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花音とモモのふしぎなぼうけん 第二話「キリンのこもり歌」  

柚木一乃 作 安井寿磨子 絵


 花音(かのん)が学校から帰ると、モモが茶色のまゆをぴくぴくさせながら、ねむっていました。夏のはじめの光にてらされたまゆ毛に、白い毛がまじっています。花音がそっと近づくと、とつぜんモモはおきあがりました。そのとたん、「さんぽにいこう」と力いっぱいしっぽをふります。
 すっかり年をとって、このところは、お昼ねばかりのモモですが、さんぽとなるとじっとしていられないのです。

 今日は二人で家の近くにある、しばふ広場に行ってみることにしました。つゆあけのさわやかな風が、花音のほほをくすぐっていきます。
 でも、どんな風がふいても、花音はいつもの元気が出ません。花音は大人のように、ふうとためいきをつくと、広場にあったゾウのすべり台のそばのくいに、モモのリードをひっかけて、一人でかいだんをのぼり、また、ためいきです。
 ゾウのすべり台に立つと、しばふ広場全体が見わたせます。
 ライオンの形をした山があり、口から入ると中はトンネルになっています。ブランコのりょうわきに二頭のキリンが立ち、ブランコをささえています。だれもいないしばふ広場に、ぽつぽつとある動物たちも、なんだかつまらなさそうです。
 花音はゆっくりとすべり台をすべりおりました。モモが下でまっていて、おりてきた花音にとびつきます。花音はそのモモとだきあったまま話しかけます。
「モモ、今日はお母さん早く帰ってくるかな」
 じつは、この二日ほど、お母さんの仕事がいそがしくて、帰りがとてもおそかったのです。お父さんがはりきって作ってくれるごはんはおいしいのですが、二人きりだと、お母さんのいないイスがぽつんとさみしそうです。
 花音は学校であったことを、いつものようにお父さんに話しながらごはんを食べて、一人でおふろに入り、ベッドに行きます。お母さんが帰ってくるのは、花音がねむってからなのです。
「お母さん、おしごとばっかり。もう知らないんだから。ね、モモ」
と、花音がいったときでした。
 モモが急に立ちあがると、なにかのにおいをかぐように、はなを空高く向け、しっぽをぴんと立てて花音の方をふりむきます。これはモモの「ついてきて」というあいずです。花音があわててリードをつかみました。すると、モモがとことこと歩きはじめました。
「モモ、どうしたの?」
 花音が声をかけても、モモはふりむくことなく、歩いていきます。花音が、前にもこんなことがあったなあと思っていると、モモは、とつぜん立ちどまり、それからまっすぐに走りだしました。
 リードをひっぱられて、花音もいっしょに走りだします。どんどん走っていくうち、いきがきれて、
「もうだめ、モモ!」
思わず目をとじたとき、花音の手から、するりとリードがぬけてしまいました。

 あわてて目をあけてみると、モモはどこにもいかず、花音のとなりにすわって、花音をとくいげに見つめていました。
 ほっとした花音は、いつのまにか、さわさわという音につつまれていることに気がつきました。ふしぎに思ってあたりを見わたすと、どっちを見ても草ばかり。しばふもすべり台もありません。
 みじかくかられたしばふのかわりに、花音のひざまである緑の草がどこまでもつづき、青草のかおりのする風が、ざあーっとふきぬけ、草原一面がまるで歌うようにゆれています。
「ねえモモ、まるで草のベッドみたいよ!」
 そういうと、花音は草原にねころびます。ほんとうに大きなベッドのようで、花音のからだをやわらかくおしかえしてきます。花音は、ころころところがったり、はねたり、なんどもくりかえします。
 元気いっぱいの花音を見て、モモも大よろこびでまわりをまわって、はしゃいでいます。
「モモもいっしょ!」
 花音がいうと、モモはころんと横になり、気もちよさそうにしていました。
 だいまんぞくの花音が草原にすわりこむと、モモは大きなしたで、ていねいに、花音のあせをなめてくれました。

 気がつけば、たそがれ時の美しい夕やけ空が広がっています。しずみかけた太陽はさいごの光で西の空を赤くてらし、のこった空はぐんじょうで、一番星がほこらしげにかがやいています。
「たいへん! もうかえらないと」
 花音はぴょんと立ちあがりました。つられてモモも、からだをおこします。でも、そういえば、かえり道がわかりません。花音がとほうにくれていると、とつぜん頭の上を黒いかげがフワンととびこえていきました。
 花音はおどろいて、思わず頭をおさえます。
 モモが見すえたさきにいたのは、キリンです! キリンがフワーン、フワーンと、とびはねているのでした。
 どうぶつ園で見たキリンより少し小さい気がします。まだ子どもなのかなと思っていたら、うしろからトファーン、トファーンという音がして、なにかが二人の横を走りぬけていきました。
 またしてもキリンです。さっきのキリンよりずいぶん大きいようです。
 大きなキリンは、ひっしになって小さいキリンをおいかけながら、
「まちなさーい! じっとしてなさーい!」
いっしょうけんめいにさけんでいます。小さいほうのキリンのお母さんのようです。
 ところがキリンの子ときたら、じっとするどころか、お母さんの声に耳をかそうともせず、ますます高くとびあがります。
 これはどうしたことでしょう。あっけにとられた花音でしたが、すぐに、
「モモ、いってみよう!」
キリンの親子のあとをおいかけました。
「キリンさーん、いったいどうしたのー?」
 大きなキリンは、走りながらこたえます。
「こ、子どもが『とびはね』になってしまったんですー」
「『とびはね』って何ですかー?」
 花音は大声でたずねますが、キリンのお母さんはそれどころではないようで、
「まちなさーい!」
フワーン、フワーンとはねていくキリンの子を、すごい早さで、おいかけていってしまいました。

 花音はさっぱりわけがわからず、草原に立ちつくしていました。
 するとこんどは、ドワン、ドワンと、大きな足音が近づいてきます。
「また、なにかきた!」
 花音とモモがふりかえると、ゾウの親子がいきをきらせてやってくるではないですか! それだけではありません。りっぱなたてがみをなびかせた大きなライオンが、ザザザ、ザザザと、いさましく走ってきます。そのうしろには、ころがるように走る三びきの子どもたち。
「ゾウにライオン!?」
 花音はびっくりしましたが、ゾウとライオンも、モモと花音を見てびっくりしたように立ちどまりました。
「たいへんなことになったわ!」
 花音は、みをすくませながらモモのほうを見ると、モモはまるでおさんぽでご近所の犬に会ったときみたいに、ゆっくりしっぽをふっています。
 それからどうどうと、花音をかばうように前に立ちます。するとゾウとライオンは少し安心した顔になったように見えました。ゾウが口をひらきます。
「キリンの親子を見ませんでした?」
「キリンさんたちなら、さっきあっちに走っていきました。でも、『とびはね』がなんとかって……」
「ああ、やっぱり!」
 ゾウとライオンは、なっとくしたというようすです。
「あの、『とびはね』って、何のことですか?」
 ふしぎそうな花音に、ゾウのお母さんがこたえます。
「この草原の草は、とってもぶあついんです。ですから、この草原で生まれた子どもたちは、草の上をとびはねるのがだいすきなんです」
 花音もさっき、たくさんあそんだので、よくわかります。
「とびはねると、なにかいけないんですか?」
 花音がきくと、こんどはライオンのお父さんがおしえてくれました。
「そうですね、ちょっととびはねるだけならいいんです。ただ、草原の草にまじって、『はねた草』という草がはえているんです。見た目もあじもほかの草と見わけがつきません。子どもがうっかり『はねた草』を食べると、とびはねるのが止まらなくなってしまうんです」
 ライオンのお父さんは、こまったことだという顔をして、つづけます。
「はねた草を食べた子は、とびはねるだけでなくて、まほうにでもかかったみたいに、空高くとべるようになるのですよ。そして、もっと高く! もっと高く! と、いつまでもいつまでも、とびつづけてしまうのです」
「うちの子も……」
そういって、ゾウのお母さんは、長いはなで子どものゾウをだきよせました。「『はねた草』を食べてしまったときは、ドワンドワンと地ひびきがすごくて、ネズミさん一家が、あわててにげていきました。ごらんのとおり、りっぱなからだですからね」
「わがやでは、この三びきのいたずらっ子がいっぺんにはねだしたから、もうたいそうなさわぎでしたよ。ライオンも、ときどきは草を食べますからな。その草が『はねた草』だったというわけです」
 いまも三びきで、じゃれてあばれまわっているライオンの子どもを、じまんでたまらないという顔で見ながら、ライオンのお父さんもいいました。
「その『とびはね』は、どうやったらなおるの?」
 ゾウのお母さんは、ちょっとこまったようにいいました。
「じつはね、ほうほうはわからないんです。でも、たいてい半日くらいとびはねつづけたら、つかれて、しぜんとおさまっていきます」
「それじゃ、あのキリンさんの子も、もうそろそろやめたくなるのね?」
 花音はほっとしていいました。
 西の空の明かりはとっくにきえ、お月さまが明るく草原をてらしています。
 するとライオンのお父さんは頭をふって、
「それが今日で二日目なんです」
「えっ、二日も!」
 花音だったら一日だってもちません。
 ライオンのお父さんが、やれやれというようすでいいました。
「ほんとうに、キリンさんのところのぼうやは、この草原でもゆうめいな食いしんぼうだから、おなかいっぱい『はねた草』を食べてしまったんでしょうな」
 ゾウのお母さんもライオンのお父さんも、ひとつためいきをつくと、
「とにかく、おいかけてみましょう」
といって、走りだしました。花音とモモもつづきます。
 さすがに、ゾウのお母さんも、ライオンのお父さんも草原にもなれたもので、いきおいよく走りますが、子どもたちはどこかたよりなく、ポンポンとはずむようについてきます。花音もひっしですが、うまく走れません。モモはそんな花音を心配して、横を走ってくれますが、ずいぶんなれた足どりです。
 ようやくキリンの親子においつきました。
 キリンの子はもう走りまわっておらず、
 ポーン、ポーン
おなじ場所で、楽しそうに高い空をめざしてはねています。ちっともつかれているようには見えません。でも、キリンのお母さんは、だいぶんつかれているようです。
「ぼうや、もうねんねしましょう」
「やだやだ、もっと高ーく、高ーく!」
 聞く耳をもちません。キリンのお母さんは、
「どうしたら、とびはねるのをやめてくれるのかしら」
長いまつげをふせ、かなしそうにつぶやきます。
 花音とモモは顔を見あわせました。なにかよいほうほうはないのでしょうか。
 花音のお母さんは、花音がねむる前にいつも、本を一さつ読んでくれます。でも、ここには本はありません。
 花音は、小さいときお母さんがしてくれたことを、いっしょうけんめい思いだそうとします。今よりもっと小さいころは、お母さんがよこにいてくれただけで、ねむれたけれど……。そこまでかんがえて、なにかもうひとつ、大切なことを思いだせそうで思いだせず、もやもやします。
 するとモモが、
「くーん、くん」 
と、のどをならしはじめました。やさしく歌うような調子です。それを聞いていると、花音は気もちがなごんでゆったりしてきました。そして、
「あ、この歌知ってる!」
花音も知らず知らずのうちにおなじメロディーを口ずさんでいました。
 そうです、これは、花音が小さいころ、いつもお母さんが歌ってくれたこもり歌です。

  おひさまねむって おつきさま
  よいこは ねんねのじかんです
  ねんねんねんねん ねんねんよ

 キリンの子は、まだ楽しそうにはねています。
 花音は少し声を大きくして歌いました。

  かわいいおてても
  かわいいあんよも
  おやすみなさい
  ねんねんねんねん ねんねんよ

 キリンの子がちらりとこちらを見ました。
 花音は歌いつづけます。
 モモもゾウもライオンも子どもたちも、だまって、花音の高く細い歌声に耳をかたむけます。
 いつしかキリンのお母さんも花音にあわせて歌いはじめました。

  おひさまねむって おつきさま
  よいこは ねんねのじかんです
  ねんねんねんねん ねんねんよ
  かわいいあんよも
  かわいいしっぽも
  おやすみなさい
  ねんねんねんねん ねんねんよ

 やわらかで、あたたかな歌声です。キリンの子のはねかたが、少しゆっくりになってきました。
 花音とキリンのお母さんの歌が草原にやさしくひびきます。
 気がつくと、キリンの子がとびはねるのをやめていました。そして、長い足をおって、頭をぐんとのばしておしりにおくと、じっと歌を聞いています。
 そして、キリンの子は、とうとう小さなねいきをたてはじめました。
 キリンのお母さんは歌いつづけながら、そっと足と首をまげ、キリンの子によりそいます。
 花音とモモはほっと安心しました。そしてあたりを見れば、ゾウもライオンも、子どもたちも、みんなねむっています。花音もモモも、よりそうようにして、やわらかい草のベッドで、いつのまにかねむってしまいました。


 そよそよとゆれる風にくすぐられ目をさますと、花音はモモと二人でしばふにねそべっていました。
 たそがれ時の美しい夕やけ空です。
「たいへん! もうかえらないと! モモ、行こう」 
 花音はぴょんと立ちあがると、せなかについていたとても長い草が、するりとおちたことにも気がつかず、モモと二人、家まで歩いてかえりました。

 その夜、やっぱりお母さんの帰りはおそく、花音はベッドに入っても、なかなかねむれません。
 しばらくすると、かいだんをあがる静かな足音がして、しめてあった花音の部屋のドアが、そーっとひらきます。ろうかからもれてくる光にせを向けるように、花音はねむったふりをしていました。
 するとお母さんは、おふとんを少しよせてベッドにこしかけ、花音のせなかをやさしく、とんとんとたたきながら、ささやくようにこもり歌を歌います。花音がまだ小さいとき、そうしてくれたみたいに。

  ねんねんねんねん ねんねんよ
  かわいいかのん
  よいこのかのん
  おやすみなさい
  ねんねんねんねん ねんねんよ

 花音はくすぐったい気もちで、やっぱりお母さんだいすきと思いながら、いつしかねむっていました。

柚木一乃(ゆずき いちの)
愛媛県出身。自然保護の仕事に興味があり、北海道大学大学院地球環境科学研究科で、ネズミが土に埋めたドングリをどうやって見つけるのか、虫にかじられた葉っぱはどんな反応をするのかを研究。修士号取得。その後、環境省に入省し、今ある自然を守りながら、失われた自然をどうやって取り戻すかなど、自然保護の仕事に従事していたが、体調を崩し辞職。児童文学ファンタジー大賞奨励賞受賞をきっかけに、現在執筆活動中。趣味は手芸。愛犬の名前はもも。
安井寿磨子(やすい すまこ)
1959年大阪に生まれる。大阪芸術大学美術科卒業。版画家。銅版画集に『鰭の痕跡』『柔らかな春の海』など。装画も多く手がける。子どもの本に『まめじかカンチルの冒険』『ミツバチだいすき』『ほじょりん工場のすまこちゃん』(以上、福音館書店)など。『ほじょりん工場のすまこちゃん』の舞台となった安井製作所が実家。大阪芸術大学美術科教授。



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