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自宅と生活圏をつなぐ 自動運転が生む〝地域の足〟|【特集】漂流する行政デジタル化 こうすれば変えられる[PART4-1]

コロナ禍を契機に社会のデジタルシフトが加速した。だが今や、その流れに取り残されつつあるのが行政だ。国の政策、デジタル庁、そして自治体のDXはどこに向かうべきか。デジタルが変える地域の未来。その具体的な〝絵〟を見せることが第一歩だ。

高齢化が進むニュータウンが直面する「運転免許返納」の課題。最新技術による移動手段は、地域の新たな交通網として根付くか。

文・編集部(川崎隆司)


 「運転免許の更新に出向いたら、返納に関する説明から始まった。『自分はまだまだ』と思っていても、他人事ではないのだと気づかされた」

 東京の多摩、大阪の千里と並んで日本3大ニュータウンと称される愛知県春日井市の「高蔵寺ニュータウン」。この一角にある石尾台地区に住む堀田真澄さん(75歳)は、申し訳なさそうにそう話す。高度経済成長期のまちびらきから50年以上が経過したことで高齢化が一斉に進み、住民の約2人に1人が高齢者となったこの地域を舞台に今、自動運転技術と次世代移動サービス(MaaS)を軸とした新たな〝地域の足〟が芽吹きつつある。

自動運転でハンドル操作不要
AIが瞬時にルートを設定

 石尾台地区は高蔵寺ニュータウンの中でも駅から最も離れたエリアで、車でも最寄りのJR高蔵寺駅から15分ほどかかる。高台に造成された同区画は坂道が多く、住民の多くは同じ地区にあるスーパーやクリニックに行くのでさえ、自宅から自家用車で通ってしまうのが現状だ。

 「一家に1台自家用車を持つ住民たちも、このまま年を重ねれば、いつかは車を手放さざるを得ない日が来る。バスは1日200本以上走っているが、石尾台地区の高齢住民にとってみれば、バス停までの坂道を歩くこと自体が困難だ。バス停と自宅の間のラストマイルをつなぐ新たな移動サービスが必要だった」と語るのは、春日井市まちづくり推進部都市政策課の津田哲宏主査だ。

 人口減少や高齢化が進む日本各地で同様に直面しうるこの難題に、同市は官学民(行政、大学、民間企業)それぞれの知恵と技術で挑む。石尾台地区で2021年6月から始まった自動運転サービスの実証実験では、電磁誘導線を使わずに公道を走行できる日本初の自動運転カート「ゆっくりカート」が、住民の移動予約に応じて地区内128カ所の停留所を巡る。

低コスト化のためゴルフカートを活用した「ゆっくりカート」 (WEDGE)

 名古屋大学が提供する自動運転技術により、車両と周囲の対象物との距離を検知しながら自動走行するためハンドルやアクセルの操作は不要で、同乗するドライバー1名の役割は目視による安全確保および乗車案内や、自宅前など、ときに乗客が任意で指定する場所までの手動運転といった補助対応に限られる。

 さらにKDDIが提供する配車・監視システムにより、移動者の乗降地に応じた最短ルートの設定のみならず、複数予約の状況に応じた最適な運行経路設定も可能にする。カートは定員2人と6人の2種類があり、乗客の数が増えるほど運行ルートの最適化は条件がより複雑になる。例えば、移動中に新規予約が登録されれば「現在運んでいる乗客の降車予定地を経由しつつ、新たな乗客の乗車地に向かうには」といった判断をAIが瞬時に行い、ルートの再設定を行うのだ。

AIがリアルタイムで設定する配車ルートを、スマートフォン画面で確認 (WEDGE)

 実証実験期間中の平均利用数は1日2~3件に過ぎないが、今後のさらなる高齢化によって住民が一斉に免許を返納する可能性が増す中、短期の実績だけで評価するのは早計だろう。

 自動運転技術を研究する名古屋大学未来社会創造機構モビリティ社会研究所の金森亮特任准教授は「石尾台地区はニュータウンの特性上、道路が碁盤目状に整理され、車幅も十分に確保でき、走行エリアを地区内に限定できるため、自動運転サービスの実装に適している」と述べる。さらに、カートのある特性が思わぬ利点を生む。

 「カートの速度は最大でも時速20㌔メートル。公道を走る一般車両と比べてブレーキをかけてから停止するまでの距離が圧倒的に短いので、センサーや制御プログラムにハイスペックを求める必要がなく、自動運転の導入コストが抑えられる」

 徒歩や自転車の移動では難所だった石尾台地区が、一転、自動運転の分野では好立地、好条件となるのだ。急激な高齢化の課題に晒される同様のニュータウンは全国に存在するため、金森氏は本地区での成果について、将来的な水平展開も視野に入れる。

バス、タクシー、鉄道……
それぞれの特性を組み合わせる

 今後の課題は『モビリティ・ブレンド』という発想を地域に根付かせることによる、取り組みの〝自走〟化だ。

 高蔵寺ニュータウンでは19年度からタクシーの乗り合いサービスの実証実験を繰り返している。1台に最大3人まで乗り合うことで、高齢者の通院利用が多い8時30分から14時に限って運賃を通常料金の半額とする。さらに、地域の病院やクリニック、スポーツクラブなど、協賛施設7カ所の発着運賃については、施設自身が利用料金の一部を負担するといった仕組みも取り入れている。

 前出の春日井市・津田主査は「自宅からいつでもどこでも移動できる自家用車という便利な交通手段を適切な時期に手放してもらうためには、免許を返納しても移動に困らないという安心感を高齢者たちに持ってもらう必要がある。そのためには、バス、タクシー、鉄道、自動運転カートといったそれぞれの交通手段が持つ特性を組み合わせ、最適な地域の交通網を整備しながら、最終的には、その運営や運用を地域に任せていくべきだ」と語る。

 実際に今年9月から、カートの補助ドライバーから予約受け付けオペレーターに至るまで、本取り組みの全ての運用は石尾台地区の住民有志によるNPO法人「石尾台おでかけサービス協議会」に委ねられる。

 また、車両購入などの初期費用はすでに行政が負担しているが、人件費といった今後のランニングコストについてはNPO法人で負担する計画だ。現在は実証実験中のため無料である乗車運賃の有料化だけでなく、居住家族・世帯単位や、町内会・老人クラブといったコミュニティー単位での会費負担にするなど、地区全体で支える運用スキームを計画している。

地域の交通手段を
自ら支える自助の意識

 冒頭の堀田さんは、同NPO法人の理事長を務める。子どもたちはすでに実家を離れ、現在は夫婦2人暮らしだという。

 「車の運転が可能な現在の状況だけを考えるのではなく、5年後、10年後の自分たちのために、地域の交通手段を自らの手で支えていく。春日井市との対話やNPO法人の活動を通じて、そういった自助の意識が芽生えた」

 バス、タクシー、鉄道など、今は当たり前のように存在する地域の交通機関も、将来の利用者が減れば、今後失われていくかもしれない。自動運転という最新技術を用いた新たな交通手段も、地域のニーズをくみ取り需要創出ができなければ宝の持ち腐れになる。技術とは、使ってこそ日々の生活を豊かにし、社会に新たな価値を生み出してくれるものなのだろう。

※イラストレーション=藤田 翔

出典:Wedge 2022年9月号

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