中国が米国を追い抜くことはあるのか|【Wedge Opinion Special Interview】エマニュエル・トッド 大いに語る――コロナ、中国、日本の将来[PART-2]

日本では相変わらず近視眼的なコロナ報道ばかりが目立つ。だが、もっと深刻な危機が覆っていることを日本人は知るべきだ。コロナ、中国、日本の将来について、エマニュエル・トッド氏に聞いた。
取材協力・同時通訳/大野 舞
聞き手・構成/編集部・大城慶吾、野川隆輝

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エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd)
歴史人口学者
1951年フランス生まれ。パリ政治学院修了、英ケンブリッジ大学で歴史学の博士号を取得。各国の家族制度や出生率、死亡率などに基づき現代政治や国際社会を分析し、ソ連崩壊やアラブの春、英国のEU離脱などを予言。著書に『帝国以後』、『最後の転落』(共に藤原書店)、『大分断』(PHP新書)など多数。

大野 舞(Mai Ohno)
取材協力・同時通訳
フランスのバカロレア(高校卒業国家資格)取得後、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。一橋大学大学院社会学研究科修了。渡仏後は出版社やスタートアップ関連の仕事に携わり、独立。主な訳書にエマニュエル・トッド『大分断』(PHP新書)。同氏はじめ識者へのインタビュー実績多数。

 今回のコロナ禍は、さまざまなことを考えさせられる出来事であった。だが、私のように地政学に関心を抱く者として、コロナよりも衝撃を受けたニュースがある。それは、中国の国家統計局が今年の5月に発表した合計特殊出生率「1.3」という数値である。これこそが今年最も重要なニュースであると私は思う。中国は、「極低出生率」というレベルに至っている。

 台湾や韓国の今年の合計特殊出生率予測はそれぞれ1.07、1.09(編集部注:米国中央情報局〈CIA〉予測)と同じような状況だが、1.38の日本よりもさらに低い。

 私は研究者として、人口に関する数値の方が経済に関する数値よりも正確であるという考えを持っている。1976年、私の最初の著作であり、ソ連崩壊を予言した『最後の転落―ソ連崩壊のシナリオ』(藤原書店)を執筆したとき、多くの人々は国内総生産(GDP)などに焦点を当てた議論をしていたが、私は、ソ連で乳児死亡率が上昇していることに注目した。

ソ連崩壊を予言した

基本的には人口に関するデータは信頼性が高い。トッド氏はソ連の乳児死亡率に着目し、ソ連崩壊を予言した
(GEORGES DEKEERLE/GETTYIMAGES)

 例えば、モノである靴は作られても、消えるときは沈黙のうちに消える。一方で、人口の場合は死亡届が出されるので、データが捏造しにくい。つまり、基本的に人口データは信頼性が高いデータなのである。私がプーチン政権下のロシアが安定していると断言するのも、近年のロシアの乳児死亡率が低下していることを確認しているからである。世界銀行のデータによると、その数はロシアでは1000人に対して5人、ところが米国では6人である。

乳児死亡率は国の盛衰を表す貴重なデータとなる

 ただ、中国は全く別である。中国の人口データは必ずしも正確ではない。私にとって中国が興味深い国である理由は、人口データが不確実な国に初めて出会ったからである。この不確実性の理由として考えられるのは、中国の全体主義がロシアよりもさらに根深いからなのかもしれない。

 中国の「一人っ子政策」は終了したが、出生率の低下は、人口学者である私から言わせると、中国共産党による一党独裁の政策のみが原因だとは考えられない。

 つまり、台湾や韓国、日本も同じ問題を抱えているように、出生率低下の問題は、一国の「政治システム」に左右されるだけのものではないということだ。

 しかし、極低出生率という動きが中国のような規模の国で起こると、もはや「地球規模の問題」となる。なぜなら、日本や米国、欧州の多くの企業は中国に生産を頼っており、中国の労働人口の減少は世界の労働人口の減少を意味するからである。特に日本の大企業は、生産拠点を中国に移すことで人口減少問題を解決しようとしてきた面がある。

出生率低下が続けば人口問題は地球規模の問題となる

 中国でこのまま極低出生率が続けば、彼らは将来、必死になって移民を受け入れようとするだろう。14億人の規模の国の空いた穴を埋めるのはとてつもなく大変で、今後、世界が経験したことのないことが起こるといっても過言ではないのだ。

 それほどまでに中国の規模はとてつもなく大きく、他の国とは全く性質が異なるものだ。日本企業は中国に過度に依存することなく、将来を見据え、インドネシアなどにも拠点を移しておくことをお勧めしたい。

 次に中国が米国を追い抜き、世界のたった一つの超大国になるのかどうかという論点についてである。

 中国が米国に対して、かつてのソ連のような存在になるのかどうか――。

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