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キャッチフレーズ(2)

杏奈に尻を叩かれてようやく動き出した俺は、杏奈と一緒に啓太たちが練習しているという教室に向かっていた。
「今まで誰かに頼まれて文章書いたことあんの?」
「いや、ないけど」
「よくそんなんで引き受けたよねー。勝手に書くのと、頼まれて書くのは全然違うと思うんだけど」
俺はまだ文句を言われていた。そもそも、なんで杏奈はこんなに怒ってんだ。なんで俺が引き受けたことがバレたんだ。幼稚園から一緒の杏奈は、泣き虫だった幼稚園の頃も、遠足の日におやつを忘れたことも知っている。サッカー部のキャプテンをやっていた中学時代、中途半端にモテたことで調子に乗った挙句、美少女としてその名を轟かせていた隣の中学のA子ちゃんにこっぴどくフラれたことも知っている。そう、調子に乗りやすいのだ。俺は苦し紛れに言う。
「何ごとにも初めてはあるんだよ」「それ、パクりだよね?」

文化祭に出演する奴らが集まって練習している教室に着いた。教室に入ってすぐ、俺たちを見つけた啓太が近寄ってきた。
「おお、潤。もうできたのか?さすが潤だな。どれどれ、見せてくれよ」まったく能天気な奴だ。
「まだ1つもできてねえよ」
俺が正直に現状を伝えると、啓太は驚いたような、怒っているような、中途半端な顔をした。表情を決める道があるとしたら、その分かれ道に立っていただろう。やがて現状を理解し、表情の進む道が決まった。ものすごく青ざめた顔をした。
「え、それってまずいんじゃないの?それとも、結構簡単にできるものなのか。そうだとしたらもう少し頼みたいことがあるんだけど」
『それとも』から後は、確実に自分に言い聞かせるために言っていた。自己暗示 or 現実逃避。もしくは、both。その両方。俺は俺でそれを聞いて、誰にもぶつけられない怒りがこみ上げてきた。
「まずいに決まってるじゃん。このままじゃきっとお前らのライブは・・・」
「潤!いいから始めるよ。これ以上啓太君たちに迷惑かけるわけにいかないでしょ」
杏奈が割って入ってくれて、何とか冷静になった。

教室のあちらこちらでネタ合わせをしている奴らのいる中、俺たちは、教室の隅っこの席に3人で顔を突き合わせて座った。
「おいおい、魚かよ」「パパパパ、パ、キーーーン!!」「それでは、そこの米にお名前と人数を・・」
周りからいろんな声が聞こえてくるけれど、それだけ聞いても面白いのかどうか分からない。現場に来てみたら、少しは動き出すかと思ったけれど、そう甘くはなかった。

(つづく)


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