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【エッセイ】 恋愛のはじまりはどのくらい重要?

恋愛のはじまりかたは、あなたにとってどのくらい重要?
――はじめは恋愛対象でなくても、悪くないから付き合ってみて、お互いに気を許しあっていけば大切な存在になる。
多くの人間関係において、おそらくそうした継続的な関係構築が、人を成長させる大事な経験なのだろう。

それでも私にとっては、恋愛ははじまり方が何よりも大事だ。一番最初に会ったとき、言葉にできないなんらかの引力を感じることができたなら、その後に判明する些細な違いなんかどうでもいい。
どんなに周りから嫌われていても気にならない。マナーがなってなくても、食べ物を平気で捨てる人でも構わない。あんなに信望していたフェミニズムだって、理解してくれなくたって構わない。

最初にあった時の引力。ときめきとは少し違う。落ち着くような、緊張がふっとほぐれるような、ああこの人がいれば物事はきっとうまくいく、そんな思わず頼りたくなる感覚。もう31歳になる私がいまだに恋愛に期待するのは、そんな相手だ。

ばかだと分かってる。ある人はピュアすぎるというし、ある人は人間関係の構築力としてあまりにも未熟だというだろう。

ましてやもうこの歳だ。こんな考えだから恋愛経験も少ない。適当にやってみて、その中で考えて成長する。そうすべきだと分かってる。だけどどうしても誰かと適当に付き合うことができない。”引力”がないと、どうしても恋愛を進められない。

たとえマッチングアプリであっても。

マッチングアプリの出会いは、一段ランクが低いということになっている。それは生きていくために食べなければいけない、カップラーメンや冷凍食品。とりあえず空いた隙間を埋めるため、私たちは心のどこかで気に食わないと思いながらアプリをやる。不毛だと思いながら、毎日仕事終わりにメッセージを返す。気の乗らないアポに出かける。お互いに本命ではないと分かりながら、何度か重ねる食事とLINE。こんな地獄はないと心は拒絶していても、生きていくためにインスタントな関係を承知しながら、我々は人と会うことをやめられない。

それでも稀に引力を感じることがある。あった。
最初は引力。それから間もなく、相手からの好意を感じ、私の好意を受け止めてくれる期待があれば、これは恋なのではないか、人が恋に落ちるとはこういうことだ、と感じざるをえない。マッチングアプリで出会ったのはむしろ奇跡的な巡り合わせだと信じたくなるような、そんな期待があった。

結論からいうと、私はたった3回彼と会っただけで、彼からの連絡は途絶えた。
それでも3回のデートは私にとって特別だった。もともと男性に不信感がある私にとって、最初に言葉を交わした瞬間から好意が重なっていったことは奇跡に近い出来事だった。

よく言われる、3回目のデートで告白、の意味が生まれてはじめてわかったのもこのときだ。
人が新しく知り合った人に好意を感じるのは一瞬。3回も会えば、相手に気持ちを伝えたくて、相手の自分への気持ちが知りたくて、この先の時間を独占したくて、これまでの人生を知りたくて、仕方がなくなる。

私は彼のことを一瞬で好きになった。彼は私をドライブデートに連れ出してくれた。明らかに慣れてはいないであろう運転で首都高を走り、埼玉県のよくわからない田舎の小さなお祭りに行って、場所取りもいらないような小さな花火を見た。帰りに私たちは車の中でキスをした。付き合ってと言われて、うんと答えたけど、なぜかうれしい気持ちよりも、こんなに好きな人が私に告白してくれる状況が怖くて仕方がなくなった。

そのあとのことはよく覚えていない。とにかく平常心ではなくて、私は早く家に帰りたかった。彼は家まで送ってくれたけど、おやすみと言って別れたあと、二度と私に連絡をしてこなかった。


恋愛のはじまりに過度に期待する私の価値観が間違っていることは、この体験をもって証明されたことになるだろう。
あるいは、私の精神状態が、特別なときめきをもって開始する恋愛に耐えられるものではない。この話は長くなるのでまた今度。

それでも私は恋愛のはじまりへの幻想が捨てられない。きっと自分の不幸を承知のうえで、恋愛のはじまりを求める行為をあと何年かは懲りずにやると思う。


最後に、私が恋愛の始まりについて考えるときにいつも思い出す、心の中にずっと大事にとってある、大好きな小説を紹介しよう。

いつも不思議に思うことがある。どうして恋に落ちたとき、ひとはそれを恋だとちゃんと把握できるのだろう。

言葉で明確に定義できるものでも、形にしてこれがそうだと示せるものでもないのに、ひとは生まれながらにして恋を恋だと知っている。

恋人を永遠に自分に縛りつけたいと願うとき、一番有効な方法はなんだろう。恋人の目の前で自殺するのがいいと、あの夜以前の私は夢想していた。あの男を埋めてからは、もちろん考えが変わった。

恋人のために、恋人の目の前でひとを殺すのだ。それほどまでの深い思いを見せられたら、もう二度とほかのだれも愛せない。

『きみはポラリス』三浦しをん

三軒茶屋の本屋で、通常は平積みなんかされることのない、この古いささやかな短編小説がなぜだか平積みされてあって、私が好きな本だというと、彼はすぐに手に取ってレジに向かった。迷うひますらなく即決で。私がその直前に面白そうだと言ったもう一つの本と合わせて。その瞬間があまりにも、あまりにも、特別だった。

やっぱり、私はまだこの恋愛未満の執着を乗り越えられない。

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