(たぶん)黄色ブドウ球菌による食中毒の話
それはまさに平成最後の日のことであった。当時は韓国のソウルにいた。
普段から冷蔵庫の掃除など全くしない私が、必要に駆られて掃除をし始めた最中のことだった。
海外でアパートに住んでいると、日本の住環境と色々と異なることがある。たとえばヘルパーさん用の部屋があったり、トイレや浴室が複数あったり。国よっては暖炉があったり、プールとバックヤード&フロントヤードがあり、という環境に身を置くこともある。
今回も、引越してきてすぐには気づかなかったのだが、キッチンに2ドアの大型冷蔵庫があるにもかかわらず、キャビネットと思って開いた扉の中には冷蔵庫、その下の扉を開くと冷凍庫、電子レンジまでキャビネットの中に隠されていたりと、びっくりすることが多々あった。
日本的な感覚でいうと、かなりの収容量を誇る冷凍冷蔵庫だったので、こんなの使い切れないやーと思っていたのに、なぜか生活していくうちに中身がパンパンになっていく。調味料や穀類なども、すべて冷蔵庫に突っ込むようになり、特に冷凍庫は何が入っているのか、全く想像すらできない状態であったことは否めない。
掃除をするために、冷凍庫の中身をすべて一旦取り出した。
冷凍庫の場合は堆肥化するようなことはないので、心臓に悪いほどではないが、明らかに冷凍した時期のわからないものがあったり、「いやん、探してた食材、こんなところにあったのー、言ってよー!」と自分にツッコミを入れつつ、チャキチャキとかつ盛大にキッチンカウンターに移動させていく。
ラックをすべて外し、浴槽にはった酸素系漂白液に沈めていく。
庫内は、同じく酸素系漂白剤を染み込ませたキッチンペーパーで拭き、さらに水で絞った雑巾で二度拭いてから、最後に乾いたタオルで拭き上げる。
ちなみに、冷凍庫で水分多めの雑巾で拭くと、みるみるうちに凍りついてしまい、後の拭き取りが大変なので、水分は残らないようにしなければならない。この辺りに気をつけながら、自己の持てる体力すべてを冷凍庫の掃除に投入し、軽いそして心地よい疲労感を感じたところで、見上げた時計が指していた数字が1時過ぎ。
やだ。ランチ時間過ぎてるやん。ちょっと休むか。
ということで、冷凍庫を掃除する過程で見つけてしまった、過去のいつ握ったかわからない「セルフメイドの鮭おにぎり」、しかもラップが少し外れかかっているのを見つけて、おもむろに小皿にのせてレンジに入れてチン。
冷蔵庫の中に入っているキムチのタッパを取り出して、小皿に盛り付け、簡単に食事をとることにした。
レンジから取り出したマイ鮭握りは、なぜか力なくホロホロと崩れていったが、気にせずお箸で一口食べてみた。なぜか美味しくないなとは思ったが、まぁ私のつくる食事なんてそんなもんだろと(料理に一切の自信なしw)、キムチを乗せて食べたら何となく食が進んだので、そのまま完食した。
それからしばらくして。ほんとうに割とすぐに気分が悪くなってきた。
でもそれは、浴槽に浸け込んだ高濃度の酸素系漂白剤のせいかものしれないと思い、家中の窓を開けて換気をしてみたのだが、一向に不愉快な感じは消えない。ネットで「酸素系漂白剤 中毒」と検索してみても、塩素系に比べて毒性は低いと書かれていたり、しかも飲んだわけでもないし、頭痛はしないし、これはちょっと違うのかなと思っていた時に悲劇は起こった。
これは人生初めての経験なのだが、突然、激しい嘔吐感にみまわれた。
トイレにかけこむ時間的余裕はないと自分でもわかったので、すぐ近くにあるゴミ箱に顔をうずめた。
噴水の様なリバース!&リバース!リバースエンドレス!!
という状態になってしまったのだ。
鮭おにぎりも、キムチも、その時に飲んだお茶も全部噴き出しても、嘔吐感は止まらない。
ここで割と冷静に状況を把握した。酸素系漂白剤ではなく、食中毒系のやつだろうと。
だんだんと全身の倦怠感は進んでいるような気もしないではなかったが、とにかく症状はリバースに次ぐリバースだけだったので、次のリバース発作が来るまでのすきま時間を見つけて、ネットで色々と検索してみた。
まず、嘔吐には水分補給、つまりイオン飲料だろうということで、自宅に確保してある「アルカリイオン飲料パウダー」を湯冷ましに溶かし、一気に飲んでみたが、それがトリガーになったようで、これまた口からジェット噴射(汗)。
キッチンにいたので、シンクに向かって噴射したのだが、床だったら大変だったなぁ、と思うくらいにはまだ冷静だった。
ほどなく。
たぶん1時間くらい経過しただろう。次は滝のような水様性の下痢。もうトイレに住んだ方がいいと思うほどに、定期的に便意を催すようになってきた。ここまでくるとかなり体力を消耗してきており、「あああ、ダルいなぁ…」とベッドでゴロゴロしてはトイレに駆け込む、時々嘔吐する、ということを繰り返していた。
ベッドでiPad Proに色々なキーワードを叩き込んでみたが、この状況では「漂白剤による中毒」ではなく、完全に食中毒だろうとあたりをつけられるようになっていた。
そこでわかったのは、食中毒の潜伏期間は意外と多様性があるということ。食べてから30分位で症状が出るものは「黄色ブドウ球菌」くらいしかなく、自分の手で握ったおにぎりを冷凍しておいて、それをレンチンして食べる、という愚かなことをした過去の私を、往復ビンタしたい気持ちではあったが、そんな気力も体力もなく、ベッドに沈み込んでいた。
これは絶対に病院に行った方が早いとは思ったが、なにせ症状が周期的(しかもサイクルが短い)に嘔吐と下痢が交互にやってくる状況で、どうやって病院に行くのか!病院に到着したら、どこに行き、どういう手続きをすればいいのかを何度も脳内でシミュレーションしてみたが、とてもじゃないけど無事に何事もなく病院にたどりつける気も、病院に着いてから一人で手続きできる気もしなかった。
無理だ……
こういう日に限ってカナメはどうしても外せない予定(会食&飲み会)が入っており、たぶん家に帰ってくるのは深夜。病院に行くなら外来受付をやっている今のうちに行くべきだ、とは思った。
ここでかなり葛藤した。
「こんなことで死ぬなら、仕事中でもいいから電話してくれればよかったのに!!」
とカナメは思うだろうなぁ。死ぬのは仕方がないけど、残されたカナメはかわいそうだなぁ。外国で嫁はんに死なれるの嫌だろうなぁ。でも火葬はこっちでしてから、お骨持って飛行機に乗るのかなぁ。
そんなことが脳内グルグル。
そうしているうちにドンドンと気分が悪くなってきて、もう立って動くのも無理、体力も落ちてきているし、病院にもいけないし、こうやって人は死ぬのね……と思いつつベッドの中でくるまっていた。
途中何度か起きて、少しましになったかも!と思う瞬間もあり、その間に湯冷ましを飲んだりしてみたが、瞬間的に吐き出すという症状は変わらず。時々ウトウトとして眠れると、そのあとは少しマシな時間があり、それを何度か繰り返しているうちに熟睡していた。
深夜にカナメが帰ってきたので目を覚ました。
彼は眠っている私を起こさないようにそっと静かに帰宅するようなタイプではない。大きな物音をわざと立てて、大声で帰った帰った大変だったお酒飲んじゃったよー、と大騒ぎするので、寝られたもんじゃない。
で、起きた。正確に言うと目が覚めたが、ベッドから動けない。簡単に経過をカナメに力なく説明する。
「アホちゃうん。なんでそんなもん食うかな。ってか病院行けばよかったやん。とにかく今から病院行くよ、病院!!」
タクシーを呼んでくれたので、とりあえずジャケットを羽織ってタクシーに乗り込み、救急病院に着いた。
すぐに点滴をしてもらったのだが、鎮痛剤抗生剤その他が色々と入っていたと思うのだけど、とりあえず正確にはわからないけど、食中毒っぽいという診断で、お薬を処方された。
一時間半ほど点滴をしてもらっている間、吐き気も下痢も起こらずに安心して眠ることができた。カナメは飲んで帰って、救急病院のベッド横のパイプ椅子に座らされて気の毒ではあったが、そんなことを気にしてる余裕などなかった。
深夜12時を過ぎた。その日ばかりは日本のテレビでも見ようと思っていたのに見られなかった。
そう。平成から令和へ変わるその瞬間を、私は異国の救急病院のベッドの上で過ごしてしまった。
なんだか私の令和は、前途多難になりそうだなと思うこともなく(そういう験担ぎみたいなことをしないタイプ)、とりあえずそこそこ気分は良くなっていたので、無事に退院させられた。
深夜1時にね。タクシーないがな。
実はその救急病院は、自宅から徒歩20分ほどのところにあり、まぁタクシーに乗れば5分で着く距離なのに、自分でタクシーを呼ぶこともできなかった自分を情けなくも思ったが、仕方があるまい。
救急病院での深夜の診察って料金が高いがな(汗)。
これで話は終わらない。
それから、気持ち悪いゲロゲロな状態は数日続いた。
こういうのをトラウマと言うのね、と思ったのだが、とにかくアルカリイオン水を飲んだだけ、お白湯を飲んだだけなのに、嘔吐感がこみ上げてきてジェット噴射するイメージが脳内にこびりついてしまい、とにかく食べることが怖くなってしまった。
不思議と何も食べずにいても、空腹感など感じず、でも体はどんどんと回復していって、チャキチャキと動けるようにはなった。
それから更に数日して、このまま食べないでいたら、流石にまずいだろうなと思い始めて、家の中に転がっている食べ物を物色していたら、レンチンするだけで食べられるカボチャ粥があったので、それは少し美味しそうに見えたので、恐る恐る食べてみた。
すっげー、うまいーっ!!!!
カボチャ粥、サイコーっ!!!
知らんかったわ。こんなに美味いもんが世の中にあるなんて!
状態に陥ってしまった。これも脳内に刻印づけされてしまったようで、それからスーパーマーケットに走って、そのカボチャ粥だけを大量に買ってきた。
が、急にはたくさん食べられないということで、このカボチャ粥を10日間に渡り、毎日一個ずつ食べるようにした。それでも空腹感を感じることなく、なんとなくこの一食で十分な感じがしていた。そして体はどんどんと回復していって、
4キロ痩せていた...............
えええええええええええ。
毎日ウォーキングしても、筋トレしても、スクワットしても、増えたり減ったりユラユラはしても、こんなに痩せたことは、この20年ほどの間でも今回が初めてだった。
なんや、簡単やんか。
毎日一食、カボチャ粥を食べるだけで、こんなに痩せられるのか。
こりゃ、本でも書いて一発当てるしかないな、と思ったわけではないが、その時は確かに「痩せるのなんて、簡単やな」とは思った。
そこから少しずつ普通のご飯を食べるようにして、そろりそろりと完全に戻ったかな?と思ってからが一気だったわ。
その後、順調に二週間きっちりで体重は嘘みたいに戻った(汗)。
それから程なくして、日本に帰国した。
日本って、牛丼とか天丼とか回転寿司とか、信じられないくらいに美味いなーっ!!!
しかも価格破壊していて、私の食欲はとどまることを知らず。
人間ってさ。粗食の生活が続くと、食に対する興味が失われていくのよね........
逆に少しでも美味しいものを食べると、「え、こんな美味しいものがあるの?もっと他にも美味しいものが食べたい」という欲求が無邪気に増幅される。
しかも私が美味しいと感じるものは、別にそんなに高級なものではない。
コンビニスイーツを食べて絶句して、価格を見てギョエーってなって(激安)、「こんな東の果てに、こんな美食文化があったのかああああああ」と世界に訴えたくなる。そして「キミたちは自分のポジションをわかっているのか!!海外でこのクオリティを食べたいと思ったら、いやお金を払っても買えないのよー!!!」と一人でワーワー言ってしまう。
本当に美味しいね、日本のB級グルメ。いやいや、私にとってはダイアモンド級やで、などと口がすべってしまう。その度に、
「バンリ、かわいそうになぁ。ほんまに美味しいもん食べたことないんやな.......。ってか、お母さん(私の母)は料理上手で舌も肥えているのに、なんでバンリはそんなに味覚異常なんや.......orz」
オレ、味覚異常なのか?
ということで、その後も食欲衰えず。過去4回の妊娠中を含めても、今の体重は自分史において未知の域に達している。つまり、上限更新し続けてるわけで。去年の今頃は、めっちゃいい感じだったのになぁ。
これから、ダイエットがんばります(汗)。
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