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探偵討議部へようこそ⑥  #5

前回までのあらすじ
スーツのベルトと靴を忘れて置いていった<ヒデモー>こと、ヒデミネ・ガクトの乗る車を追って、ハシモーとリョーキちゃんは走り始めた。

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<リョーキちゃん>アマハネ・マイコは部室の勢い良くドアを開け、大声で叫んだ。

「デストロイ先輩はいませんか!」

そのとき部室にいたのは、<ブチョー>、<シューリンガン>、<ロダン>の三人の先輩。<デストロイ>ことシジュウイン・クチサトの姿は、ない。察した<リョーキちゃん>の顔に焦りの色が浮かんだ。

そのただならぬ様子に、<シューリンガン>ウチムラ・リンタロウが口を開く。

「デストロイなら、ホリくんに相談を頼まれて、今日はこない。ホリくんは、先日の彼女とよりを戻すつもりのようだ。大層めでたい事だ。それはそうと、どうもなにか事件があったようだね。僕たちでよければ事情を話してみるがいい。」

「ヒデモーが、リッキー先輩に大急ぎで引っ張られ、S大に車で向かいました。スーツのベルトがなくて、ズボンがずれ落ちるリスクがあります。ハシモーが靴とベルトを届けに自転車で後を追っていますが、追いつくかどうかは微妙です!」

<リョーキちゃん>としては、自分でも要領を得ない説明ではあったが、この時ほど<シューリンガン>の能力を肌身で感じたことは過去になかった。

「それはいけない!本来ヒデミネくんのズボンは入浴、はばかりをはじめとしたありとあらゆるタイミングで落ちるものであり、リッキーさんの言葉を借りれば、『ノット・ユニーク、めずらしくもありませんよ。』と言いたいところではあるが、、。現状でズボンが落ちる運命を『神の悪戯である』、とするならば、それに抗う人の営みこそを『尊い』、ということもまた可能だ。ちょうど、自然災害に結束して立ち向かう人々の姿に美しさと人としての矜持をみるようなもの、、。

手を貸そうじゃないか。とにかく、大事なコンベンションか何かがS大であり、それに遅れそうで二人がドミンゴに乗って飛び出して行った、ということだね。ベルトもなく、靴もスーツ用でないなら、ヒデミネくんが恥をかいてしまうかもしれない、というわけか、、。ハシモーが自転車で後を追う一方、デストロイのバイクならS県方面の高速に乗る前に車に追いつける、ということで君の方はあわてて部室に駆け込んできたわけだ。あいにくデストロイは留守だが、、、。」

<リョーキちゃん>の短いヒントで全体像をあぶり出すと、事の深刻性を理解しているのか、<饒舌な彼にしては>手短に会話を切り上げ、こう言った。

「心配する事はない。これを持って行くがいい。」

<シューリンガン>がゴソゴソと部室の奥から取り出して、投げてよこしたのは、座布団であった。いや。座布団というにはあまりにも大きすぎた。大きく、分厚く、重く、そして大雑把すぎた、、。

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僕の自転車は先ほどからずっと、悲鳴をあげている。正確に言えば、自転車だけではなく、僕自身もひいひいと悲鳴をあげている。道は確かに渋滞しており、立ち漕ぎの僕は次々と車を追い越していることはいるのだが、リッキー先輩の青いドミンゴの姿はみえない。

ここからインターチェンジまでは、一山越えねばならず、道はずっと上り坂だ。「もしかしたら追いつけるかもしれない」という甘い見通しで自転車に飛び乗ったつい先ほどの自分を呪う。だが、リョーキちゃんやユウカさんにあれだけ啖呵を切って出てきた以上、「やれるだけのこと」はやらないといけない。僕は意を決して坂を登り始めた。

今となっては、僕がドミンゴに追いつける可能性は限りなくゼロに近い。可能性があるとすればデストロイ先輩のバイクだけだ。今、僕を追ってきてくれているだろうバイクに引き継ぐために、少しでも離されないよう、一漕ぎ、一漕ぎ進んでいく。これが今の僕にできる精一杯だ。

そう思って上り坂をえいほえいほと登っているが、救援の来る様子はない。後ろからバイクのエンジン音がするたび、「救いが来たか」と振り向くが、「ピザご法度」のバイクだったり、「富野ピザ」だったりでことごとく裏切られ、もう、心は折れる寸前だ。ごめん、ヒデモー、そして、リョーキちゃん、ユウカさん、、。もう限界だ。

考えてみれば、ヒデモーは僕になにをしてくれたというわけでもない。僕もまた、ヒデモーになにかしてあげたことはない。二人の間をつなぐのは、部室を賭けた討論会だけだ。それでも、大げさかもしれないが、二人の間には同じ戦場をくぐり抜けたものにしか生まれない絆があったような気がする。あるいはそれすらも幻かもしれぬ。酸欠で意識朦朧として思考力がない。

ヒデモー、君が「スーツにスニーカーという姿で人前に登場し、あまつさえズボンがずれ落ちる」という憂き目にあうことを、僕には防げそうもない。人生は山あり谷あり、上り坂あり、だ。そのような屈辱の経験が将来君の役に立つことを祈る。考えようによっては、おいしいではないか。君ならば大丈夫だ。君のことはなにも知らないが、とにかく大丈夫だ。なにせ命までは取られない。

そして僕はもう大丈夫ではない。とりあえず自転車から降りて、休憩しようか。だめだだめだ。あきらめたらそこで試合終了だ、、。僕はもっと出来る子だ。僕は長男だから頑張れたけど、次男だったらもう自転車を降りているであろう。ああ、ボーッとなる。鼻血がでそうだ。懐かしの鼻血が、、。

あわや流血の惨事を引き起こしそうな僕の耳に、耳慣れた声が響く。

「ハシモー!」

リョーキちゃんの声だ。

(続く)




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