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【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(3)-長期化する戦争の波紋(柳澤協二氏)

 柳澤協二元内閣官房副長官補・防衛研究所所長から、ウクライナ危機についてリアルタイムで情勢分析・提言をいただく緊急寄稿の第三報をお寄せいただきました(※内容は3月12日時点のウクライナ情勢に基づきます)。

(第二報はこちら
『【緊急寄稿】ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(2)―「戦場の霧」で試される、ロシア・日本・国際社会(柳澤協二氏)』←Click)

 「戦場の霧」にはまり当初の想定を見誤った様子のロシア軍は、ウクライナの首都キエフへの総攻撃に向けて勢力を結集する構えを見せています。戦闘開始から3週間が経過し一層長期化する戦争は、日本と国際社会を否応なしに有事の体制に引き込みます。戦争の性質から、ウクライナ危機をめぐる今を見つめます。

■戦争の長期化が変える"勝利"の定義

 ロシアの侵攻から2週間、ロシア軍が首都キエフに迫っています。病院などの民間施設への攻撃が拡大し、国外に退避する難民も200万人を超えました。連日、破壊された街や難民の悲惨な映像が流され、ロシア非難とウクライナを応援する国際社会の動きが広がっています。でも戦争は止まらない。

3月11日ウクライナ・キエフにて。キエフから避難する列車に乗る子ども。

 当事者による停戦会議も開かれ、トルコが仲介する外相会談もありましたが、ロシアは、武装解除と中立化という事実上の無条件降伏を求め、譲る気配はありません。第2報の末尾で触れた「東部とクリミアの支配承認という新たな条件が『落としどころ』になるかも」という淡い期待は消えました。戦争を始めた側にその気がなければ、交渉で戦争を終わらせることはできないのです。そしてプーチンは、ウクライナの降伏・政権の打倒という目的を達成するまで、戦争をやめる気がない。

 東部では、ロシア軍が市長を拘束したというニュースがありました。空爆はウクライナ西部とキエフ南方の空港に及んでいます。ウクライナ軍の抵抗を支えているのは、欧米からの兵器の供給です。ロシアは、キエフ突入の前にこの補給を遮断したい思惑がある。そしてキエフでも、ゼレンスキー政権の要人を拘束して政権を排除しようと思っている。しかし、それでもウクライナの人々が抵抗をやめなければ、戦争は終わらない。侵略者が目標を達成しても、今度は抵抗者がそれを受け容れなければ、戦争は続くのです。

 戦争を終わらせることは、始めるよりはるかに難しい。クラウゼヴィッツ(第2報で前出)が言う「戦争の三位一体(戦争を辞さない<国民感情>・「戦場の霧」を克服する<将帥(しょうすい)のアート>・戦争目的を誤らない<政府の理性>)」に当てはめて考えれば、ロシアは、第2報で述べた通り戦場の霧に巻き込まれ、政府の理性を欠いています。こうした戦争を破局に導くのは、”戦争を拒否するロシアの国民感情が指導者を追い詰める”というシナリオしかないように思えます。そのために、どれだけの数の”兵士の棺”が並ぶのでしょうか。政府が理性的でなければ、国は亡びるのです。

3月9日 ウクライナ・リビウにて。リュチャコフ墓地でのウクライナ兵の埋葬。

 今の戦況に戻れば、キエフ周辺の制空権がカギと言われています。ポーランドが持つ旧ソ連製の戦闘機をNATOに譲渡し、NATOからウクライナに提供する案も検討されましたが、ロシアと直接の戦争をしたくない米国によって却下されました。しかし、ロシア軍の対空砲火の中で、戦闘機の作戦は困難です。むしろ肩撃ち式のミサイルが効果を発揮しているようです。ただこれも、多数の空軍機によって丹念に潰されるか、破壊力が大きい気化爆弾などが使われれば、やがて抵抗力を失います。”キエフ陥落”は、”時間の問題”かもしれません。それでも、戦争は終わらないと思います。

 プーチンの嘘には辟易しています。ロシアが国連安保理で持ち出した”米国の援助による生物兵器開発疑惑”も、全くの嘘だと思います。私は、怒りと憎しみを禁じ得ません。ウクライナには抵抗してほしい気持ちがあります。しかしそれは、例えば、ロシアが生物兵器などの残虐な兵器を使うなど、より残酷なシナリオのきっかけになってしまうかもしれません。その時、世界はどうするのでしょうか。

 欧米は、ウクライナ領内のロシア軍に対する懲罰的な攻撃を示唆するかもしれません。しかしそれは、ロシアとの戦争を覚悟することですから、容易ではないと思います。また、懲罰しても、失われた兵士や市民の命は戻ってきません。

 プーチンに戦争を終わらせるには、軍事的に敗北させることが近道ですが、無理かもしれない現実があります。それなら、軍事的に勝利しても政治的に敗北させることを考えたいと思います。戦争とは、クラウゼヴィッツが言う「政治目的達成のための暴力」ですから、勝っても政治目的を達成できないことになれば、戦争は無益だからです。

■新たな局面で問われる国際世論

 ウクライナ情勢は、”キエフ陥落”と”残虐な兵器の使用”という新たな局面を迎えようとしています。我々が確実にできることは、経済的制裁と、国際世論による反撃です。国連総会は、ロシアに対する最高度の非難決議を準備するでしょう。国際刑事裁判所によるプーチン個人への戦争犯罪の訴追もあると思います。

3月15日 ウクライナ・キエフにて。破壊された住宅と立ち尽くす消防士。

 前回の国連の非難決議では、中国、インドのほかアフリカなどの独裁的国家と中南米の反米的な国が棄権に回りました。ウクライナが健在で戦争が続いている間は、”双方に停戦を呼びかける”ことも可能でした。しかし仮にキエフが陥落し、政権が打倒されることになれば、国家として承認したウクライナが武力で崩壊するわけですから、これを是認するわけにはいかないはずです。また残虐な兵器の使用も、"どちらが戦争を始めたか"とは別の”禁じ手”ですから、まともな国なら非難せざるを得ません。だからこれは、独裁対民主主義とか、反米対親米という”価値観”ではなく、主権国家の”普遍的道徳”の問題なのです

 国際世論がこうした姿勢を示していくことが、ロシアの常軌を逸脱した行動をいさめることにつながり、ひいては、ウクライナに対する支援になるのだと思います。

■“武装”する経済 ― 経済制裁と経済安全保障

 経済制裁は、ロシアとの財・サービス・通貨の流れを遮断する包括的なものへ発展しつつあります。ロシアに資本を投下した企業の休業・撤退の動きも加速しています。欧州や日本経済にも確実にダメージが及ぶ強力な制裁です。プーチンは、撤退企業の資産を没収するという脅しをかけていますが、”私的資本の国家権力からの保護”は、資本主義の大前提です。ロシアが外国資本の資産を没収すれば、もはや投資先としても取引先としても相手にされなくなるでしょう。

 問題は、“いつ制裁を解除するか”です。核開発への制裁なら、核を放棄すれば解除される。戦争への”懲罰”としての制裁は、戦争を起こしたロシア自身が敗北を認めなければ解除しようがありません。ましてロシアが軍事的に勝利すれば、政権打倒という違法状態が続くのですから、制裁解除の条件がありません。

 だから、西欧やG7諸国の制裁は、論理的には、長期にわたるロシアの経済的孤立をもたらします。その中から、”一国の経済は国際的相互依存なしには成り立たない”という教訓が生まれ、”戦争は得にならない”という人類が歴史上何度も直面した単純な事実が再確認されるのかもしれません。あるいは、”経済的孤立”を政治目的達成の手段として、武力の代わりに用いる時代が来るかもしれません。いずれも、戦争に関する大きなパラダイム・シフトです。

 ロシア経済を孤立させると言っても、世界のGDPに占める比率は1~2%です。主な影響は、世界の輸出量の1割といわれるエネルギー資源に表れます。欧州のロシアへの依存度は30~40%に上ります。EU(欧州連合)は、これを5年後にゼロとする決定をしました。そこでは、3つの対応が求められます。新たな供給元、代替エネルギー、そして省資源化です。日本にとっても、他人事ではありません。エネルギーや鉱物資源のほとんどすべてを輸入に頼り、食糧自給率も3割台の日本が、今後どう生き残るかが問われています。

 供給元について見れば、新たな相手はいません。混迷する中東情勢や競合する中国との囲い込み競争もあります。まずは、中東の安定と中国を含む国際社会の協調が、安定供給の条件になります。代替エネルギー、省資源のための技術開発は、今後の経済成長をリードするかもしれませんが、需要を賄えるものではない。求められているのは、”飽食と電力による快適な生活”をどこまで切り下げるか、だと思います。私のような年寄りにはさほど難しくはありませんが、働く人や弱者にしわ寄せがいかないよう、どうやって生活を転換していくのかが問われています。それは、コストダウンを求めて競争万能主義に陥った資本主義のパラダイム・シフトを意味します。

3月8日 ウクライナ・リヴィウにて。リヴィウ駅付近の焚火で暖を取る人々。

 さて、ウクライナ本体の情勢が動いていますので、台湾問題や米中対立への影響を考えるのは、もう少し先になりそうです。キエフが健在であることを祈りながら―。

【執筆者紹介】
柳澤協二(やなぎさわ・きょうじ)
東京大学法学部卒。防衛庁(当時)に入庁し、運用局長、防衛研究所所長などを経て、2004年から09年まで内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)。現在、国際地政学研究所理事長。

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 depositphotos 「ウクライナでのロシアの戦争についての真実」 ←Click

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