週G0131-6

2020年、北川一成の頭の中。(後編)

GRAPH代表の北川一成さんインタビュー、後編の公開です!

前編はこちらからお読みください。


ないものから、考える。 自ら“お題”をつくるのが、これからのデザインの仕事

八木:(以下、ーーから始まる太字部分は八木ですーーさて、インタビュー前編では、「GRAPHは、変わり続ける。Design×Printing=GRAPHは永遠のテーマというわけではない」と。

そして一成さんが今一番興味のあることは、アート思考。0→1を考えることだ、ということでしたね。

「アート思考」とは、「論理的思考」や「デザイン思考」など、どんな目的を達成するのか、またどんな価値を追求するのかによってカテゴライズされた思考方法のひとつ。明確な定義があるわけではありませんが、一般的には「アート思考」は「デザイン思考」と対比される形で、次のように捉えられています。
アート思考・・・新しい顧客ニーズの提案が目的。より基本的な、本質的な価値を追求する。
デザイン思考・・・顧客ニーズへの対応、必要な機能の開発が目的。経済的、社会的価値を追求する。
アート思考はゼロベースでクリエイター自身のアイデアを表現すること、デザイン思考はクライアントの要求が先にあり、それに対する解を求めていくことから、「アート思考は0→1にすること」「デザイン思考は1→10にすること」と捉えられることも多いようです。この記事は、おおむねそのような捉えかたで書いています。


一成:「デザインや印刷は、コンセプトにひもづいたビジュアルを考えて形にしていく作業です。お客さまからの依頼を受けて、それに応えたり、問題を解決したり整理したり。いわば1を10にするようなことです。

でも、まず0→1のアート思考で大元のコンセプトやお題を生み出さなければ、デザインも印刷もないんですね。

「変なホテル」を例に取ってみると、ロゴマークをつくったり、ウェブや名刺をつくったりしましたが、最初にやったことは、「変わり続けることを約束するホテル=変なホテル」という、新しいコンセプトを提案することでした。

基本セット

▲「変なホテル」は、もともと“スマートホテル”という名称でスタートしていたプロジェクトで、一成さんは途中から参画。コンセプトとネーミングの見直しと提案を行いました。


川の流れにたとえると、川上から川下にいくように、さまざまな作業が発生していく。

0→1を考えるというのは、もっとも川上にあたる「大元のコンセプト自体を見出す」というところです。

ないものから考えることがもともと好きなんですよ。誰もやったことがないことや、ありえないと考えられてきたもの、そこにこそブルーオーシャンが広がっていると思ってるんです。

誰も見向きもしないようなところに、“最初の一人”になれる新しい秘密の扉が隠れているんじゃないかと。

求められていることだけじゃなくて、本質を見極めて自分でお題を設定することもします。

いま取り組んでいるプロジェクトでも、既存の企業やブランドにおいて絶対視されてきたことや、大前提とされすぎて誰も疑問を呈してこなかったことを疑ったり、タブーとされてきたことに切り込んだりしてるから、お客さまにはビックリされます。まあ、慣れてるけど(笑)。

コンセプトの提案をして、反対されたとき、なぜ反対なのかという理由をきくと、「筋が通っている」ことが多いんですよ。

ただ、ごもっともな理由で反対されるものほど、やるべき。

たとえば、昔あった固定電話をつくっていた会社に、インターネットや携帯電話を提案したとしたら、やはりもっともな理由で反対されたんじゃないでしょうか。

既存のものの存在が否定されるくらいの革命的なアイデアって、きっとそういうものなんじゃないかと思います。」


失われた身体感覚。そこから得られたものも大きかった

——そう考えられるようになったのには、なにかきっかけがありましたか?

一成:「ひとつの大きな転機になったのは、2007年に左目を怪我したことですね。それによって、「めちゃくちゃデザインや色や印刷にこだわる」ということが物理的に難しくなった時期があったんです。

一成さんは2007年、不慮の事故で片目を失明した経験があります。道路で車が跳ねた石が左目を直撃。違和感を感じながらも帰宅し、翌朝自宅を出て階段を降りようとしたら、踏み外して落ちてしまった。左目が見えていないということに、そのとき気がついたといいます。その後、手術と独自のリハビリにより回復しましたが、「それまで見えていたものが見えなくなった」ことで、仕事に関する考え方も変化せざるをえなかったのです。

それまでは絶対音感のような、“絶対色感”的な感覚があって、それなりに自信ももっていたんです。印刷の現場でも自分の眼を頼りにして判断することも多かった。「ほかの人はなんでわからないんだろう」と思ってました。

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▲兵庫県加西市の本社にて、印刷物のチェックをする一成さん。


——“絶対色感”や、デザイン感覚に関するエピソードは、2005年〜2006年ごろに私もよくお聞きしていました。

「Illustratorで感覚的に置いたオブジェクトが、以前デザインしたものと1mmも違わず同じ位置で、周りのスタッフに気味悪がられた」とか、「同じ銘柄の紙なのにどうしても色味が違うと感じて、製造工程までさかのぼって調べたら、銘柄は同じでもつくられた工場が違っていた」とか、「どこかで目にした“あの色”を記憶して、兵庫本社で寸分違わず再現した」とか。

なんだか、伝説の超能力者のようなエピソードです。

一成:「左目の失明によって、そういったことが一切できなくなった。それまでは紙の風合いも含めて色が立体的に見えていた感覚があったのに、わずかな違いが全く見えなくなり、今考えると恥ずかしいくらいですけど、「自分はもう終わった」と思いました。

だけどそのことで、そんなわずかな違いを気にしていたのは、実は自分だけだったんじゃないか、と気づいたんです。

デザイナーがどんなに細かいところにこだわっても、見る人がそこまで気にするか、気づくかというと、NOです。デザインにおけるもっと本質的なところへと意識が向くきっかけになりました。

もしこの事故がなかったら、僕は自分にしか見えない、自分にしかわからないマニアックな印刷表現にこだわって自己満足してるオジサンだったかも(笑)。

それにとても重要な気づきもありました。

失明したあとに人工レンズを入れる手術を受けて、事故前に0.02だった視力が1.5まで上がっていたんです。スペックは確実に上がってるはず。

でも、見えない。

どうやら視力が0.02しかない眼でも、脳が補うことで“見えて”いたらしいんです。

「眼で見ているんじゃない、脳で見ているんだ」というのはとても大きな気づきでした。だから脳の回路をまたつなぎ直せば見えるようになると考え、独自のリハビリを3年ほど行って、回復しました。

脳科学や認知行動科学などにさらに興味をもつようになったのは、そういう経験をしたからでもあるんです。」


“変わり続けるGRAPH”の鍵は、「きいちゃん」が握る!?

——いま進行しているプロジェクトについて、具体的に言えることはありますか?

一成:「いや、自分、秘密主義やから(笑)。

ひとつ考えていることは、GRAPHオリジナルキャラクターの「きいちゃん」が、今年は活躍するかもしれません。」


——GRAPHオリジナルのアートキャラクターですね。黄色い丸顔の、赤ちゃんのような。

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▲丸い顔をもったGRAPHのアートキャラクター、きいちゃん。

一成:「きいちゃん」はお月さまであり赤ちゃんであり、お地蔵さんのほうに微笑んでいるアートキャラクターなんです。

見る人によって笑っているようにも物悲しいようにも感じられる。目鼻口をちょっと変えるだけでまったく違う表情になりますが、「どれも違う」ともいえるし、全部きいちゃんだともいえる。「同じ」と「違う」のはざまを感じられるのは人間だけの面白さだし、そこに創造の源泉がある。そんなことを投げかけるアートでもあるんですね。

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▲2010年、大阪のYODギャラリーにて開催された北川一成「きいちゃん」展。壁に貼られたたくさんのきいちゃんは、来場者が黄色と黒のシールを使ってつくったもの。どれも同じとも、どれも違うともいえる。

きいちゃんをさまざまに展開していくことで、GRAPHの資産にできるんじゃないかということを考えています。

モノや不動産は、時を経るにしたがって価値が下がったり変動したりするけど、アートは価値が下がらない。なんなら僕が死んだら価値があがるかもしれんし(笑)。

次はどんな時代になるかなとか、本質は何かを考えることとか、人間とはなにかを考えることとか、思いつきそうで思いつかないことをビジネスにしていきたいと思ってます。」


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一成さんへのインタビュー、今回はここまでです。

また定期的に突撃して、変わり続ける部分、変わっていない部分についてレポートしていきたいと思っています。

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ちなみに・・・

今回の前編・後編インタビューは1月7日、仕事始めの翌日に行われました。

前日に飲んだらしく、翌朝オフィスに遅れて現れた一成さん。

「家族もおったのに、だーれも起こしてくれへんかった・・・」

が第一声だったということは、週刊GRAPHだけの話にしておいてください。笑







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