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第七回:将来のウェルビーイングを高める難しさと対策

こんにちは、ウェル・ラボラトリーズの金子迪大です。
 
第五回ではウェルビーイングが時間とともに変化すること、第六回では変化するウェルビーイングの捉え方、について説明しました。第五回では快楽順応と焦点バイアスの観点から変わりゆくウェルビーイングを高め維持することの難しさを説明しました。今回は、ウェルビーイングを高めるのが難しい他の要因として目先の快楽に流されやすく、将来に備えるのが苦手な人間の性質について説明します。その上で、将来のウェルビーイングを意識する癖をつけることの重要性をお伝えします。


はじめに

第六回の説明では、今を経験する自分のウェルビーイングを上げることの重要性をお伝えしました。このような「今ここ」に集中してウェルビーイングを高めることというとマインドフルネス(mindfulness)や味わうこと(savoring)が有名です。これらの技法は今目の前にある問題に対して認識を変えることで対処します。たとえば、善悪の判断を避けてそのものをありのままに見ることで、ネガティブな感情反応から自由になれます。また、目の前の出来事を大切に噛みしめることでポジティブ感情を増加させたりもできます。
 
このような技法については別のところで改めて説明したいと思いますが、私はしばしば以下のような疑問や批判を受けます。「マインドフルネスとか味わうことって、結局問題と向き合っていないんじゃないの?」。私は別にそうは思わないのですが、確かに言わんとするところも分かります。マインドフルネスや味わうことは目の前の問題に対して自分の認識を調整することで余力が生まれ、その結果問題解決にトライすることが出来るのです。一方、批判者の言いたいことは、どうやら問題にもっと焦点を当て、問題が事前に発生しないようにしたり、問題が発生してもすぐに対処できるように事前に環境を整え技能を磨いておくべきだということのようです。確かにそれもそうだなと思いますので、今回はこの話をしたいと思います。

ウェルビーイング観の変化と充足度の向上

長期的にウェルビーイングを高い状態にし続けるためにはどうすれば良いかと言えば、その時々のウェルビーイング観に合致するものを充足させれば良い訳です。しかし、ある時ウェルビーイング観が変わり必要な物が変化したからと言って、いきなり用意はできません。たとえば、満腹の時には冷蔵庫に何もなくても問題ないでしょう。しかしお腹が空いてから冷蔵庫に何もないとピンチです。外食するかお総菜を買うか、あるいは材料を買って作らなくてはなりません。もしお店が10km離れていて、しかも移動手段として車も自転車も無いとしたら空腹の中10km歩かなくてはなりません。大変つらいです。
 
あるいは、寂しくなった時に誰かに会いたい、癒されたいと思っても、日常的に家族関係、友人関係を大切にしなければケアしてくれる人がいないということもあります。エアコンが故障していて夏を迎えるとき、暑くなる前に業者さんに修理をお願いすればよいのに、業者の方々が忙しくなってから作業を依頼し熱い中2週間冷房無しで生活するということもあります。
 
ウェルビーイングを充足するというのは気合で何とかなることではありません。常日頃から環境を適切に整備し、利用可能な資源を確保しておくことが必要になります。準備が必要なのです。

ウェルビーイングの経験と将来に向けた行動

我々は常に「今ここ」を生きています。そして人は同じ時に複数のことをしています。人間の脳はいくつもの機能を同時に働かせているため、人はいつでも、今を生きるとともに将来への準備もしています。人間の持つ評価システムは今ここのウェルビーイングを評価し、行動システムや計画システムは将来への準備をしているのです。
 
たとえば、ご飯を食べて美味しいと感じている時にはその後行動するためのエネルギーの貯蔵という将来への準備があります。友達と仲良く会話している時には友人関係を確認し継続し将来困った時に助けてもらえる準備にもなります。受験合格でも昇進でも、目標を達成する時はその後に待っている報酬こそが目当てであり、途中の努力は達成された目標の後に受け取る報酬のために存在しているとも言えます。
 
人は常に未来のために行動します。そうだとするなら、我々は将来のウェルビーイングのために行動することは容易に思えます。しかし、残念ながらそうはなりません。後日説明しますが、人類にとってウェルビーイングというものはあくまで生きる上での一形態に過ぎず、人類を支配する遺伝子にとっては特段目指す先ではないのです。

人間は将来に向けた行動が苦手!?

将来のウェルビーイング向上に備えるのが苦手な理由として、第五回では快楽順応や焦点バイアスの説明をしました。これらは、ウェルビーイングを高める行動をした後にウェルビーイングが元の水準に戻ってきたり、上がると思ったのに上がらなかった事例です。今回説明したいのは、そもそも将来のウェルビーイングに備えて行動できない事例です。具体的には、目先のものを優先し将来の価値あるものを後回しにする行動を取りがちであるという人間の性質について説明します。
 
たとえば、今日もらえる100万円と、1年後にもらえる101万円だったらどちらが欲しいでしょうか。この問いに対して多くの人は「今日もらえる100万円の方が欲しい」と答えます。このような現象を心理学では時間割引といいます。利子は1年ごとに〇%と増えていきますが、時間割引は逆に1年で〇%価値を割り引く(低く見積もる)というように、将来得られる報酬や失うことになる損失の価値を低く見積もってしまう現象です。上記の場合、多くの人は1年後にもらえる101万円の価値は今日もらえる100万円よりも低いと考えているということです。銀行に預けても今は利子が1%もつかないですから、普通に考えれば1年後に101万円もらう方が得なのにもかかわらずです。
 
これを、今日もらえる〇〇万円と1年後にもらえる101万円を比較することでどの程度1年後の報酬を低く見積もるかが分かります。たとえば、今日もらえる90万円と1年後にもらえる101万円だったらどちらを選択しますか?今日もらえる80万円と1年後にもらえる101万円だったら?このように変化させていくと、どこかで今日もらえる○○万円の価値と1年後にもらえる101万円の価値が釣り合います。○○万円に入る数字が小さい人ほど、今もらえるものの価値を将来もらえるものの価値よりも大きく見積もっている、つまり時間割引率が高いのです。

将来よりも今を優先すると何が起きるの?

時間割引の話は、将来のウェルビーイングに現時点でどれだけ価値を置いているかが将来のウェルビーイングに配慮した行動を取れるか否かにつながることを教えてくれます。たとえば、喫煙のように快楽的ではあるが将来健康に害のある行動を今取っている人は将来のウェルビーイングをあまり気にしていないかもしれません。将来、病気になったときに健康を重視するウェルビーイング観に変わって、健康が阻害されることでウェルビーイングが低くなる可能性について他者から説得されたとしても、今のウェルビーイングを重視しているのです。実際、喫煙者は時間割引率が高く、今もらえる報酬の価値に比べて将来もらえる報酬の価値を小さく見積もる傾向があります。つまり、将来のウェルビーイングよりも今のウェルビーイングを優先する結果、将来的に低いウェルビーイングを経験する可能性が高いということです。
 
同じような問題はギャンブルや肥満にも当てはまります。ギャンブルはその場での快楽をもたらしますが、大抵のギャンブルは長期的に負けるように出来ています(そうでなくては胴元が破産してギャンブル場の運営が出来ません)。1万円手元にあっても長期的には無くなるように出来ているのです。少額ならばその時に快楽を得るための代金として考えられるかもしれませんが、大きなお金を賭けてしまう場合、将来の生活が苦しくなります。その結果、将来何かお金がかかるものが欲しいというウェルビーイング観を持った場合、その充足は出来なくなってしまいます。そのようなお金がかかるものは必ずしも家や車のような高額なものではなく、日常生活を少し楽にするための道具や水道光熱費、あるいは医療サービスかもしれませんので、生活基盤がダメージを受けることすらあります。
 
これは賭博だけではなく、何か大きなものを買うときの意思決定や職場での行動でも同じです。現代社会における日々の行動にはお金が付きまといます。意思決定をひとつ誤れば、場合によっては数千万円、数億円のお金が無駄になります。そのような時、目先の快楽を重要視してしまうケースが散見されます。その快楽は誰かに褒められおだてられて乗せられることもあれば、自分の怒りを発散することを優先して取引相手や部下を攻撃してしまい関係を壊してしまうこともあるでしょう。あるいは、最近は投資が人気ですが、一時的な恐怖や不安を抑えたくて将来のことを考えられず、目先の辛い気持ちの解消のために非合理的な行動を取る人もいるでしょう。
 
お金だけではなく肥満についても同様で、目先の一口が肥満に繋がることがあります。それでも、美味しいからついつい食べてしまうことがあります。私も食べることが大好きですから気持ちは分かります。しかし、一時的な食べたいという欲求に基づくウェルビーイング観を充足させる場合、結果として将来肥満リスクは向上します。後々たくさん運動をしなくてはいけなくなったり、ダイエットをしなくてはいけなくなったりします。運動好き、ダイエット好きの人にとっては運動したりダイエットしたりすることがウェルビーイング観に合致するので問題ありませんが、運動嫌い、ダイエット嫌いの人にとっては運動やダイエットはウェルビーイング度を下げてしまいます。また、肥満は病気のリスクを高めます。健康でいることをウェルビーイングだと考える人々にとっては、将来的にはやはりウェルビーイング度を下げる危険性に直面してしまうわけです。

将来のウェルビーイングを意識する癖をつける

ここまで見たように、人間は目先のウェルビーイングを将来のウェルビーイングよりも優先する傾向があります。目先のウェルビーイングが将来のウェルビーイングよりも大きいようなときは問題ありませんが、目先のウェルビーイングよりも将来のウェルビーイングの方が大きいと問題が生じます。
 
多くの人は、ウェルビーイングを長期的に高い状態にしたいと思うでしょう。そのためには、自己をコントロールして将来のウェルビーイングに配慮した行動を常日頃から取らなくてはなりません。そのためには、今のウェルビーイングを最大化することを諦める必要も出てきます。その際、自分の目先のやりたいことから離れて、鳥の目のように俯瞰して人生を見て、長期的に自分のウェルビーイングを高められるように行動を制御することが重要です。つまり、〇月×日のウェルビーイングを高めるためには今およびこれからどのように行動すれば善いか、〇月△日のウェルビーイングを高めるためにはそれまでにどのような行動をすればよいか、を考えて日々行動を調整する必要があります。私はこれを「長期的なウェルビーイングの最大化問題」と呼んでいます。今目の前のウェルビーイングを最大化するのではなく、今から将来のある時点、理想的には死を迎えるときまでのウェルビーイングを最大化することが、一番大切な問題だからです。
 
しかし、結局人間は鳥の目を持っていません。また、後で解説するように今の欲求や快楽に逆らうのが難しいように出来ています。人間の生まれ持った宿命ともいえるでしょう。その宿命に抗うためには日頃の努力が必要になります。日々、今の自分の行動がいつのウェルビーイングを上げたり下げたりするのかを意識してみてください。最初は分からなくても、失敗とともに徐々にコツが掴めるはずです。
 
あまり失敗したくない、という方も人間というものをより良く理解し、人間の心をハッキングして行動を修正していくことで将来に向けた行動を少しずつとれるようになります。いつか別のところで説明したいと思います。

まとめ

今だけウェルビーイングが高ければそれでよい、という人は少ないでしょう。それならば将来にわたってウェルビーイングが高くなるように工夫をしなくてはなりません。その工夫としてマインドフルネスや味わうことといった、今この時目の前で生じている事態に対する認識を変える技法があるわけですが、人間は将来に配慮した行動も常日頃から取っています。しかし、人間は目先の快楽に誘惑されがちなため、将来に備えた行動を取るのは実は難しいのです。そのため、日ごろから「今自分の取っている行動はいつのウェルビーイングを上げるのだろうか、下げるのだろうか」と自問してみてください。そうすると自分のどのような行動が将来のウェルビーイングを高めるのに役に立ち、逆にどのような行動がウェルビーイングを低下させてしまっているのかをセットで理解できるでしょう。さらに、人間の心のメカニズムについてしっかりと考えることで、より良く行動の修正が出来るようになるでしょう。
 
 
あなたがウェルビーイングな人生を送れることを心から願っています。

 

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ウェル・ラボラトリーズHP:https://well-laboratories.com/
 
 
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