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みっしょん!! 第5話「魅了する若矢」 

第5話「魅了する若矢」


第4話の続き

宿に戻った若矢は、食堂へと向かう。
そこには既にファブリスとカルロッテが来ており、朝食を食べようとしているところだった。

「ファブリスさん、おはようございます」
若矢はファブリスに挨拶をした。

「おお、おはよう。若矢くん、昨日はよく眠れたかい?」
「ええ……まあ……」若矢はカルロッテの方にチラリと視線を送ると、少し言葉を濁した。

ファブリスに続いて、カルロッテが微笑む。
「うふふ……♡若矢くん、おはよ♡」

彼女の様子に
(やっぱり夢じゃなかったのか……?)
という疑念が強くなる若矢。
そしてその疑念は、エレーナとリズがやって来たことで確信に変わった。

「おはようファブリス、カルロッテ。……お、おはよう……若矢……」
エレーナはなぜか若矢とだけは目を合わせようとせず、顔を赤くしてチラチラと彼の方を見ている。
リズに至っては顔を真っ赤にして、俯いてしまっている。

「あ、あの……エレーナさん、リズさん……おはようございます」
若矢は挨拶をすると、ぎこちない返事が返ってきた。

彼女たちの様子に、ファブリスは首をかしげ
「ん? どうした? お前ら昨日なんかあったのか?」
と尋ねたが、エレーナたちは
「別に何もないわよ!」
と言って慌てて朝食を食べ始めた。

その様子を見てファブリスもそれ以上追及することはせず、若矢に向き直る。
「若矢くん、今日はギルドに行って冒険者登録をするから準備しておいてくれ」

「はい!分かりました!」
若矢はギルド、冒険者というワードを聞くと胸がワクワクしてきて、元気よく返事をした。

朝食を終えたあと、ラムルに昨夜のことを何か覚えていないか聞いてみるも、自分はあのあと部屋に戻って今までずっと寝ていたから何もわからない、と言われてしまう。

昨夜のことを誰かに聞きたいが、彼女たちに直接聞くのもなんだか気が引ける……。

「はぁ……。ごめん……初飲酒なのに目を離した僕の責任でもあるね……」
申し訳なさそうに呟くラムルの声が、部屋に空しく響いていた。

5人とラムルは冒険者登録を行うためギルドへと向かうことにした。
その道すがら、エレーナはチラチラと若矢の方を見ているが目が合うとすぐに視線をそらしてしまう。
リズは相変わらず、俯いてしまっている。
カルロッテだけがそんな2人の様子をニヤニヤしながら見つめていた。

(え……やっぱりやっちゃった? 俺……3人と……)
若矢が昨夜の夢か現実かわからない出来事を振り返っている内に、街の冒険者ギルドに到着した。

中は広々としており受付や掲示板などが並んでいる。
そして多くの冒険者たちがいた。
皆、思い思いの装備を身に着け、談笑したり依頼書を見たりしている。

ファブリス一行はまず受付に向かった。
受付嬢は若く美しい女性で、こちらに笑顔を向ける。
「あっ! ファブリスさん、こんにちは! 魔王討伐、おめでとうございます!本日はどういったご用件でしょうか?」

「よぉエミリア。今日は、その魔王討伐の主役である彼の冒険者登録をしたいんだが……」
ファブリスは隣に立つ若矢の肩をポンポンと叩く。

「まぁ、そうなのですね! かしこまりました! ではこちらの用紙に必要事項を記入してください」
エミリアはそう言うと笑顔で一枚の紙を差し出した。
そこには名前や年齢などの個人情報を書く欄があった。

若矢はスラスラと記入欄を埋めていく。
初めて見る文字のはずなのに、元から母国語であったかのように書くことができている自分に驚く若矢。
そういえば改めて考えてみると、こうして話している言葉についてもそうだった。

(これも神様であるエルの力なのか……)
そんなことを考えながらも記入項目を埋めていく若矢だったが、出身地と現在の居住地の欄でペンが止まってしまう。
すると若矢が困っている様子に気付いたエミリアが、出身地は不明、居住地は無しでも大丈夫だと教えてくれた。
この世界ではそういう人が少なくないのだという。

無事に冒険者としての登録が終わるとエミリアに礼を告げ、今度はクエストボードを見に行くことになった。

「さて、今日は初めてだし若矢くんが挑戦したいクエストを選んでもらうか」
ファブリスからそう言われ、若矢は掲示板に貼られている無数の依頼書の中から、適した仕事を探す。
若矢がなんとなくで指差したのは、海を隔てた大陸での魔族の拠点制圧クエストだった。
報酬も高く、魔王を倒した若矢とファブリス一行なら、比較的簡単にこなせる内容だ。

「よし、決まりだな! それじゃあ手続きをしてくるよ。少し待っててくれ」
と、ファブリスは受付に向かう。エレーナたちも彼についていく。

若矢は一人になり、暇つぶしに改めてクエストボードを眺める。
するとかなり上の方に張ってあり、ドクロのマークで囲われた3枚の依頼書が目に留まる。

1枚は「エバーグリーン地方のabyss of the abyss(深淵の深淵)」の調査」、2枚目は「ヒェール大陸の調査」、3枚目は「大海獣セイドーンの討伐」。

エバーグリーンやヒェール大陸ってどんなところなんだろう、大海獣ってどんな生物なんだろう……と若矢が思いを巡らせていると、ファブリスが戻って来た。

「お待たせ若矢くん。それじゃあクエストに出発しようか」と彼は微笑みながら言った。
若矢は、エミリアからギルドカードを受け取ると、ファブリスたちと共にギルドをあとにするのだった。

街を出て、エレーナとリズを先頭に若矢たちは草原を進んでいた。
「若矢、街を出てからは何が起こるか分からないから気を抜かずにね?」
先頭を行くエレーナが肩越しに振り返りながら忠告した。
その言葉に若矢は、少しだけ緊張しながらうなずく。

ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの……エレーナさん」
「ん? なに?」
いつもの調子に戻った彼女だったが、
「昨夜のことなんですけど……」
と若矢が言いかけると、また顔を真っ赤にして俯いてしまう。

「え……エレーナさん……?」若矢は困惑する。
するとリズが慌てて言った。
「あ! あのね? 若矢くん……昨夜はちょっと飲み過ぎちゃったみたいで……ほら! 覚えてないんだよね!?そうだよね!?」
そう言って彼女は若矢に同意を求めるような視線を送った。

「……はい」と、うなずくとリズは安心したように胸を撫で下ろす。
彼女たちの様子に、このままだとクエストに支障をきたすかもしれないため、今はそのことを忘れようと若矢は前を向く。

「あ!あれが出航する船じゃない?」
カルロッテが指さした方向には、
大きな帆船があった。
「おお!あれが……!」若矢は目を輝かせながら、その船を見つめた。
「それじゃあ乗り込むか!」と、ファブリスが言うと皆がうなずいた。

4人は船に近づくと乗組員たちに挨拶をする。すると船の船長らしき男が挨拶を返した。
「おぉこれはファブリスさん! ご無沙汰しております!」
その男は背が高くがっしりとした体格で、いかにも海の男といった雰囲気を漂わせている。年齢は40代くらいだろうか。
彼は嬉しそうに話しかけたが、その後ろにいる若矢を見て不思議そうな表情を浮かべた。

「おや、この方は新入りさんですかな……?」
と船長が言うと、ファブリスは笑顔で答える。
「彼は新しい仲間の若矢くんだ! これから一緒にクエストに行くとこでね」
ファブリスがそう言うと、船長は納得したようにうなずき、若矢の方を向くと簡単に挨拶をしたのだった。

初めて乗る船、果てしなく広がる大海原。
それらに興奮して若矢は胸が高鳴っていた。
「わぁ……海がきれいだ……」
若矢は思わず感嘆の声を上げる。
そして彼の隣で翼をパタパタとさせているラムルに
「ラムル、俺異世界に来れて本当によかったよ!」
と嬉しさのあまり、声を震わせる。

「そっか、それなら僕もよかったよ! ……あ、今のはエルの言葉だけど僕自信も君に会えてよかったと思うよ」
ラムルも嬉しそうに返す。
「ありがとう……!」
若矢が笑顔で感謝を伝えると、ラムルも大きく羽ばたいた。

そのまましばらくの間、海を見ているとファブリスが近づいてきて
「若矢くん、どうだい?初めての海は?」
と尋ねた。
「はい! 最高です! こんなに広い景色を見るのが初めてなので……!」
若矢は誰が見てもわかるほど目をキラキラと輝かせながら、答えた。

そして、船に乗ること数時間。
船は明日の朝方に目的地の大陸に着く予定のようだ。
夕日が水平線の彼方へと沈んでいく光景を見ながら、5人とラムルは甲板で食事をとっていた。
見たこともない魚介類を使った料理に舌鼓を打つ若矢。
彼の食べっぷりに、ファブリスたちだけでなく、船の船員たちも思わず笑みが零れるのだった。

食事が終わると、自分の部屋に戻り一人きりになった若矢。
シャワーを浴びていると部屋のドアをノックする音が聞こえた。
急いで服を着た若矢がドアを開けるとそこには、カルロッテとエレーナ、リズが立っていた。

「若矢くん、ちょっといい?」
「え……」
若矢は3人の姿を見て、夢か現かわからない昨晩の出来事を思い出していた。
若矢が呆けた顔をしていると、彼女たちは部屋の中に入って来る。

そして彼が口を開く前にカルロッテが
「昨日は本当にごめんなさい!」
と頭を下げてきた。

「ほら!私たちみんなして昨日すごく酔っぱらっちゃって、若矢くんを困らせちゃったでしょ?それで謝ろうと思って……」
と、申し訳なさそうな彼女に続いてエレーナも口を開いた。
「カルロッテの言う通りよ。若矢、ごめんなさい。それで私たちの気持ちを少しでも分かってもらえたらなと思って……」

だが次に続いたリズの言葉は意外なものだった。
「ですが夕べ伝えた私たちの気持ちは本当です。若矢さん……。どうかこれからも私たちとずっと一緒にいてください……!」

(そうか……やっぱりあれは夢なんかじゃなかったんだな……)
若矢は彼女たちの言葉を聞きながらそう思った。
そして彼は、覚悟を決めると真剣な表情で3人を見つめながら口を開く。
「皆さん、こちらこそよろしくお願いします!」

そう答えると、3人は安心したように微笑んだ。
「よかった……それじゃあ……今夜も……ね?」
とカルロッテが言うと、リズとエレーナも意味深にうなずく。

「そ……それって……やっぱり……?」
若矢のその答えの代わりに、3人は彼をベッドに連れていきその近くに座る。
そしてエレーナが彼の服に手をかける。
「ふふ……若矢、それじゃあ始めよっか……」

「え……あの……ちょっと……」
と戸惑う若矢だったが、彼女たちはおお構いなしだ。

「い、いいんですか……!? もう止められないかも……しれないですよ——!?」
若矢は顔を赤らめながら言うと、彼女たちは妖しく微笑み返した。

「うん、いいよ……」
「ええ、もちろんよ」
「はい、喜んで」
3人がそう返すと、若矢はゆっくりと彼女たちの身体をベッドに押し倒していくのだった。

翌朝、若矢は自室で目を覚ました。
昨晩のことは夢ではなかったようで、彼の隣には下着姿のエレーナが寝息を立てているし、他の2人も横で眠っていた。

(俺……異世界に来てまだ3日目だよな……)
若矢は昨晩の欲望に任せた情事を思い出しながら、そう心の中でつぶやくのだった。

昨晩、3人は口を揃えてこういうことは初めてだし、こんな感情を抱いたのも初めてだ、言っていた。
一緒に旅をしていたファブリスはもちろん、街やギルドで出会う男にもこんなことをしたことはないし、しようとも思わなかった、と。
しかし若矢には、恥じらいや恐怖を超えて心を動かす何らかの魅力を感じたのだという。

彼女たちは、若矢と一緒にいると心の内側から沸き上がる感情を抑えきれなくなるのだそうだ。
そしてそれは昨晩の行為でも変わらなかったらしい。

隣に眠るエレーナの美しい横顔を見つめる。
(俺は異世界転生して、何か特別な力を手に入れたのかもしれない……だったら彼女たちを守ってあげないと——!)
彼はそう心に誓うのだった。

そして彼女たちを起こさないように、静かに服を着ると船の甲板に出る。
若矢が海を眺めていると、ラムルが隣にやって来た。

おはよう、と挨拶を交わした後
「夕べはお楽しみでしたね」
と、ラムルはいたずらっぽく笑った。

「なっ……!」若矢は赤面する。
「あれ?違った?」
と、ラムルはわざとらしく首を傾げた。
「いや……違わないけど……」
若矢はさらに顔を赤くしながら答えるのだった。

ラムルは彼の反応を見てケラケラと笑ったあと、真面目な顔をして言った。
「さて……君に伝えておくことがあるんだ」

「伝え……ておくこと……?」
若矢が聞き返すと、ラムルはうなずいて言った。
「うん、それはね……」

ラムル曰く、この世界に転生すると身体能力が大きく向上するだけでなく、ランダムで3~5つの特殊能力が付与されるらしい。
エレーナたちの様子から、恐らく若矢にはある程度の「魅了」の能力が備わっているとのことだった。

魅了の能力は能力の保有者によって差はあるものの、「本人の意思とは別に他者を惹きつけてしまう能力」であるという。
最高レベルの魅了の能力を持つ者は、同性、異性、そして種族問わずに見境なく魅了してしまい、その者を思うあまり犯罪に走ったり、その者を巡って争いが起きたりするほどになってしまう。

若矢のものはそれほど高いレベルではないが、自分たちが敗北しかけた魔王ムレクをたった1人で一方的に打ち倒した若矢の活躍を目の前で見ており、その時点ですでに尊敬や憧れに近い感情を抱いていた3人には、かなり効果的に作用してしまったらしい。

「そうなのか……じゃあ、俺自身の魅力で彼女たちが好いてくれたわけじゃないってことなのかな?……」
そう呟くと、ラムルは明るく答える。
「それは違うよ!君が魅力的な人だから、彼女たちは惹かれたんだよ。もっと深い関係になりたい、と一歩踏み出したのは、君が魅力的だったからなんだ。僕が必死に止めるのも聞かずに、君はみんなを助けようと魔王の前に戻った。あの時点では勝てる確証なんて全然無かったのにね。その勇気にみんな惹かれているんだよ」
ラムルの穏やかな口調で綴る言葉に、若矢は胸が熱くなるのを感じていた。

「彼女たちだけじゃない、ファブリスも一緒だと思うよ。だからこそ、君をパーティーに誘ったんだよ」
と、ラムルは彼に微笑みかけた。

「ありがとう、ラムル」と若矢が言うと、2人は微笑みあったのだった。
(よし……この力でみんなを守ってみせるぞ——!)

改めて誓った若矢に、起きてきたファブリスたちが声を掛ける。
「おっ、もう起きてたのか? 夕べはお楽しみだったのに早いんじゃないか?」
からかうように笑うファブリスに、若矢は顔を赤くしながら
「それは……その……」
と口ごもるのだった。
ファブリスにもバレていたなんて……。

女性たちの方は強かなもので2回目ともなると、冗談を飛ばす余裕すらあった。
「もう! ファブリスったら!」
とエレーナが頬を膨らませながらも笑い、
「若矢さん、昨晩は……そのすごかったですね」
とリズが恥ずかしそうに微笑み、
「若矢くんってばあんなに大胆だったのね」
カルロッテも妖しく微笑みながら、ウィンクする。

「はいはい、たくさん可愛がってもらったみたいでよかったな」
と、ファブリスも困ったように笑うのだった。
楽しそうに笑う4人を見ていると、若矢も自然と笑みが零れるのだった。


~続く~


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