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甘い企業の対中認識 このままでは日本人が〝人質〟になる|【WEDGE SPECIAL OPINION】迫る台湾有事に無防備な日本 それでも目を背けるのか[PART3]

 「両岸(中台)関係の隔たりは軍事衝突では解決できない」。新たな年を迎えた1月1日、台湾の蔡英文総統は新年の談話でこう述べた。
 この地域が戦火に見舞われることは誰も望んでおらず、絶対に避けなければならない。
 コロナ禍での北京五輪開催で自信を深め、成果を強調して秋の中国共産党大会に臨む。異例の3期目を勝ち取ったその先に、習近平国家主席が見据えるものは何か。強硬姿勢を隠さなくなった中国の言動や「中国の夢」として掲げる「中華民族の偉大なる復興」という〝野望〟を直視すれば、米国や台湾が具体的な時期を示して〝有時〟の分析に走るのも無理はない。
 だが、20XX年を的中させることが勝利ではない。最悪の事態を招かぬこと、そして「万が一」に備えておくことが重要だ。政治は何を覚悟し、決断せねばならないのか、われわれ国民や日本企業が持たなければならない視点とは何か——。
 まずは驚くほどに無防備な日本の現実から目を背けることなく、眼前に迫る「台湾有事」への備えを、今すぐに始めなければならない。

文・久末亮一(Ryoichi Hisasue)
日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 副主任研究員
学術博士(東京大学)。香港大学アジア研究センター客員研究員、東京大学大学院総合文化研究科助教、政策研究大学院大学安全保障・国際問題プログラム研究助手などを経て、2011年から現職。著書に『香港 「帝国の時代」のゲートウェイ』(名古屋大学出版会)など。

台湾有事の際に日本の弱点となるのが、危険なまでに中国と一体化した経済だ。地政学と安全保障の現実を直視し、泥沼のような対中依存を正す必要がある。

 台湾情勢が緊迫している。権威主義的統治を強める中国の習近平国家主席にとって、自身が目指す最大の目標であり、超えるべき存在の毛沢東を凌ぐには、その毛でも成し遂げることのできなかった「両岸統一」を、自らの治世で完成させる必要がある。特に、見せかけの国威や自信の裏で進む、政治的・経済的な厳しい国内状況を乗り切り、自らの統治体制を盤石とするには、「両岸統一」による「毛沢東超え」が必須となる。それゆえに、今後の台湾情勢の緊迫化は必然である。そして、もはやそれは「遠い先の話」ではない。

 日本にとって台湾有事は文字通りの「対岸の火事」では済まされず、さまざまな事態の発生が想定される。例えば、台湾とは目と鼻の先にある南西諸島への戦闘区域の拡大、中国の海上・空域封鎖による海上交通路(シーレーン)やサプライチェーンの混乱、現地在留邦人の救出や台湾からの難民発生などである。なかでも最大の問題は、台湾有事に対する米国の軍事的対応が実行された場合、その同盟国たる日本の動きが、中国の非対称戦術によって牽制されることである。

 これにより中国は、日本に揺さぶりをかけると同時に、日米同盟の信頼性を毀損させるであろう。言うまでもなく、日本は米軍の基地機能を広範囲にわたって提供しており、集団的自衛権の行使となれば自衛隊も連動して行動する。中国にとってこれを足止めすることは、台湾侵攻の成功に不可欠な要素となる。

 中国が熟知する日本への最も有効な非対称戦術、言い換えれば日本の中国に対する最大の弱点とは、危険なまでに一体化した経済関係の利用である。日本の対中投資残高は香港を含め2020年には約19兆円、貿易総額は約3402億㌦(約36兆円)にも上り、「切っても切れない」落とし穴になっている。また、こうした関係の反映もあり、中国・香港の在留邦人は約11万人に上る。

 問題は台湾有事などの際、中国での膨大な日系資産や多数の在留邦人が接収や恣意的拘束によって、日本を牽制する道具として中国側に利用される可能性である。無論、直接の交戦国でない国の資産を接収し、あるいは国民を拘束することは、国際法上も認められるものではない。しかし、中国が国際ルールを顧みる国でないことは、近年に発生した外交問題に際し、相手国への人的・経済的な嫌がらせを行使してきた実例が証明している。

何かと理由をつけて市民を拘束してきた中国

ファーウェイの孟晩舟副会長(写真右)逮捕に対し、カナダ人2人が拘束された (AP/AFLO)
(出所)各種報道を基にウェッジ作成

 例えば、豪州が対中政策を転換して米国と歩調を合わせる一方で、中国では華人系豪州人の作家・楊恒均(ヤン・ヘンジュン)氏や、ジャーナリストの成蕾(チェン・レイ)氏などが不明朗な罪状で拘束・起訴され、豪州製品への不当圧力も頻発している。豪州政府は20年7月、自国民が中国で恣意的に拘束される危険性が高いとして警告を発している。

 また、……

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