中を突き抜け、オーガ型幻獣群に肉薄した――直後、警告音(アラート)がコックピット内支配する。

「――っ!?」
 状況を確認する間もなくコックピット内に衝撃が伝わり、左手に構えていたシールドの上部が吹き飛ぶ。敵の砲火が着弾したのだ。バランスを崩し機体の姿勢制御が自動で実行され、敵陣の眼前で機体の挙動がほんの僅かに制止する。その僅かな刻(とき)を、迫るオーガ型幻獣は見逃さなかった。

「――っ!?」
 尋常じゃない衝撃でコックピット内が揺れ、モニターの正面が砕け散り、飛散した部品の塊がヘルメットを直撃。衝撃で頭がのけ反り、右頭部からドロリと赤い液体が零れ落ち、砕けたヘルメット越しに、ぼんやりと攻撃を受けた事を理解する。

「……クソっ!」
 怪我の痛みで思考が急速にクリアとなり、私は悪態を吐きながら機体の被害状況を確認する。生きているモニター上に機体ステータスを表示。サブカメラに切り替え砕けたコックピットモニターを再起動する。機体は頭部が丸ごと消滅。シールドを持っていた左手はアクチュエータに異常が出ている。

 他は下半身と右腕部は幸いな事に正常のようだ。
「――隊長ぉ! 中隊全機前へ! 立花さんを護るのよ!」
『――了解!』
 壊れかけの無線上から副隊長の凛とした声と、隊員達の応答に状況が切迫している事を思い出す。そうだ、目の前にはオーガ型幻獣群が居たはずだ。私はスロットルレバーを引き倒れていた機体を起こす。

「――今日の英雄(ヒーロー)は私が貰おう! 立花、貴様はそこでゆっくりしていろ! エインマスターより各機、自衛軍の支援に回れ。02、03小隊は私に続け。奴を狩るぞ!」

『――了解』

「エイン02より各中隊。1小隊は立花機の直掩を。残りの各中隊は展開中の第4中隊の支援に回りなさい」
 状況を把握する間もなく壊れかけの無線上から、ナスターシャの自信に満ちた声とエインヘリヤル大隊隊員達の音声が砂交じりに伝搬する。

 私は、ときより霞む視界を不快に感じながらも、コックピットモニターに表示している戦域図と、目の前に広がる映像を確認する。戦域図では、私を半円形状に中隊各機が幻獣と対峙している。その後方にエインヘリヤル大隊各中隊が支えるように割り込み、機体の生きているモニターにエインヘリヤル大隊のT―90型戦略機が映り込む。

「……このまま……だと、まず……い」
 私はまだ残っているショルダーキャノンと26ミリチェーンガンで、援護しようとスロットルレバーを押し込もうとするが、思うように腕に力が入らない。こちらの足が止まってしまったら、自動的に敵の火力が私達に集中する。私が動かなければ、皆がやられてしまう……

「07下がれ! 無茶をするな!」
「了か――04! チクショオオオおぉ!」
 砂嵐と共に聞こえてくる仲間の断末魔が無線上で木霊する。その声を裏付けるように戦域図から友軍機のマーカーが消失する。

「……くそう……くっそおお」
 幻獣への憎しみが、自分の不甲斐なさが胸に張り裂けそうな痛みを与える。しかし、体は思うように動かず、徐々に力が抜け意識が遠のいていく。ここまでなのだろうか?

 私は仲間を、部下も守れずに死んでいくのか――

 ――どうせ死ぬなら……どうせ死ぬなら……部下を――仲間を護らせろぉ!

《――君の願いは確かに届いた……共に戦おう。同胞ヨ》 

 脳裏に響いた女性にも似た美声を最後に私の意識は深い闇に飲まれていった。 

 ぼんやりと視界が戻ると、白い天井が滲みがちに瞳に映り込む。ここは何処だろうか? どうして私は寝ている? 私は戦場で戦って――皆はどうなったんだ? 意識を失う前の状況を思い出し焦るが、体は重く思うように動かない。

 相当な怪我を負っているという事か? いつもより重く感じる頭部を右に向け誰か居ないかと視線を向けると、頭部から右目辺りまでを包帯で巻かれ、左手にギプスらしき固定具と包帯を巻いたナスターシャが座っていた。

「――目が覚めたか。おはよう」
「――っ」
 微笑み言葉をかけてくる彼女に私は言葉を返せず沈黙する。
「うん? この姿か? お前と同じ名誉の負傷さ」
「……他の仲間達は?」
「お前が無茶をしてくれたおかげで……何とかなったよ。殆どが怪我人だけどな」
 ふり絞った私の問いに彼女はやや表情を曇らせいう。まるで覚えていないが、彼女の言葉をひとまず信じよう。それよりも……

「……君は、これから如何するんだ?」
「相変わらず自分の事より他人の心配か。いつも思うが、お前はもう少し自分の心配をするべきだな」
「性分……みたいなものかもしれないね」
 苦笑交じりに述べる彼女に私は眉をひそめて答える。この状態では恐らくすぐに復帰する事は出来ないだろう。となれば、我が軍においては本国への送還となる。つまり、生きて故郷の土を踏めるという事だ。

「そうか。そうだな、私もこの怪我では前線を支えることは出来ないだろう。となれば、お前と同じく本国へ送還される事になるかもしれない」
「……しれない?」
「我が国がどのような国かは、お前も良く知っているだろう? 任期を終えた英雄ならともかく、使えない怪我人にポストを用意はしてくれないさ。そこそこの戦果は挙げているが……あまり良い待遇にはならないだろうな」
 私の問いに彼女は溜息交じりに苦々しく答える。戦果を挙げている彼女にさえ、スラビア連邦は普通の生活を与えてくれないのか……

「……すまない」
「何故謝る? ふっ、別にお前のせいじゃないだろうに――本当にお前はお人好しだな」
「君にそう言われると、そうなのかもしれない……」
「――そうだ! 良い案がある……呑んでくれるか?」
 何を言うべきか迷っている私に、彼女は何か閃いたのか満面の笑みで問いかけてくる。女性がこの手の行動をとる場合、大抵ろくでもない事になると相場が決まっている。

「……内容による」
「それでは私が困る。呑んでくれなければ、話すわけにはいかないなぁ」
 精一杯の私の抵抗に、彼女は思わせぶりな口振りで述べる。その困り顔に騙されるほど私は鈍くはない……が、仕方ないか。
「わかった。君の案を聞かせてくれ」
「おお! 話が分かる男は愛されるぞ、立花!」
 渋々いう私に彼女はキラキラと顔を輝かせ告げる。うーん、これは頷くべきじゃなかったかもしれない。

「いや、やっぱり――」
「簡単な話さ。私を貴方の嫁にしてくれ」
「……はっ?」
 私の言葉を遮り彼女はとんでもないことを言ってきた。

「別に私が気に食わないなら、後で離婚してくれても良いさ。要はお前の国に亡命しようという事さ。幸いな事に私には身寄りもないし、よしんば本国に帰還できても寒いだけで、女の身ひとつでは堪える。私はこれでも暖かい家庭を築きたいと考えている……が、ダメか?」
「ダメじゃないが、君が亡命したいなら無論協力は惜しまない。しかし、別に私と結婚しなくても解決できる問題だと思うが……君の方こそ私で良いのか?」
 思いがけない彼女の提案に、私は驚きを隠せず問い返してしまう。確かに、彼女のような容姿端麗な美女と結婚できるのは、男なら飛びつくような話だろうが、彼女が惚れるような事をした覚えがないぞ。

「今日まで生き残ってきた仲じゃないか。お前ほど私の事を知っている人間は居ない……私では不服か?」
「不服なわけがない。しかし、何というか夢のような話で、何処か釈然とはしないな」
「ふふっ、良いじゃないか。私のような美女を連れて国へ帰れるのだぞ? ある意味最高の戦果じゃないか?」

「ははっ、自分で言う事じゃないだろ……末永くよろしく」
「――ああ! お前が嫌だと言っても離れないからな!」
 困り気味に誓いの言葉を述べる私に、彼女は心底嬉しそうに笑顔で頷く。まだ私の処遇は決まっていないが、連隊長に何と報告すべきか……な――いかん、どうやら少し喋り過ぎたようだ……物凄く……眠い……

「……少し喋り過ぎたか? ゆっくり休め。今日のところはこの辺でお暇しようか」
「すま……ない。また今度……ゆっくり……話そう」
「無論だ。これからはいつでもどこでも一緒だ。――忘れるなよ」
 寝ぼけ眼で言う私に、彼女はやさしく語り掛ける。
「何、を?」

 《――私は貴方の傍に居る。見えなくとも、たとえ意識できなくても――だから……私を忘れないで――》

 再び目が覚めると私の右半分は黒く塗りつぶされていた。どうやら包帯を巻かれているらしいが、ここは医務室か?
「……目が覚めたようだな」
「――連隊長?」
 声がする右側に、空いている左目で視線を向けると連隊長が渋い表情で座っていた。さっきのは一体? 私はずっと寝ていたのか?

「混乱しているようだな、無理もない――貴官のおかげで、作戦は無事完了した。ありがとう」
「――連隊長。他の者は……何名生き残りました?」
 気遣うように告げる連隊長に私は意を決して問う。私は――悪夢を見ているのか? それともあれが夢だったのか?

「助けられたのは貴官だけだ。皆、高天ヶ原へ昇った」
「そう、ですか……」
 目を伏せ答える連隊長に私は涙を堪えきれず頷くので精一杯だった。
「……スラビア連邦から遺品を預かっている……見るか?」
「……っ、はい」
 淡々と述べる連隊長に私は嗚咽交じりに頷く。夢なら……早く醒めてくれ。私には……今の私にはこの現実は……辛すぎる。

「ナスターシャ中佐の記章(エンブレム)だ。これを貴官に託して欲しいと残していたそうだ」
「……エンブレム……」
 連隊長は贈答用(ギフト)の(ボッ)小箱(クス)を差し出し、私が見やすいように空けて見せてくれた。狼の肖像らしき刺繍が刻まれた記章。不自然なほど新しさを感じる見た目をしている……本当に彼女のものなのだろうか?

「――彼女の遺書と一緒に用意されていたらしい。確認をとったが、エインヘリヤル大隊の伝統のようでな。生き残った者、或いは除隊した者に代々受け継がせる仕来りだそうだ」
「そう、ですか」
 淡々と述べる連隊長に、私は上手く言葉を紡がせる余裕がなく頷き続ける。

「……遺言を聞く気力はあるか?」
「――っ」
 連隊長は、ベッド傍にある衣装ケースに贈答用(ギフト)の(ボッ)小箱(クス)を置き、気遣うように優しく問う。私は動く右手で涙を拭った。これが現実ならば、彼女の言葉を聞かねば、後悔する。

「お願いします」
「――うむ。『ありがとう。後を頼む』だ、そうだ」
 聞く準備が整った私に連隊長は淡々と述べる。この事務的にも聞こえる対応のおかげで、私は冷静さを失わずに居られている。
「後を頼む。ですか……」
「そうだ。それと、貴官の今後についてだが、少し早いが本国への帰還が決まった」

「――自分にはまだ半年近く任期が残っていますが?」
「その怪我でまだ戦うつもりか?」
 思いがけない私の問いに、連隊長は苦笑交じりに聞き返す。怪我をしているが全治に半年も必要は……するのだろうか?
「戦力は少しでも多い方が良いと愚考します」
「愚考、か。その様子だと死にたがっているわけでもなさそうだな……貴官は立派に任務を果たした。貴官が行う仕事はここにはもう残っていない」

「――しかし」
「……立花、貴官は生きて帰れ。帰って、新しい世代の力になってくれ」
 私が食い下がるように言うと、連隊長は渋い表情を崩し柔和な顔で告げる。
「……連隊長」
「――話は以上だ。ゆっくり休め」

「……了解」
 遺志を託すような口振りで言う連隊長に私は頷く事しか出来なかった。
 連隊長が去り、一人となった私は白い天井に視線を泳がせる。とても寝られる心境ではないが……

「貴方の傍に居る……か」
 夢の中で語った彼女の言葉こそが、きっと遺言なのだろう。私はまた残されてしまった。託された想いと、遺志をどうすれば良いのだろうか?
「どうして……世界はこうも残酷なのだろうか……」

次回1章に続く

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