お年よりと絵本をひらく 第6回 「春をあじわう絵本」中村柾子
春を届ける
桜が咲きはじめる頃、草の間に交じって顔を出すつくし。今日は、施設(デイサービス)のみなさんに春を届けようと、線路脇の土手で摘んだつくしを持っていきました。
「さあ、この袋の中に何が入っているでしょう? ヒントは、春です」といって、紙袋を差しだしました。「たんぽぽ?」「さくら?」 なかなか正解は出ません。
「つくしです!」と袋をあけると、「あら~」「ほんと」。なかでも、根っこのついたつくしはみなさん初めて見るようで、興味しんしん、手に取って眺めています。
「根っこは初めて見たわ」「すぎなとつくしはつながってるのね」
つくしを摘んだことを思いだす人、卵とじで食べた、天ぷらもおいしいと、思い出を話しはじめる人。すると、「卵とじとか天ぷらとか、そんなんじゃない。戦時中は、ただ煮て食べたの」という声も。楽しみのためのつくしではなく、当時は貴重な食糧だったのでしょう。
「ばっけ(ふきのとうの別名)は食べるけど、これは食べないなあ」と語るのは、東北出身のOさん。地域によって違うのですね。なかには「えっ、これ食べられるの?」と言う人も。
つくしは、みんなから物語を引きだしました。現物の力は大きいですね。
草花は、力強い味方
高齢の方は、外に出る機会も減りがちです。でも、何とかして季節感を味わってほしい。そんなとき身近に見られる植物が、力強い味方になってくれます。たんぽぽ、ねこじゃらし、あかまんま、笹の葉、おおばこ、などなど。草花に目を向け、さわり、遊び、思い出を語る。そのあと、その植物を描いた絵本をひらくと、みなさん、ほんとに楽しそうに絵本を見つめます。
『つくし』も、そうでした。
土の中で、つくしの根が絡みあうように描かれている場面を見て、「まあ、こんなに深いの」と、びっくり。改めてテーブルの上のつくしを眺め、根のつながりを見ています。
つくしの頭から飛び散る緑色の粉は胞子だとわかると、「そうそう、はかまをむいてると粉が飛んだわ、胞子なのね」と言う人もいます。
絵本の中のつくしと、思い出と、目の前のつくしが重なりあい、知らないことも知って感心する、嬉しいひとときとなりました。
「味、しなかったよ」
『つくし』と一緒に持っていった絵本は、『ふきのとう』と『さくら』です。さくらの花と、ふきのとうは、持っていきませんでしたが、ふきのとうのことを「ばっけ」と呼んだOさんが、雪解けの地面から顔を出すふきのとうのことや、ふきみその作り方、みそ汁に入れた話などを詳しく話してくれました。
翌週のこと。Nさんに、「見て」と言われて、差しだされた携帯電話をのぞきこむと、画面には、澄まし汁の具に使われたつくしが、写っていました。先週、「食べたことがないから、一本ちょうだい」と言って家に持ちかえったのを、ご家族に調理してもらったのだそうです。「味、しなかったよ」と、Nさんは笑っていました。
著者プロフィール
中村柾子(なかむら・まさこ)
1944年、東京生まれ。青山学院女子短期大学児童教育科卒業。
10年間幼稚園に勤務後、保育士として26年間保育園で仕事をする。退職後、青山学院女子短期大学、立教女学院短期大学などで非常勤講師を務める。
著書に評論『絵本はともだち』『絵本の本』(ともに福音館書店)がある。
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