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<短編>さかさまおばけ(前編)

「ねえ、リンタロウお兄ちゃん。おばけっていると思う?」
唐突なタカシの質問に、ウチムラは即答した。
「いるよ。おばけ。」
タカシは大喜びだ。
「やっぱりね。リンタロウ兄ちゃんが言うなら、ほんとだね!」

夏休み、自転車での九州縦断を企てたウチムラは、K県の山間に住む祖母の家まで足を伸ばしていた。長い坂を自転車で漕ぎ上がった先にようやく現れた集落の中の日本家屋。そこには祖母と叔母、イトコのタカシが三人で住んでいる。タカシはウチムラの到着を待ちかねたかのように玄関から小走りで出迎えた。

重い荷物を下ろし、広い庭を見通せる縁側に腰を下ろすと、真っ黒に日焼けしたタカシが台所からよく冷えたスイカを持ってきて、ウチムラに手渡した。自らも大きな口を開けてかぶりついたタカシは、縁側からタネを次から次へと飛ばし始める。

「スイカの種を飛ばすにはコツがいるんだ。とりあえず、舌の上にタネを乗せて、斜め上を狙ってみるといい。」

こんな時にも蘊蓄を垂れてしまうのは、ウチムラの病のようなものだ。<やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、、、。>とばかりに自らも舌の上にタネを乗せ、大きく息を吸い込むと、ヘヴィメタルのロッカーもかくや、という激しいヘッドバンギングとともに、上斜め45度にそれを渾身の力で射出する。

美しい放物線を描いたタネは、広い庭を超えて、その先にある池まで到達した。

「す、すげえ。さすが兄ちゃんだ!」

「なに。コツさえ掴めばタカシにもできるさ。初心者はあまり頭を振らないことだ。」

今、首の後ろをゴキっと痛めたのは、内緒だ。

スイカが皮だけになると、縁側から垂らした足をぶらぶらさせながら、突然タカシのおばけ談義は始まった。

「ヒロアキのやつは、『おばけなんていない』って言うんだよ。今時『おばけ』なんて信じてるやつはバカだって。でも、おばあちゃんはいつも言ってる。夜遅くまで起きていたり、嘘をついたりすると、『おばけが出るよ』って。だからボク、言ってやったんだ。『おばあちゃんはおばけ見たんだよ』って。そしたら、ヒロアキのやつ、おばあちゃんのことまで馬鹿にして。」
タカシは口を尖らせる。

「『おばけなんかいない』って言う子は、見たことがないんだよ。だから信じられないし、ほんとうはうらやましいんだ。しょうがないよね。」

普段は「生まれついてのひねくれ者」をもって自認しているウチムラではあるが、ここは大人の返答を選択する。ここでの「おばけ」はタカシと同居する祖母、イソコの教育モダリティーの一つだ。無下にその存在を否定するわけにはいかない。

「じゃあ、リンタロウお兄ちゃんは、おばけを見たことがあるんだね?」

「あるさ。子供の頃だけどね。」
ウチムラはこれにも即答した。

「ほんと!?」
タカシは目を輝かせる。その光に、ウチムラは世の中全てが不思議だった頃を思い出した。成長し、自ら培った知識とロジックが怪異の類を追い出してしまう前のことを。

「タカシはおばけ、見てみたいか?」
少し間を開けて、ウチムラは問う。

「いや、、それはちょっとはみてみたいけど、やっぱり怖い。だけど、ヒロアキの奴におばけを見せることができれば、おばあちゃんをバカにされないで済むのになあ。」

明るい日差しに広い庭が照らされている。蝉の声が響く中、鯉が跳ねる音が聞こえた。灯籠のある立派な池を覗きに縁側を降りると、アメンボが先程のスイカの種の周りを滑っている。夜には恐らくカエルの鳴き声も聞こえだすはずだ。

視線を家の方に向けると、縁側と戸袋、その奥に障子の間、目を挙げると瓦葺きの屋根が目に入る。風鈴の音が響く、日本の夏。自分といることが嬉しくてたまらない、という様子のタカシ。真っ黒な顔に、真っ白な歯がコントラストをなしている。

明日の朝には東向きの縁側に、朝日が真っ直ぐ入り込むだろう。子供の頃にここで見た、山間の美しい日の出の風景をウチムラは思った。

「明日もいい天気だろうね。丁度夏休みだから、ヒロアキ君が泊まりに来れたらいいんだけどな。」

「ヒロアキが?どうして?」

「そしたら、僕がお化けを連れてきてあげられるかも知れないよ。」

「嫌だよ。いらないよ。怖いよ。」

「大丈夫だよ。おばけにも、いいやつと悪い奴がいるんだ。僕が連れてくるのは『さかさまおばけ』。いつも逆さまのおばけで、恥ずかしがり屋のいいやつなんだ。」

(続く)


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