仕事に枠を設けないから生まれる新たなイノベーション|【特集】現状維持は最大の経営リスク 常識という殻を破ろう[Interview1]
日本企業の様子がおかしい。バブル崩壊以降、失敗しないことが〝経営の最優先課題〟になりつつあるかのようだ。
しかし、そうこうしているうちに、かつては、追いつけ追い越せまで迫った米国の姿は遠のき、アジアをはじめとした新興国にも追い抜かれようとしている。
今こそ、現状維持は最大の経営リスクと肝に銘じてチャレンジし、常識という殻を破る時だ。
「印刷技術」を起点にして、新規事業を開拓し続ける大日本印刷。
社員が失敗を恐れずにチャレンジすることができる社内風土はどう生まれたのか?
新規事業の原点となる
印刷事業
メタバース空間「バーチャル秋葉原」を今年4月にオープンさせた。ここではVR(仮想現実)グラスや、ウェブブラウザから、買い物をしたりデジタルギャラリーを訪れたりすることができるほか、企業はサイネージ広告を出稿することもできる。
「雑誌や書籍のデジタル化を進めていく中で、書体や画像の加工で培ってきた技術がメタバースにつながっている。デジタル化自体は以前から取り組んできたテーマだ。例えば、美術作品などをデジタル化して、普段見られない角度から見たり、持ち上げたりできる新しい鑑賞方法を開発している。DNPが運用する東京アニメセンターでもコンテンツの新しい魅力を国内外に発信している。
そしていま、メタバース空間を使い、リアルとバーチャルの融合によって、現実の地域や施設が持つ価値や機能を拡張させて新しい体験価値を生むといった取り組みを、渋谷区、札幌市、京都市などと一緒に進めている。
秋葉原は、実際に外国人の方が訪れると少し物足りなさを感じることもあるそうだ。というのも、漫画『AKIRA』(大友克洋、講談社)のような世界を期待しているからだ。メタバース空間であれば、そのような現実を拡張した世界をつくることも可能だ」
一見、関係ないように見えても全ての原点は印刷技術にある。
「印刷の技術を基にして事業拡大をしてきたので、全くの『飛び地』のことをやってる感覚はない。ただし、現在重視しているのは、従来のように顧客のニーズを待つだけではなく、何が求められるのか自ら探し出していく、問題設定、課題解決型の取り組みだ。
世の中が複雑になり、その変化も早い。今までは顧客からのオーダーをもとに製品を開発して提供すれば採用して頂ける時代だったが、どういうものが欲しいのか、顧客自身も分からないという時代になりつつある。
もっと言えば、直接生活者に向き合って、世の中に求められているものはどのようなものか、われわれ自身で探し、提供するものを作っていくということが大事になる」
「メタバース」は昨今、急速に世間で普及してきた考え方だが、事業化までのスピードが非常に速い。
「自分の担当や守備範囲ではなくても、なんでもビジネスにつなげて行こうという気風は昔からある。特に営業の担当者にはそういう意識が強い。さまざまなことを見聞きして、事業につなげていくというスタイルだ。
最近では、新型コロナウイルス対策として机やテーブルにパーティションが置かれるようになったが、反射して相手の表情が見えない、声が聞こえづらいといったことから、ディスプレイ用光学フィルムの製造で培ってきた『超低反射フィルム』を活用して、新しいパーティションを作った。また、リチウムイオン電池の外装材に使われる『バッテリーパウチ』も印刷の材料加工技術が起点となっている。
その他には、同じ業界で競合しあう会社の印刷物を請け負うことも少なくない。その場合、守秘義務など情報漏洩がないことが絶対条件となる。ここでの取り組みが、セキュリティ事業につながった。各種カードのデザインや印刷から始まって、ICカードを製造して、それにセキュアな方法で口座番号などの個人データを書き込んで生活者に発送するといったこともやっている」
印刷技術そのもののイノベーションは今後も続いていくのか?
「紙の印刷は減っていることは確かだが、紙の印刷物がなくなることはなく、出版を通じてこれからも日本の知を守っていきたい。当然これからも印刷技術は進化していく。『広辞苑』(岩波書店)のように、紙をより薄く、そして見やすい印刷にするといったことは、印刷会社、製本会社、製紙会社、インキ会社の協業で進化させた賜物だ」
どんな業界、業種とも仕事ができる、と発言されている。
「取引先は、数万社ある。印刷物さえあれば、どこへでも必ず訪ねていくことができる。そこから新しい事業を生み出すということを長年やってきた」
新規事業が生まれる土壌として、副業(外部)、兼業、社内複業、そして複線的キャリア形成を推奨している。
「新卒、中途採用で入社する人もいる中で、魅力があり、時代に合った職場づくりが必要だと考えている。社内複業は1週間に1日程度、他部署に行って、一緒に業務を行うことを通じて、より社内で連携を深めたり、専門性を高めたりすることで新事業の創出につなげるということが狙いだ。
ただ、ポジションに関係なく、いろんなことに取り組むという下地はもともと社内的にあった。それは、当社の事業は〝決まったモノ〟を売っているわけではないということも関係しているかもしれない。普通のメーカーのように自社製品があってそれを売るという形ではなく、毎回毎回、一品一品受注をしないと売り上げが立たないという部署が多い。例えば、銀行と取引するということになれば、通帳やカードのデザイン、制作にとどまらず、その銀行の看板やノベルティーの制作、スぺースデザインなど、あらゆることを仕事にすることができる。
社外の副業に関しては全く関係がないような仕事をしている社員もいる。恐竜好きが高じて、恐竜博物館の仕事を手伝うというものだ。今は看板を制作するといったことをしているそうだが、こうした社員一人ひとりの副業での経験が本業にどのように跳ね返ってくるのかは非常に楽しみだ」
成果だけではなく、その「プロセス」を評価する仕組みも導入した。
「結果だけ見てしまうと、売り上げの大きさなどに目がいきがちになってしまう。実際、プロセスの中で実行に移されないアイデアなどもある。そういったものでも、見方を変えれば評価できるものもある。1つの結果ではなく、多角的に見ていかないと社員のモチベーションも高まらない。例えば、何かを研究していて、なかなかうまくいかないことは往々にしてあるものだ。それでも、全てを止めてしまうのではなく、最低1人でもその研究は続けていくといったことも大切だろう。このような形は現在でも行っている」
失敗を認める土壌。やって失敗したほうが、何もしないよりも実りがあるということか。
「もちろん、全て完璧にできているということではない。ただ、なるべく失敗を許容する土壌をつくっていくことで、次につながるような形にしていきたいと思っている。社員には多少失敗してもいいから、チャレンジしてほしいということは常々伝えている」
あらゆる顧客のニーズや時代の変化をくみ取り、何でもビジネスにつなげていくというDNP流の〝貪欲さ〟は多くの企業が学ぶべきことだろう。
出典:Wedge 2022年6月号
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