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<短編> スズっくんの陣取り

スズっくんは、本当はスズキくんという名前で、僕たちのヒーローだった。
勉強もできない。足も早くない。お目目はクリクリしていたが、イケメンでもない。
だけどいつもクラスの中心で、腕っぷしも強くないのに体の大きな乱暴者を従えていた。
スズっくんよりずーっと勉強ができる僕も、彼の子分だった。
スズっくんの家は「あさひ食堂」という食堂で、大人になったらそれを継ぐんだって言ってた。子分はタダでご飯が食べさせてもらえるらしい。子分で良かった。

僕たちは皆、スズっくんが大好きだった。

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「キーンコンカンコーン」
午前の授業の終了を告げる鐘がなると、タダノブら5年6組の男子は我先に給食を平らげ、赤白帽をかぶって校庭に走り出す。
「陣取り」の時間だ。

校庭に生えている大きなセンダンの木が紅組の「陣」。アスレチックの大きな支柱が白組の「陣」。タダノブは紅組だ。赤白帽をひっくり返して被ると、紅組の一員としての自覚が湧いてくる。足の遅いタダノブは、決して戦力ではないのだが、一端の勇者になった気分だ。

タダノブの小学校で流行っていた「陣取り」では、得点の取り合いが基調となる。ゲームが始まる時には最初、皆が20点ずつ持っている。相手の「陣」にタッチすると10点がもらえる。この時、「ジーーン!」という特にひねりのない掛け声を上げるのが決まり。こうやってコツコツ集めた得点が勝敗の鍵を握る。

敵の「陣」に向かうまでの間に相手のメンバーに出会うと、そいつを「追いかける」か、そいつから「逃げる」かの二択を迫られる。敵に触れた場合、「その時点で持ってる得点」が高い方が勝ちで、得点が低い方は高い方に5点を献上しないといけないルールだからだ。両者が同じ得点を持っていた場合には、じゃんけんで勝敗が決まる。よって、自分が相手より点を持ってる確信がある場合は追いかけるし、点が低いと思ったら逃げなければならない。ちなみに、自分がその時点で何点持っているかは、自分で計算し、自己申告することになっていた。

足が早く、機敏に動けて早くから得点を稼げるものは際限なく強くなり、鈍足の子は狙われてなけなしの20点からさらに得点を減らす鬼ルール。この世界では弱い子は大体ゲームが始まる前から目をつけられ、追い回されるのだ。得点が0となると相手の「陣」に幽閉され、味方が「陣取り」に成功するまで特にやるべきこともない。「助けてー」とかなんとか叫ぶことくらいだ。子供の遊びは残酷だ。

頭は良いが、決して足が早くはない、はっきり言えば鈍足のタダノブは、それでも「陣取り」が大好きだった。足の速いやつに追い回されて、得点0となり、相手の「陣」に繋がれる毎日を送りつつも、いつかは自分が相手の「陣」に切り込んで、捕虜となった仲間たちを救出する「ヒーロー」となることを夢見ていた。

だが、このゲームにおける「ヒーロー」は別にいた。「スズキ」である。タダノブが相手の「陣」に繋がれて、「誰か助けてくれないかな」と途方にくれていると、思いもしない方角からハヤテのように現れ、ある時は手で、ある時はスライディングしながら「陣」にタッチし、「ジーーン!」と高らかに凱歌をあげる。かくして「陣取り」は成功し、タダノブをはじめとする雑魚の捕虜はスズキによって解放される。それが定番のストーリー。

勉強もできないし、運動能力も決して秀でていないのに、スズキの「遊び脳」は群を抜いていた。敵の盲点を探し出し、隠れる、紛れる、意表をつく。なぜだかじゃんけんもめっぽう強かった。

「おいタダノブ、今何点持ってる?」
スズキは鈍足のタダノブを気に掛ける。子分への配慮を忘れない、こんなところもスズキが人気者である理由の一つだ。

「40点!」
奇跡的に初期のジャンケンに何回か連続で勝利したタダノブは、自己最高得点を更新していた。やや自慢げに自分の得点を披露する。

「40点か。それじゃあ危ないな。今俺が250点持っているから、そのうち50点やるよ。俺が200点。タダノブは90点。それで切り込むぞ!」
二人はジャングルジムの陰に伏せ、相手の「陣」を狙っている。

(50点も!いいのかい!?)タダノブは内心恩にきた。
敵陣に近づけば近づくほど、相手に遭遇しやすくなる。だが、90点も持っていれば、相手に触れられたとしても得点を奪われるリスクは少ない。万が一相手の得点の方が高くても、自分までが0点に身を落として繋がれる恐れはない。悠々と敵陣の真っ只中を歩んでもいいくらいの得点を持ってる!こんなの初めてだ。

ジャングルジムの陰から敵陣を伺うと、鈍足仲間が何人か繋がれている。彼らはタダノブの救出を待っているのだ。さらに、五人ほどの敵が「陣」の周囲をグルグルと警邏しているのがわかった。五人は手を繋いでいる。手を繋ぐと、得点は各々の持ち点の合計になるのだ。一人が30点程度を持っているとして、150点。スズキの点には及ばない。だが、90点の自分は微妙かな、、。

頭の中で忙しく計算して、スズキの方を見やると、クリクリした目でウインクした。スズキはやる気だ。

「タダノブ、行け!」
スズキの号令で、タダノブは飛び出した。まっしぐらに相手の陣に向かう。

鈍足のタダノブが向かってくる!砂煙をあげて!
珍しい光景に、警邏の五人は失笑した。
一か八かの玉砕攻撃。その体はひょこひょこと無駄に上下し、前方への推進力に使うべきエネルギーを消耗している。

「カモが来たぞ!捕まえろ!」
喉から手が出るほど欲しい得点を背負って、頭でっかちのタダノブがくる。今まで何度となく追い回し、得点をむしりとってきた「お得意さん」が。五人の目が獲物を狙う猛獣の目に変わる。繋いでいた手を離し、各個にタダノブに向かって走り始めた。

(うわ!)
「得点持ち」の経験が少ないタダノブは五人の勢いに恐怖を感じ、ついつい「陣」に背を向けて逃げ始めた。勢いたつ五人。ライオンの狩りの姿そのものだ。唯一違うのは、タダノブがシマウマほど早くも強くもないことくらいだ。

その時、、。

「ジーーーン!」
高らかな声が響いた。タダノブの陽動を利用して、「ヒーロー」スズキが味方を解放した瞬間だった。

それでも、タダノブは嬉しかった。初めて仲間を解放する役に立てたから。

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スズっくんとは違う中学、高校に進んだ。
大学から関西に出てきた僕は、スズっくんのことをいつしか忘れてた。

偶然会った同級生に聞くと、中学では特にクラブにも入らず、目立たなかったとのこと。階段の下でプロレスごっこをしては、倒れた拍子にスカートの中を覗いたりするから女子からは嫌われていたらしい。そんなエピソードを残すとは。
高校を出てからは、パチプロになり、今はパチンコ店を出し抜いて生活しているとの事。「あさひ食堂」は店じまいしてしまったみたいだ。

本当は僕だけはわかってた。「陣取り」が始まって、5分も立たないうちに100点持ってるスズっくん。まして休み時間のうちに250点も取るなんて普通はあり得ない。「自己申告制」という性善説の中で、ほんの少しの狡さをもったスズっくんが、無垢な同級生の中で無双してたこと。簡単な推理だ。

それでも、なんだろう。スズっくんが誰かをいじめてるのは見た事ない。錬金術で捻り出した50点を、足の遅い子、いつも捕まっている子に分けてあげるような男の子だった。そりゃ、ズルじゃなければもっといいとは思うけど。

進学が決まり、同じ中学にはいけないことがわかった日、スズっくんは手作りの「あさひ食堂無料券」をくれた。あれはどこへ行ったろう。

スズっくんは本当はスズキくんという名前で、ヒーローで、やっぱり僕は大好きだ。

(了)

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