見出し画像

淡雪の音色 7 S.1 白魔の覚醒 2

S.1 白魔の覚醒(はくまのめざめ) 2


S.1 白魔の覚醒(はくまのめざめ)の続き

「……フフフ、お兄ちゃんに会わせてあげてもいいのよ。だから、ね。一緒に来てくれる?千雪ちゃん」
わざとらしい猫なで声で、女性が下を向いている少女に手を差し伸べる。
すると、少女は突然女性に向かって走り出した。

「と、止まれっ!」
武装した兵士たちが叫ぶが、女性はそれを手で制すと向かってくる少女を余裕の表情で見つめる。

少女は女性の目前まで来ると、ジャンプして女性の顔面に蹴りを繰り出した。
だが、女性は素早く反応し少女の攻撃を避けると、少女の足を掴んで地面に叩きつけた。

「がはっ!!」
少女は背中を強く打ち、苦しそうな声を上げる。

女性は、そんな少女の顔を踏みつけた。
「あぐっ……」

「フフ、ワタシも強くなったでしょ? 残念だったわね。さぁどうするの? あなたの大好きなお兄ちゃんに会える道を選ぶか、このままここで踏み殺されるのか……」
そう言って女性が指を鳴らすと、ジャンピングクローズが少女に近づいてくる。

「……あたしにお兄ちゃんは……いない……」
少女は踏みつけられながらも女性を睨みつけ、そう呟く。

「あらあら……。苦し紛れな時間稼ぎは関心しないわよ、千雪ちゃん? さぁ、ジャンピングクローズ。この子の手足を圧し折ってやりなさい——!!」
女性のその指示に従って鋭い爪を振り上げるジャンピングクローズ。

少女は両目を瞑り、覚悟を決めたかのように唇を嚙みしめた。
だが——

「グギャッ!?」
突如、矢のような一撃がジャンピングクローズを一閃し、凄まじい勢いで吹き飛んでいく。

「な、なんなの……?」
女性が信じられない、といったように吹き飛んでいくジャンピングクローズを目で追う。
すると、施設の崩れた天井の隙間から何者かが現れ少女の前に降り立った。
その人物は白いローブを着ており、顔はフードで隠れてしまっているため全く見えない。

「あ、あんたは一体……?」
ローブの人物は女性の問いに答えることなく、少女に手を差し伸べる。
少女はその手を取り立ち上がる。

「まったく、無茶しすぎだ。私が来るまで派手に動くなと言ったはずだ……あまり心配させるな」
ローブの人物はそう口にしながら、少女の顔の傷に気付く。

「……顔、怪我したのか。……遅れてすまない」
と、少女の体を抱きしめた。

少女の方も
「勝手に動いてごめんね。……来てくれてありがと」
優しく抱きしめ返した。

「あ、あんた誰なのよ! 邪魔しないで!」
女性が苛立ちと困惑が混じった声で叫ぶ。

するとローブの人物の隣に立った少女が口を開く。
「”あたし”にお兄ちゃんはいない、ね?」
「は……?」
女性の戸惑いを気にすることなく、少女はローブの人物に顔を向けた。

するとローブの人物は、ローブを脱いで素顔をさらした。
黒髪のショートボブ、目は切れ長で威圧的な少女。
年のころは隣の少女と同じく、15~18歳といったところだ。

ローブを脱いだその少女は
「久しぶりだな、久木真純所長……いや元所長か」
女性に向かって不敵に笑う。

「ま、まさかあんたが……」
久木と呼ばれた女性は、驚いて目を見開いている。

「ああ、佐倉千雪は私だ」
千雪と名乗った少女のローブの下には、少女が着ているのと同じ白を基調とした制服があった。

「ち、千雪……あ、あんたが……?」
「そうだ。久木、お前にはピートの居場所やらなんやらを吐いてもらうぞ」
久木の問いに、千雪はそう返すと拳を構える。

「ふ……ふふふふ、ははははは!!」
と、久木が急に笑い出した。
「何かおかしいか?」
千雪は意に介した様子もなく、女性に問う。

「ええ!当たり前じゃない……あぁ、こんな面白い状況になるなんて思ってもみなかったわ ——!」
久木は狂気的な笑みを浮かべると、ジャンピングクローズに命令を出した。
「ジャンピングクローズ! 佐倉千雪を殺しなさい! それから兵士たちは、そこの千雪のフリをしてた女と、ガキどもを撃ち殺せ」

久木が叫ぶと同時に、ジャンピングクローズは鋭い爪で千雪に襲い掛かった。
彼女はそれを避けるとジャンピングクローズに蹴りを入れる。
「ギョアアアアアッ!?」
と叫び声を上げて、ジャンピングクローズは地面に叩きつけられる。

「ははっ、死ね!!」
ダダダダダダダダダダッッ!!
ガガガガガガガガガガッッ!!
兵士たちが少女と、子供たちに向けて銃弾を発射する……が、誰1人として傷1つ負っていなかった。

「な、なに!?」
兵士たちは狼狽え、久木も動揺を隠せないでいる。

「子供に向ける物としては、随分と笑えないな……」
その声の方を見ると、千雪が兵士の放った銃弾をパラパラと地面に捨てていた。

「美友、子供たちを連れて逃げろ。ここは私が引き受ける」
千雪の言葉を聞いた少女、美友は力強く頷くと子供たちを連れて別の脱出ルートを目指す。

「くっ……みんな、ワタシが援護するから、全員で一斉に攻撃して!!」
久木が部下の兵士たちに再度指示を出した次の瞬間には、兵士たちは吹き飛ばされ、全員気を失っていた。

「なっ……!?」
久木は驚きのあまり口をパクパクとさせる。
そんな彼女の前に、千雪は立ち塞がった。

「さて久木、お前にはいろいろと情報を吐いてもらうぞ……」
千雪が鋭い目つきで言うと、彼女は諦めたのか急に笑い出し自分の首元に注射を打ち込んだ。
そして次の瞬間には、彼女は先ほどのジャンピングクローズよりも大きな蟹の怪物へと姿を変える。
そして、その場に戻って来たジャンピングクローズも合流する。

「ははは、佐倉千雪ぃ~死ねぇ!!」
2体の怪物を前に、千雪は
「ふぅ、猿蟹合戦とはいかないか……。一瞬で片付けてやる」
と、不敵な笑みを見せながら呟いた。

そして、2体の怪物が襲い掛かるタイミングを見計らうと
「はッ!!」
千雪は驚異的な跳躍力で天井まで飛び上がり、天井を蹴って凄まじいスピードと威力の踵落としをジャンピングクローズに食らわせる。
その瞬間、ジャンピングクローズの動きはピタリと止まり、生命活動を停止したようだ。

そして一瞬でその亡骸の横に移動して、強烈な回転蹴りで蟹の怪物に変化した久木にそれをぶつけた。
その衝撃は久木を壁にぶち当て、地面に叩き落とした。
「ぐふぅっ……!」

そして地面に落ちた蟹の化け物状態の久木に、千雪は上空から止めの拳を叩き込んだ。
「がはぁぁぁぁっっ!!」

そして久木は、元の人間の姿へと戻っていく。
彼女は頭から血を流し、口からも血を吐き出し息も絶え絶えだ。

「さて……」
千雪はゆっくりと歩き始め、横たわっている久木に近づく。
「や、やめなさい……!」
弱々しい声で久木が叫ぶが、千雪は足を止めることなく進む。

その瞬間 バンッ!バンッ!バンッ!!
3発の銃声と共に、銃弾が3発千雪を襲う……が、彼女はその銃弾を片手で防ぎ、その銃弾を指で弾いて兵士たちに撃ち返した。
まるで銃口から発射されたかのように放たれた銃弾が、残っていた兵士たちを撃ち抜いた。

「ふん、黙って寝てればよかったのに……」
そして久木の前に立つと、彼女は拳をギュッと握りしめた。
すると、それに比例するように久木の体が震えだす。

「ゆ、許して……もう悪いことはしないから……」
命乞いをする久木に千雪は
「なら知っていることを全て話せ。あの事件のこと、QOSの動向、ピートの行先……その他諸々、お前の知っていること全てだ」
と、拳を構えたまま告げる。

「お、お兄ちゃんを生き返らせてあげるわ……あなたの大好きな一真お兄ちゃんを!」
久木は千雪の兄、一真を引き合いに出したが、彼女は表情を一切変えることなく拳を握りしめたままだった。
「まずはピートの居場所を教えろ。答えなければ……」

「ひっ、ま、待って……」
「なら早く言え!」
千雪が怒鳴ると久木はブルブル震えながらも口を開いた。

「……わ、わかったわ!……ピートは……」
と、その瞬間だった。

「うっ! うあぁぁぁぁっ!! 」
と、久木が苦悶の表情で苦しみだした……。
そして次の瞬間、口から血を吹いて彼女は絶命してしまった。

「なっ……久木! 久木!!……くっ、ダメだ、死んでる……」
ピピピピーッ——。千雪に無線で通信が入る。
「千雪、こっちは全員避難したわ!」
先ほど、逃げてもらった美友からだった。

「そうか。こっちは情報を聞き出そうとした久木が死んだ。何も聞き出せずじまいだが、今から戻る」
千雪はそう言うと、無線を切って美友たちが待つ出口へと向かった。
出口ではヘリが待機していた。

「千雪~、早く~!!」
ヘリに乗っている美友が叫ぶ。
千雪は超人的な跳躍力でヘリに飛び乗ると
「子供たちは?」
と美友に尋ねた。

「もう一個前のヘリで先に避難したわ、お疲れ様」
彼女は子供たちを心配する千雪に、安心させるように明るい笑顔で伝えた。

「そうか。子供たちが無事ならいいんだ。美友にも無理をさせたな。子供たちを全員無事に救出できたのはお前のおかげだ、ありがとう」
千雪は美友に笑顔を返すし、ヘリの座席に座る。
そして、安心したのかそのまま眠ってしまった。

美友はそんな彼女を優しく見つめ、微笑みながら頭を撫でた。
「ありがとうね、千雪……本当にお疲れ様……」


~続く~

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!