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中沢新一著『精霊の王』を精読する(1)

これまでしばらくの間、中沢新一氏の『レンマ学』を精読していたのだけれども、ついに読み終えてしまった。

もう一度読めば良いのだけれども、せっかくなので別の本を精読してみることにする。同じ中沢新一氏の『精霊の王』である。

『精霊の王』については前にnoteにまとめたことがあるが、今回は「精読」してみることにする。

『精霊の王』は中沢氏による2003年の著作で、『レンマ学』を遡ること10数年前の話である。


『精霊の王』には「レンマ」という言葉は出てこない。

しかしよく読むと、「精霊の王」である「シャグジ」や「宿神(シュクジン)」と呼ばれる精霊活動するフィールドとして描き出されていることが、『レンマ学』でいう純粋レンマ的知性の活動の場(純粋レンマ的知性がレンマ的知性とロゴス的知性のハイブリッドへと圧縮された知性の活動の場)にそっくりである。

『精霊の王』のでは、「レンマ」と言う言葉ではなく、「創造の空間」「後戸」「構成的権力」「秩序や体系の背後に潜んで、背後から秩序の世界を揺り動かし、励起し、停滞と安住に向かおうとするものを変化と創造へと、駆り立て」ること、「変成させる魔力」などなどといった言葉で呼ばれていること。

それは私たち人類の心においてレンマ的知性とロゴス的知性のハイブリッド・システムとして動作するシンボル変換装置の姿を呈している知性である。

ちなみに「レンマ」とはどういうことかについては、上記のnoteに書いているのでご参考にどうぞ。

簡潔にまとめると、レンマとは、ロゴスと対立関係に置かれる言葉である。

ロゴス的知性というのは互いにはっきりと区別できる物事を一列に並べることで「考えた」とする知性である

対するレンマ的知性というのは互いにはっきりと区別されていたはずの物事たちを結びつけ、重ね合わせ、異なったまま同じということにするという圧縮を行う知性である。

人間の日常の表層の安定した意味の世界を支えているロゴス的な知性の線形性に、レンマ的な知性の運動性が入り込むことで、詩的言語のような、比喩と象徴、要するに新たな意味の生成運動が動き出す。

もっと言えば、ロゴス的知性というのは、レンマ的知性の「変異体」であると中沢氏は書いている。

レンマ的知性の、区別しつつ自在に同じにする(等置する)、つまり切り分けつつくっつける働きを、一定のパターンでの区別と置き換えの手続きに切り詰めたのがロゴスだという。

精霊の王「宿神」は創造あるいは変容を司るパワーを持つものとして、後世まで信仰されてきた。

特に「芸能」と「技術」に携わる人々の間で、生身の人を神に変容させる力や、物質を変容させる力を活性化するものとして重んじられたという。

即ち、シャクジ=宿神は「秩序や体系」の「背後に潜んで」「自分自身を激しく振動させ、励起させることによって、世界を力動的なものにつくりかえていこうとする」精霊である。

それは「「創造の空間」を擁護し、その様式と内容を不断に発達させ続ける守護精霊として、深い愛と尊敬を持って信仰されてきた」という(p.Vii)。

『精霊の王』のプロローグに次のようにある。

精霊の王=シャクジは「いまや完全に失われてしまった遠い過去の文明を生きている精神のかけら」である(p.v)。

また次のようにもある。精霊の王=シャクジ=宿神…は「日本列島にまだ国家もなく神社もなく神々の体系すら存在しなかった時代の精神の息吹を伝える、「古層の神」の活動の今に残されるわずかな痕跡」である(p.v)。

シャクジと呼ばれる石の神は、現代人のそれとは「異質な構造をした人間の精神の活動」の中に出現したものである。

「その石の神の周辺からは、現代の私たちには正しく理解することは愚か想像することさえ困難な、異質な構造をした人間の精神の活動からたちのぼる、不思議なノイズがざわめいていた。」(p.v)

ここで、人間の精神について、現代の文明の精神と、遠い過去の文明を生きた精神とが対比されている。

そして前者の現代の文明の精神とは「国家」が形成された後の精神、国家の下で育てられる人間の精神である。そして後者の遠い文明の精神とは「国家」以前の精神ということになる。

これを『レンマ学』の言葉に置き換えるなら、前者を、レンマ的知性とロゴス的知性がハイブリッドになった人間の心のうち、特にロゴスの側面が前面に立つパターンである、ということができるだろう。

逆に後者を、レンマ的知性とロゴス的知性がハイブリッドになった人間の心のうち、特にレンマの側面が前面に立つパターンである、と言えるかもしれない。

中沢氏はシャクジ=宿神=石神などと呼ばれる「この精霊は地球的規模の普遍性をそなえ」ている、と書く。(p.vi)

シャクジという精霊を出現させる人間の精神の構造は、国家以前の日本列島に固有の特異なものではなく、地球規模の、あらゆるホモ・サピエンスに共通する「普遍性」をそなえたものだという。

シャクジを出現させる人間の精神の構造というのが即ちレンマ的知性が前面に出たロゴス+レンマのハイブリッド知性なのだとすれば、それが活動するフィールドは、場所や時間を選ばず、全ての人類の心に形成されうる可能性がある。

つづく

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