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トルシエ・ジャパンを救った“動”の楢﨑正剛。予測、認知、決断が生んだ神技フロントダイブ。

あらゆる競技のトップ指導者・現役アスリートによる最高峰の理論を学べるオンライン講習会『WHITE BOARD SPORTS』。記念すべき最初の講師を務めてくれたのが、元サッカー日本代表GKの楢﨑正剛氏だ。日本人最多タイとなるワールドカップ4大会でメンバーに入り、2002年のワールドカップ・日韓大会の全4試合に渡る活躍など、日本サッカーの歴史を何度も塗り替えてきた楢﨑氏。そんな誰もが知るレジェンドが、24年間の現役生活で培ってきた最高峰の理論を余すところなく披露してくれた。第1回「“準備動作”でセービングは決まる」第2回「クロスにこそ“準備力”が生かされる」に続き、完結編となる第3回「1対1 “静”と“動”の準備動作」の模様の一部をお伝えする。

1対1でも基本となる、正しいポジショニング

サッカーにおいて、GKとの1対1は絶好の得点チャンスだ。ゴールの横幅が7.32mであるのに対し、GKが両手を広げてカバーできるのはせいぜい2m弱。物理的に考えても、枠にさえ飛ばすことができればかなり高い確率でゴールすることが可能なはずだ。GKと1対1になった場所(主に角度)やラストパスを受けた際の体勢などにもよるが、実際シューターが着実に決め切ることの方が多い。

だが、決めて当たり前と思われるプレーだからこそ「1対1はGKの醍醐味でもある」と楢﨑氏は語る。

「味方の選手やサポーターの誰もが“ダメだ、やられた!”と思った状況を一発でひっくり返せるプレーですし、止めればみんなに喜んでもらえますからね。GKとしては1対1というものにネガティブなイメージを持つのではなくて、そこに楽しみや喜びを見出せると良いのかなと思います。攻撃側は“決めて当然”という見方もされるので、良い詰め方ができれば相手にプレッシャーを与えることも十分に可能です」

サッカーはそもそも1試合中の得点数がかなり少ない競技だ。スコアレスドローも珍しくないし、決定機自体がほとんど訪れない試合もある。だからこそ、GKが試合中に一度でも1対1のピンチを防ぐことができれば、試合結果に大きな影響を及ぼすことになる。試合の流れを一気に引き寄せられる場合もあるし、決定機を逃した相手に与える心理的ダメージも大きい。

実際、現役時代の楢﨑氏も決定的な1対1のピンチを何度も防いできた。そのベースにあるのは対シュート、対クロスボール同様、やはり正確なポジショニングだ。

「間違ったポジションから出て行くことがGKにとってどれだけ不利か、そしていかに相手を楽にしてしまうかということは理解しておかないといけません。通常のシュートの時と同様、ボールと両ポストを結んだ真ん中の線上の少し前に出た辺りにポジションを取って、まず自分が良い状態でアプローチをかける。ボールが(ドリブル中の)相手の足元から離れる瞬間があるので、タッチの度にポジションを微調整して、チャンスがあれば一気に距離を詰める。極力GKの間合いで勝負できるようにするのが大事です」

1対1の場面に限ったことではないが、基本的にGKというポジションは受け身だ。どのタイミングでシュートを打ってくるか、あるいはドリブルでもう一つ運んでくるのかは相手次第となる。だが、的確なポジションから距離を詰めてコースを狭めることで徐々に相手の選択肢を限定し、自分の得意な間合いに持ち込むことは可能なのだ。

そしてもう一つ、1対1を防ぐ確率を高めるためのポイントとして楢﨑氏が挙げるのが「予測」だ。


ワールドカップ初勝利を生んだ、1本のフロントダイビング

GKと1対1になってしまう際は、必ず何かしらの原因が存在する。DFラインの裏に走られスペースにパスを出される、最終ラインの味方DFがドリブルで抜かれる、などだ。試合中はボールを持った相手選手の目線や所作、受け手となるFWの動き出しや味方DFの付き方などから数秒後に何が起きるかを予測し、次のプレーの準備をしなければならない。

「“ここに出されたら危険だ”“ここを狙ってきそうだ”というのを事前に認知した中での1対1であれば、ピンチでも精神的に落ち着いて取り組めます。また、判断良く前に出られれば、ラストパスが相手に渡る前に防げる場合もあります。ボールを見つつも全体を見る余裕を持つことが大事です」

楢﨑氏の鋭い予測は、日本が初めて決勝トーナメント進出を果たした日韓ワールドカップでも冴え渡っていた。なかでも6月9日に行われたグループリーグ第2戦・日本代表対ロシア代表の前半、⑨イェゴル・チトフのスルーパスをフロントダイビングでカットしたプレーは圧巻だった。

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日本のゴール前左45°でゴールに背を向けてパスを受けたチトフは、日本DF陣のプレッシャーを受けてゆったりと自陣方向に押し戻されるようにドリブル。一度後方へ戻すかのような雰囲気を醸し出した、次の瞬間だった。上がりかけた日本のDFラインと入れ替わるように裏に飛び出した⑲ルスラン・ピメノフへ絶妙なスルーパスを出してきたのだ。

虚を突かれた松田直樹と宮本恒靖の間をすり抜けるボール。耳をつんざくような7万人の悲鳴。しかし自国開催という強大なプレッシャーの中でも、楢﨑氏は冷静だった。飛び出してくるピメノフを間接視野で認知していたことで素早く前に飛び出し、間一髪体を投げ出してカットしたのだ。まさに楢﨑氏の言う「ここを狙ってきそうだ」という読みから生まれたビッグプレーだった。

結果として先にキャッチできたので、シュートストップとしてはカウントされない。だが、シュートを打たれる前の段階で防ぐのはGKとして最良のプレーだ。リプレイを何度見返してもチトフのスルーパスは絶妙で、ピメノフの飛び出すタイミングもぴったりだ。当時フィリップ・トルシエ監督が採用していたフラット3の弱点を突いた、狙い通りのプレーだったことがわかる。もし楢﨑氏の判断がコンマ数秒でも遅れていたら、かなり高い確率でロシアの先制ゴールになっていたことだろう。そうなればこの試合で挙げた本大会初勝利も、その後の決勝トーナメント進出もなかったかもしれない。1対1のような厳しい局面において、予測がいかに重要か。それが明確に表れたワンプレーだった。


いつの時代も変わらない、GKの役割

講義の終盤、楢﨑氏は全3回の講義を振り返る中で次のような言葉を残している。

「時代とともにサッカーのトレンドは変わるが、GKのベースの部分は変わらない」

サッカーが進化し、GKにも多様な役割が求められるようになっている昨今において、これは極めて核心をついた一言であるように思う。

この10年で、GKに求められるプレーモデルは大きく変わった。求められるプレーが「増えた」と言った方が適当かもしれない。特に足元の技術への要求は日に日に増すばかりだ。

前線からのプレッシングの精度・強度が上がったことで、それをかいくぐるための自陣からのビルドアップはより精度とスピードを求められるようになった。GKが参加して数的優位を作ろうとするプレーも格段に増え、その精密さはこの10数年で全く異次元のレベルに到達した。1990年代後半から2000年代にかけて「足元が上手いGK」として評価されていたエドウィン・ファン・デル・サール(元オランダ代表・ユヴェントス、マンチェスター・Uなど)ですら、足でのプレー機会は現在マンチェスター・シティのゴールを守るエデルソン・モラレス(ブラジル代表)の半分にも満たなかった。

サッカーの進化とともにGKのプレーも急激に変わる中で、いつしかその評価基準もブレつつあるように思う。サッカーメディアの関係者と話していても、「○○は足元も上手いから」というように、足元のプレーの良し悪しを評価項目の上位に置いていると思われる人が多くなっている。この10年で目に見えて分かりやすく変わった部分でもあるので、それがトレンドとなるのも頷ける。

だが、GKの最も重要な役割は「ゴールを守ること」であり、最重要課題は「失点を減らすこと」だ。GKが唯一手を使えるポジションであり続ける限り、これが変わることは永久にない。

エデルソンもテア・シュテーゲン(ドイツ代表・バルセロナ)もアリソン・ベッカー(ブラジル代表・リヴァプール)も、「足元が上手い」と言われるトップレベルのGKたちはみなシュートヘの対応も抜群だ。クロスボールにも的確に対処し、1対1でも鋭い予測から常にベストなポジションを取ることができる。足元の技術はもちろん現代GKにとって重要なスキルではあるが、あくまでも「ゴールを守る」というプレーに絶対的なプライオリティがあることを忘れてはならない。

「世界のGKを見るときに“武器”の部分がクローズアップされがちですが、そもそもトップレベルのGKはキャッチングやポジショニングなどの基本技術のレベルがかなり高い。選手も指導者も、そこを見逃してはいけないと思います。派手な部分だけを真似するのは難しいし、それらはあくまでも基本があってこそ可能になるものです。土台からしっかり学んで、そこに肉付けしていくかたちでトレーニングしていってほしいと思います」

全3回の講義では、楢﨑氏が現役時代に実践していたプレーの数々が映像付きで解説されている。この講義を見てもらえれば、一見派手に見えるビッグセーブも的確な読みや準備の上に成り立っていることが分かるはずだ。

歴代の日本代表GKの中でも屈指の安定感を誇り、長きに渡り第一線で活躍し続けた楢﨑正剛氏。世界と互角に渡り合ってきたレジェンドの言葉から、ぜひ多くの気付きを得てもらいたい。

また、全3回のセット購入者には、特典として楢﨑氏が主宰する「GKオンラインサロン」に参加することができる(期間限定)。GKとして高みを目指したい選手、現場に立っているGKコーチ、Jリーグで活躍している現役選手といった“GKファミリー”とともに高みを目指そう。

(文:福田悠/写真:名古屋グランパスエイト)


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