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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter23

ストリート オブ ファイヤー ~ トヨタ Mark X 350S 2011年式 ~
Streets of Fire  ~ Toyota Mark X 350S 2011 ~

春分を迎えても 北風は勢力を保っている
ボレアス(北風の神)が故郷に帰るのは 未だ先のようだ
フロントウィンドウに吹き付けられた 
彼の息吹は
必死に 僕の行く手を遮ろうとしているようだ

一時間前・・・

仕事から帰る途中で
助手席のスマホが鳴った 
母さんからだった
 
「Mariちゃんのとこ 学級崩壊だって・・・」

相変わらず いきなり本題に入る 
間違い電話でもしていたら 
少なくとも 
相手は5分間 マシンガントークを聞くことになる

いつもなら 
上の空を決め込むのだが
”Mari”の名前が僕を 10年前に誘った

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高校時代の僕の隣には 
村上春樹をこよなく愛するMariがいた
Silverの縁なしメガネに 
ロングストレートのカノジョは 
国語の教師になることを夢見ていた 
因みに・・・ 
そのころの僕の夢は カーレーサーだった

「小学生の夢ね・・・」
僕の夢を笑うカノジョに 
「男のロマンを笑うな!」と 真面目に抗議した
 
しかし・・・
男のロマンは あっけなく散り 
バックミラーには 
疲れた顔の 平凡なサラリーマンがいた

一方・・・ 
夢を実現させたカノジョは 
母校の国語教師になっていた

都会の大学に進学して そのまま就職した僕と
地元に残ったカノジョ 
その距離 800km・・・
心のつながりを留めておくには あまりにも遠かった
 
フェードアウトした僕らだったが
それでも  
”羊”とか”ノルウェイ”と言う単語を耳にする度に
僕は カノジョを感じた

Mariと過ごした青春時代の思い出は
心の扉の いつも最前列にあった

Tonight is what it means to be young

そんなカノジョが 
窮地にあると知った僕は 
行き先を自宅から 故郷に変えた
 
車で9時間・・・
リアス式海岸の漁師町へ

夜通し走り続ける MarkXの3.5L V型6気筒エンジンは
僕の気持ちを増幅させるように 
優しく そして勇ましく廻った

朝日が昇るころ 母校に到着した
校庭の片隅に MarkXを停めた僕は 
浜の香りを楽しみながら 
うとうと眠りについた

「センコーは 引っ込んでろ!」

突然の怒号!!
秒針の運動能力が劣っている 
スローライフなこの街に なじまない暴言は
男子生徒に囲まれた メガネのMariに向けられていた

成長したカノジョに 
ヴィーナスを感じた時・・・

"Pashieeeeen!

一人の学生が カノジョの顔を叩いた 

Silverのメガネが宙を舞った瞬間・・・
僕の中の 
理性が ショートした

”Farrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrn”

MarkXの フェラーリフォーンが学校中に響き渡った

だれもが 呆気にとられる中 
車から降りた僕は 学生たちに言った 

「先生に なにをしてるんだ!」

同時に・・・
4人の男子生徒が反応した 
どうやら 僕を標的に変えたらしい

四つの拳をかわしながら 僕は 彼らの頭に拳固を入れた
平凡なサラリーマンでも 
峠で培った動体視力は 伊達ではない

「二度と 先生に手を出すな!  MarkXが監視してるぞ!」

シュンとした彼らは 先生に謝罪した
 
「ありがとうございました・・・ 助かりました」 

メガネを無くしたカノジョは 
僕に気付いていない・・・

名乗ろうとした そのとき・・・ 
僕は カノジョの左薬指に輝くものを見た
 
「ララバイ!」
MarkXは 逃げるように母校を後にした

カノジョの世界は もう違う・・・
僕はトム・コーディ(Michael Pare)のように 
痕跡を残すことなく 
静かに 街を出た

段ボールいっぱいの ”せとか”が届いたのは 
一週間後のことだった

「ララバイなんて言うのは 貴方だけよ・・・」

甘い”せとか”が 心に沁みた 



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