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今を生きているわたし

高校生のころからずっと、noteをやってみたかった。

いろいろあったけど、大学生になった。
この3か月間は本当に楽しかった。大好きな大好きなユンギさんのライブにも行けたし、横浜でホテルとって一泊したり、新宿に映画見に行ったり、池袋にパスポートつくりに行った帰りに人生初ナンパされたり、打ち上げでいった歌舞伎町で変な人に絡まれたり、こわい思いもしたけど、楽しかった。

でも約3週間前、急に頭がくらくらするほどの不安感に襲われて、外に出るのもおっくうになった。体が重くて押されているようだった。ちょうどテスト期間だったので、なんとか友達に付き添ってもらいながら学校へ。一週間頑張った。もうどうしたらいいか分からず、とても怖かった。とりあえず、早く帰省して、以前通っていたメンタルクリニックを受診したいと思った。以前にも経験したことのある症状だと思ったからだ。しかし帰省してからもずっとしんどかった。毎日泣いていた。泣いている方がまだ楽だった。病院にようやく行けた。あらかじめ自分でいろいろと調べていたからそうだとは思ったが、「全般性不安障害」という診断を受けた。これからよくなるのか、東京に帰れるのか、いろいろと不安は尽きなかった。それは今もだけど。韓国に3週間留学に行こうとしていた。住む場所が一向に見つからなかったのが原因かは分からない。こんな状態なので泣く泣くキャンセルした。もう行けないかもという不安がある。レポートとテストに追われていたのが原因なのか、これも分からない。とにかく、急にしんどくなってしまったのがショックだった。とある合宿もキャンセルした。団体LINEに送られてくる写真を見るのは少しだけ辛かった。明日、地元の花火大会がある。どうしても行きたい。しかし、向こうでしんどくなったらどうしようという不安が私に付きまとう。正直こんなことで怖くなっている自分が恥ずかしいし、悔しいし、悲しい。今日から抗うつ薬を飲み始めた。副作用は嫌だが、薬を飲むのは慣れている。

高校生の時、勉強がしんどすぎて動悸がするようになった。メンタルクリニックに通うようになったのはその時からで、その時は「適応障害」と診断された。しかし夏休みの課外開始前に、水筒がないことに気づいて急に不安になって、水道まで水を飲みに走ったことを覚えている。今思えばあれは不安障害の前触れだったのだろうか。もしかしたらあの時から、診断されていないだけで、軽度にあったのかもしれない。そして夏休み明けテストで、私はパニックになった。頭が真っ白になるというのはこういうことか、という感じだった。文字が頭に入ってこない。助けて、そう思って手を挙げたのに、先生は長い時間気づいてくれなかった。今思い出しても気持ち悪くなるので、この記憶とはここでもうおさらばしよう。そして、テストが怖くなった。というか、飲み物のない環境が怖くなった。これは今も続いている。本当に、高校生のころの自分はよくやったなと思う。模試やテストの度に怖かった。始まる直前に絶対お茶を飲むのがルーティーンになった。これからは、もう無理をしない。携帯していいか確認したりしながらやっていこうと思う。
大学に合格しても、動悸だけは収まらなかった。原因が分からなかった。ただ、常にあるので、もう治ることはないかもしれないと放置していた。今思えば、この不安障害と関係があるのかなと思ったり。

今は、何もする気が起きない。あんなに好きな推したちも見れない。海外とかも、もう行けないんじゃないかと不安になるので見れない。体がしんどい。笑っちまうほど、最悪!

でも、なってしまったものはしょうがない。悔しいけど、しょうがない。幸いにも、いや、幸いかは分からないが、私の母も不安障害持ちであるため、家族の理解は得ることができている。大学で仲良くなった友達も理解のある子で助かった。これから先理解してくれないやつに出遭ったら、心の中でぶん殴ろうと思う。うん。

まさか、初めてのnoteがこんな話になるとは。

私は、言葉を書くのが好きだ。今まで周りに見せるわけでもなく書き留めてきた言葉がたくさんある。それが、だれかの「薬」になったらいいなと思う。私は、この世にはびこった生きづらさを少しでも減らしながら生きていきたいのだ。私の抱える生きづらさも。

つぎは何を書こう。簡単な自己紹介でも書いてみるか。
本当ならそれが先だよな(笑)

では今日はこの辺で。おやすみなさい。おつかれさま。


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