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軍拡競争

雨の日、外で遊ぶことのできない小学生男子は何をしていたか?

答えは「消しゴム落とし」。

小学校にゲームの類を持ち込むことはもちろん禁じられている。必然、子供たちは文房具で遊ぶ様々な手法を編み出すことになる。中でも男子が熱く燃え、自身の矜持をかけて挑んだ遊びこそが「消しゴム落とし」であった。

ルールは簡単。
1. 自分の消しゴム一つを机の上に置く。
2. 自分の順番が来たら、指で弾いて他の参加者の消しゴムに当て、机から弾き出す。
3. 最後まで机の上にある消しゴムの持ち主が優勝。

たったこれだけのことに血道をあげるのが小学生男子。

当初は単純に自分の消しゴムを指で弾いて相手に当てる技術を競う戦いであった。
しかし、突如、「オリジナルの技」を編み出すものが出た。
遊びの天才、「スズキ」である。

消しゴムを横にして、両手で把持する。この際、右手の親指を支点として、消しゴムの両端を左右の人差し指でしならせる。右手の人差し指を外した瞬間に生じるモーメントにより、消しゴムは高速回転したまま直進する。これを相手の消しゴムに当てることにより、弾き飛ばす。

この技法を「ハリケーン」と名づけよう。
練習次第で誰にでも習得可能な「ハリケーン」、優等生のタダノブは磨き磨いた。

結果、机の端から端まで回転する消しゴムを自在に操り、相手の消しゴムを弾き落とすことができるまでに上達した。

一時的に生じた「消しゴム落とし」におけるタダノブの優位性。彼にはオリジナルの技を開発するほどの独創性はない。要するに「努力の人」。その努力の方向性は若干間違っていたかもしれないが、とにかくタダノブは晴れてこの遊びにおける「強者」となったのだ。

しかし、彼の前に立ちはだかるのはいつも「天才」スズキであった。

スズキは、自分の消しゴムと相手の消しゴムが近接している場合に、右手の小指で相手の消しゴムを、親指で自分の消しゴムを把持し、自分の消しゴムを相手の消しゴムに急速に近づけることによって弾き飛ばす、という、文字に起こしてもなんのことやらわからない技を編み出した。通称、「ヘッディーン」。

反則まがいの大技である。タダノブは、この「ヘッディーン」もひたすらに練習した。しかし、繰り返すが、「ヘッディーン」は、反則まがいの大技。一連の技の流れが反則であるか、ルールに乗っ取ったものであるかは、実は開発者、「スズキ」の匙加減次第であった。

タダノブとしては会心の「ヘッディーン」を決めたつもりでも、「スズキ」によって、「今のは反則」と無効化されてしまう。これにより、タダノブの優位性は毀損され、戦場にはある種の均衡状態が生じた。

ここで「スズキ」は均衡を破るさらなる策に出る。

ある日、「スズキ」が出してきた消しゴム。その背中にはマジックで黒々と「衣笠」と書いてあったのだ。「衣笠」とはもちろん、広島カープの鉄人の名前である。鉄人衣笠の魂を消しゴムに乗せようとしたのだ。ある種の呪術である。

そしてなぜだか、「衣笠」消しゴムは、本家鉄人の魂が乗り移ったごとく、机からはじき落とされそうになっても驚異の粘り腰で戦場に残り続けるのであった。

これに驚いたタダノブは、自分の消しゴムの背中にマジックで「原」と書いては見たが、残念「原」では「衣笠」に太刀打ちできないのであった。

この呪術は簡単に真似できることもあり、男子の間で大いに流行った。この時期、授業中に友達が落とした消しゴムを拾ってやると、背中に「千代の富士」などと書いてるといった類のことはしばしば起きた。

さて、ここまでオリジナリティーを発揮できずにいた「努力の人」タダノブであったが、ついに起死回生の策に出た。

どでかい消しゴムを買ったのである。残念な男タダノブ。オリジナリティーというよりも、完全に財力でもって強者たらんとしたのである。これは、「勉強のため」と理由をつければ、大抵のものは買ってもらえる優等生ゆえの禁じ手であった。ちなみにその消しゴムにはデカデカと「合格」と書いてあった。

他の男子の「ハリケーン」をものともせず、二つ三つの消しゴムをまとめて机の下に葬り去る「合格」。タダノブの圧倒的優位はもはや動かないと思われた。

しかし、ここでまたしてもタダノブの前に立ちはだかったのは、やはり「スズキ」であった。

その消しゴムは、なんの変哲もない3センチX5センチくらいの四角形をしていた。
「コーリン」という謎のメーカーの名前が印字され、三角形をした不気味な人間の横顔のロゴマークがついていた。

そしてこの「コーリン」は、まるで机に吸い付くかのように挙動し、どんなに近距離で、力一杯弾かれたり、「ハリケーン攻撃」を受けたりしても5ミリ程度しか移動せず、「キュキュ」と音をたてて止まるのであった。まさしく魔法を見ているかのようであった。

タダノブのドデカ消しゴムの突進にもびくともせず、むしろ逆に跳ね返す「コーリン」。
皆、「スズキ」がどこで「コーリン」を手に入れたのかを知りたがった。しかし、「スズキ」はニヤニヤするだけで、ガンとして口を割らないのであった。

この「コーリン」の登場により、自然に「消しゴム落とし」は衰退していった。ありとあらゆる攻略法を男子全員が考えたが、どうしても「コーリン」の牙城を崩すことができなかったがゆえ、である。

絶対的強者の存在するゲームは面白くないのだ。
軍拡競争も終わりを告げた。

「そう、コーリン、コーリン!!わははは。かんぱーい!」
10年後、「スズキ」を除いたタダノブの友人が集まった。「コーリン」は熟成された酒の肴として蘇った。

その時やっと同級生は共通認識に至った。
「あれには何か塗ってあった。」と。

文房具のコーリンは、日本法人は倒産したが、タイでは大きなシェアを誇っているらしい。

(了)

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