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QRコードと哲学的ゾンビ:医療システムの合理化と人間のモノ化

極端にスムーズな健康診断の現場

最近受けた健康診断は驚くほどスムーズに進行した。その妙な効率性が気になり、この記事を書くことにした。私の所持している保険証にはQRコードがついており、それを各診断を受ける前にバーコードリーダーに読み取らせることでその診断を受けたことが記録される。まるでゲームのセーブポイントを辿っているかのようだ。

振り返ってみれば、その健康診断はWebサイトでの申込から「お疲れ様でした」と言われて岐路につくまでの間、徹頭徹尾”合理的”であった。ここで言う合理的とは、「このように振舞ってください」という案内が一直線に用意されているという意味においてだ。申込完了後のリマインドメール、受付後に着替えるための検診衣、一つの診断が終わった後の「次は〇階」にお進みくださいという案内...。宮沢賢治の「注文の多い料理店」の客のように、指示通りに私は身体を動かした。

西洋近代に由来する徹底的な「合理化」の浸透

私は医学の専門家ではないため学術的に正当な区分であるかは定かではないのだが、医学はその知識体系を「西洋医学」と「東洋医学」でくくることができるという。「健康診断」というビジネスパーソンに強制されている習慣的医療診断は、当然ながら”科学的エビデンス”に基礎づけられた「西洋医学」のもと行われている。
我が国においては、その待遇や社会的地位の魅力から学力のトップ層がその世界を支えている。つまり、西洋医学は高度な知性がリソースを投じるに値するもので、実際に投じられているというのが実情であろう。

では、そのような卓越した知が構築し、今もなお構築し続けている現代の医療システムとは、どのような形式をとっているのだろうか?

医療の外で人文的コンテンツを頭に入れた私のような人間からすると、その医療システムとは、”純粋に人間をさばくため(配荷するため)のシステム”だ。つまり、Amazonが受注した大量の商品を流通させるためにスムーズに荷物をさばくかのように、受付を済ませた被診断者を医療システムの案内でスムーズに処理していくという仕組みになっているということだ。

健康診断を受ける被診断者は、”さばく側”の看護師からは何かを感じたり考えをめぐらすような意識的存在者として扱われない。彼ら/彼女らは、我々が仮に意識を持たないいわゆる「哲学的ゾンビ(スワンプマン)」に変身していたとしても、注射を刺す直前に「チクっとしますよ〜」と少しトーンを上げた声を出して処置を施すだけなのだ。

システム化された健康診断の現場では、もう我々は「他人に心はあるのか?」という心の哲学の難問(アポリア)に頭を悩ます必要などない!

なぜなら、健康診断のシステムにおいては被診断者を定量的な指標をもとに”正常”と判定するだけであるからだ。結局のところ、我々は他者の”こころ”をその表情や身体の振る舞い、「痛くないです」といった言語情報から判断するしかないのであって、内的意識がどのように思考しているかをブラックボックス化せざるを得ない。

人に生きてもらうための権力──生-権力

「ビジネスパーソン全員に健康診断を受けてもらう」という保険制度は、普段身体を顧みない国民に健康でいてほしいという純粋な”善意”による思想的背景があるかもしれない。また、全員を受けさせるだけの処理のキャパシティーを確保する必要があるため、システムが計画的に運用されているのは当然である。

これは、人々に身体的な刑罰を与える可能性を示唆することによって統治する「権力」ではない。人々に”長く生きてもらうための権力”、フーコーが指摘する「生-権力(bio-power)」の作動なのである。

しかし我々にとっては、医療システムの従事者たちからQRを読み取られ、各診療を順番にこなす「哲学的ゾンビ(スワンプマン)」として取り扱われることは、実は喜ばしいことだ。なぜなら、”あなた”という”個”を心配されないということは、健康を心配されていないこと、健康そのものを意味するのだから。

考えるための材料・参考文献

大澤真幸『生権力の思想──事件から読み解く現代社会の転換』ちくま新書、2013年

宮沢賢治『注文の多い料理店』新潮文庫、1990年

信原幸弘編『ワードマップ 心の哲学: 新時代の心の科学をめぐる哲学の問い』新曜社、2017年

↓は図書館とかで探して、目次見ておもしろそうなとこだけでも読んでみると何かしらの知的発見があると思います
ミシェル・フーコー『フーコー・コレクション 全7冊セット』ちくま学芸文庫、2006年

※なお、上記リンクはAmazonアソシエイトで発行したリンクです。

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