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淡雪の音色 6 S.1 白魔の覚醒

S.1 白魔の覚醒(はくまのめざめ)


「こっち! みんな急いで、さぁ早く——!!」
黒く美しい長髪を靡かせた1人の少女が、どこかの扉を開け、手を回しながら叫んでいる。
垂れ目でつぶらな瞳は、優しい雰囲気を感じさせる。
年のころは15~18歳といったところか。

彼女が開けた扉に、あとから追って来た少年少女が息を切らしながら飛び込んでいく。彼らはさらに若く、10歳に満たない子供たちがほとんどのようだ。
「これで全員ね、扉を閉めるわ」

少女が重くて堅い扉を閉めると同時に、扉の向こうではドンッ! ドンッ!! ドゴンッ!! と大きな物がぶつかる音が聞こえる。

「ふぅ……間一髪……ね……。さぁ今のうちに移動するわよ」
少女の言葉に子供たちは、肩で息を切らしながらも強くうなずく。そして少女は子供たちを連れて、あらかじめ予定していた脱出ゲートへと向かった。

「みんな、もう少しで出口だから頑張って! 必ず生きて帰るわよ!」
子供たちは少女の言葉にうなずき、額に汗を浮かべながらもふらつく足を懸命に動かし走った。

そしてそれから5分ほど走り続け、出口が見えてきた。
彼らはさらにペースを上げ、駆け抜けていく。

しかし出口まであと数十メートルというところで、1人の男の子が
「あぅっ!?」
と声を上げて転んでしまう。
少女が戻って起き上がらせるも、その男の子は足を挫いてしまっていた。

「大丈夫!? ……お姉ちゃんがおぶってあげる。みんなは先に行って!」
少女はそう言って、その男の子を背負おうとする。
「お姉ちゃん、僕のことはいいからみんなで逃げて。僕のせいでみんなが死ぬのは嫌だよ」
男の子はそう拒んだが、
「絶対に誰も見捨てない! お姉ちゃんが必ず守るからね」
少女は笑顔でそう告げると、男の子を背負って走り出した。
(あと少し……外まで出られれば……!)

少女がそう希望を持った瞬間、ズドンッ! と大きな地響きがして、出口のシャッターが閉じ始めた。
「え!? そんなッ……!!」
少女は慌ててシャッターに駆け寄る。
だが、少女と子供たちの目の前でシャッターは完全に降りきってしまった。こちら側からは開けることができず、少女は唇を噛んだ。
一緒に逃げていた子供たちは不安そうな顔をしており、中には泣き出す者もいた。

「みんな、大丈夫だから落ち着いて。ここでパニックになったら助かるものも助からないわ。だから落ち着いて……いいわね?」
少女が子供たちを宥めていると、子供たちの中でも最年長の女の子が少女の服の裾を掴んでくる。

「お姉ちゃん……私たちどうなっちゃうの? もうお母さんたちに会えないの……?」
女の子は目を涙で潤ませている。少女はしゃがんで女の子と目線の高さを合わせると、優しく微笑む。

「そんなことないわ。絶対に助かる! お家に帰って大切な家族にただいまって言えるわ」
「ほんとう……?」
「ええ。だから……お姉ちゃんを信じて」
少女は女の子の頭を優しく撫でた。すると、女の子の涙は止まった。
「うん!」
女の子が元気よく返事をした時だった。

ドタドタドタドタと銃火器を武装した10人ほどの兵士たちが、少女たちを取り囲んだ。
「くっ……」
少女は何とか抵抗できないかと、子供たちの前に出る。

「ふっ……お前たちは完全に包囲されている。もはや逃げ道はない」
兵士の1人がそう告げると、他の兵士たちもニヤニヤと笑いながら銃を構える。
「たった1人で侵入とは舐められたものだ。大人しく投降しろ! そうすればガキどもも含めて命だけは助けてやる」

兵士の言葉に少女は首を横に振る。そして、子供たちを庇うようにして立ちながら叫んだ。
「みんなはあたしが守るわ!」

すると兵士たちが笑い出す。
「はっはっは! そんな丸腰で何ができる。それに、そんなにたくさんのガキを連れては逃げられないことくらい分かるだろう」
兵士たちは少女を囲むようにして銃を構える。

「大人しくしていた方が身のためよ、いくらあなたでもこの状況はひっくり返せないでしょ? 佐倉千雪」
と、落ち着いた声と共に、兵士たちの間から1人のスーツ姿の女性が姿を現す。
「あ、あなたは……?」

「あら、覚えてくれていないなんて残念だわ。ワタシの作った作品たちでたくさん実験してあげたのに……」
スーツの女性の言葉に、子供たちは何が何だか分からないといった顔をする。

そして、女性は言葉を続ける。
「じゃあコイツを見たら思い出してくれるかしら?」

女性が指をパチンッと鳴らすと
「ギョアアアアアッ!!」
という悍ましい雄叫びと共に、体長2メートルを超える大型の猿のような怪物が鋭い爪を壁に突き立てながら、姿を現した。

先ほど少女が子供たちと逃げている際に壁にぶつかっていた大きな物体は、この怪物である。
「ひぃっ……」
子供たちは怪物の姿を見て恐怖し、腰を抜かして動けなくなってしまった。

「……ジャンピングクローズ……」
少女は目の前の怪物を見て、そう零した。

「そっ、ワタシの作品第14号。名前はジャンピングクローズよ」
女性はそう言うと、怪物……ジャンピングクローズを愛おしそうに見つめた。

「さぁ。コイツの強さは知ってるはず……。この数の武装した兵士、ワタシの可愛いジャンピングクローズを相手にその子たち全員を守りながら戦うのは無理でしょう? 大人しく投降なさい? そうすれば全員の命の安全を保障するわ」
女性は淡々と告げるが、その口元は歪んでいる。

「ここで死んだら、あなたの大好きな”お兄ちゃん”が悲しむわよ」
「ッ……!!」
少女の顔が強張る。少女は子供たちに向き直る。

「みんな……お姉ちゃんが合図を出したら、一斉に走って出口まで行くのよ」
少女は子供たちにそう告げると、覚悟を決めたかのように前を向いた。
そして、ジャンピングクローズに向かって叫ぶ。

「さぁ来なさい! あたしが相手よ!!」
少女がポーズを構え、戦闘態勢に入る。

「……そう、残念だわ。佐倉千雪。ワタシたちの仲間になるなら活かしておいてあげたのに。そしたらお兄ちゃんも生き返らせてあげたのにね」

女性のその言葉を聞いた少女の目が、一瞬大きく見開かれる。

「大切なお兄ちゃん、大好きなお兄ちゃん……。フフフ、あの頃のあなたもずっとお兄ちゃんお兄ちゃんって呼んでいたわねぇ。お兄ちゃんも千雪ちゃんに会いたいんじゃないかしら?」

女性は、少女の最も大切な人物の名前を出すことで、動揺を誘っているのだ。
彼女の言葉に少女は、構えた拳を降ろすと下を向いて肩を震わせるのだった。


~続く~

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