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広がる消費者の不安と誤解 食品表示改革を私物化するな|【WEDGE REPORT】

食品の「無添加」表示に対するガイドラインを消費者庁が策定した。食の安全・安心に向けた取り組みと見えるが、本当の意味での「正しい情報」の提供には至っていない。

文・唐木英明(Hideaki Karaki)
東京大学名誉教授
1964年東京大学農学部獣医学科卒。農学博士、獣医師。東京大学農学部教授、日本学術会議副会長、倉敷芸術科学大学学長、公益財団法人食の安全・安心財団理事長などを歴任。著書に『不安の構造 リスクを管理する方法』(エネルギーフォーラム新書)。

 「八百屋に看板なし」と言う。野菜の品質は見ればわかるが、切り身肉は牛か豚かわかりにくい。表示の目的は仕様書すなわち説明であり、原材料、内容量、賞味期限などの義務化された記載が小さな字で並ぶ。他方、大きな字で書かれているのは国産、添加物不使用、遺伝子組換え不使用などだ。これも説明だが目的は宣伝と差別化である。見てもわからない商品は偽装の温床であり、「羊頭狗肉」は紀元前から行われ、アサリの産地偽装は記憶に新しい。

 偽装は論外だが宣伝に誇張は必要であり、それが消費者に楽しみを与えている面もある。しかしどこまで許容されるのかは難しい線引きだ。多くはおいしさやお得感などメリットの誇張だが、逆に無添加、遺伝子組換え不使用などのゼロリスクの誇張もある。消費者庁はこのゼロリスク表示の規制に取り組んでおり、この3月末に無添加表示のガイドラインを策定した。

 その内容とは、どの添加物を使用していないかわからない「無添加」表示や、通常は添加物を使用しない食品の「不使用」表示を禁止するものである。これまで使用した添加物の表示は義務付けていたものの、「不使用」表示の規制はなく、ガイドラインは虚偽や誤解を避けるごく常識的なものである。ただ、詳細は後述するが、ガイドラインが食の安全や商品への正しい知識の提供に寄与するかは甚だ疑問が残る。

「無添加」表示は
本当に安全のためなのか?

 「無添加」という言葉をオンラインショップで検索すると、食品から化粧品、ドッグフードまで40万件以上がヒットする。無添加が商品の差別化につながるのは、添加物に対する不安が大きいためである。消費者庁の調査では、無添加を選ぶ人の7割以上が「安全で健康に良さそう」と答えている。

 「添加物=危険」という情報を私たちが聞き逃さないのは、危険を逃れるための生存本能だ。そして不安になるのだが、……

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