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映画と車が紡ぐ世界chapter130

ベルリン・天使の詩 ランボルギーニ・ムルシエラゴ  2010年式
Wings of Desire Lamborghini Murciélago 2010


勇気を出して カノジョに告白しよう
そう思い始めて 3年
今日 カノジョは 東京の大学に進学するため
この街を出ていく
今日しかない・・・
この街で 父の自動車整備工場を継ぐ僕に残されたラストチャンス
列車の発車する1時間前には 
駅でカノジョを待っていようと思っていた ところが・・・
 
「急きょ 磨かなきゃいけない車が入った 手伝ってくれ!」
父から 相変わらずの無茶ぶり
今日だけは勘弁してくれと 言いたかったが 
男一人 僕を育ててくれた父に そんなことは言えるはずもない
クリーニング程度なら 何とかなるだろうと
作業場に入ると そこには・・・

ランボルギーニ ムルシエラゴ!

カタログでしか見たことのない スーパーカー
威風堂々とした猛牛は エンジンが停止されているにもかかわらず
すさまじいオーラが 溢れていた

感激の暴風が吹き荒れたあと 僕の冷たい汗が流れた

こいつは 時間がかかる・・・

健康的な栗色のロングヘアーを 
フワリ サラリと躍らせながら 走り去っていくカノジョ・・・
そして 僕の視界は モノトーンになった

いつも こうだ・・・
天使は 憂鬱な人に元気を分け与えるために
後ろからそっと手を差し伸べる
大きな奇跡とはいかないが 
ほんの少し 心が暖かくなるようなミラクルが生まれる
これで 人は明日を生きることができる
『ベルリンの天使』は そう言っていたではないか・・・

しかし・・・
僕の背後には ムルシエラゴのように
真っ黒なデビルが 取りついているのだろう


「何を ぼっとしているんだ さぁ 頼んだぞ!」

父の言葉だけが 赤黒いオノマトペとなって 僕の前に浮かんだ

ランボルギーニ ムルシエラゴ!
 お前のおかげで 僕はカノジョを失いそうだ・・・」

作業中 僕は 車に話しかける

ランボルギーニ ムルシエラゴ!
 いや・・・ホントのところ 
 僕はカノジョと 付き合っては いないんだ・・・」

磨くほどに どこまでも漆黒なボディが 僕の心を吸い込んでいく

ランボルギーニ ムルシエラゴ!
 実は・・・
 ちゃんと話したこともないんだ ずっと同じクラスにいたのに」

作業中 どこから聞きつけたのか 
地元の常連5人衆(みんな父の飲み友達ばかり)が 
ムルシエラゴを見にやって来た

「なんでこんな田舎に スーパーカーがあるんだ?」

僕は父親から聞いた 顛末を話す
 
「このランボルギーニ ムルシエラゴは 
 不動産会社の社長さんの車なんだ 
 友達の結婚式に サプライズで用意されたんだけど
 昨日の大雨の中 山道を通り抜けてきたもんだから 泥だらけ!
 そこで 急きょ明日の結婚式までに 
 ピッカピカに仕上げてほしいと 駄々をこねた
 その結果 このランボルギーニ ムルシエラゴは今 ここにいる
 おかげで 僕のスケジュールは 台無しさ!」

すると 5人は声をそろえて言った
 「坊主に スケジュールなんてあるの?」

失礼なおじさんたちだ!! 
もう18歳になるんだ 坊主でもなけりゃ スケジュールだってあるさ!

「お前にはわかるよな! ランボルギーニ ムルシエラゴ
ウィンドウを磨きながら 囁いた

外が うっすら暗くなり 一番星が輝き始めたころ 
ようやく作業は完了した
その時・・・
真っ黒なロングコートを羽織った男が
作業場の入口に立っているのに気付いた 

!!

「作業は 終わったかね?」
悪魔に見えた それは 不動産会社のシャチョウさんだった

「えぇ たった今 終わりました
 みてください あなたのランボルギーニ ムルシエラゴ
 曇り一つない 漆黒の鏡面に仕上がってますよ」

男は ぐるりと 車をひと廻り 
満足そうに 何度も頷いている

『どんなことがあっても妥協はするな』
母さんが死んだときも 父さんは仕事をしていた
そんな父のポリシーが いつの間にか僕の中にも流れていた
カノジョのことを忘れて 仕事に没頭していた
依頼人の笑顔を見てホットしたそのとき 後悔の念が押し寄せてきた
もう カノジョと 一生 逢えないだろう・・・

♪ Angel Eyes Ella Fitzgerald ♪

「見事な仕事だ ありがとう」
モノトーンの世界の僕に シャチョウさんは頭を下げた

「このランボルギーニ ムルシエラゴ 大切に乗ってあげてください」
そう言って キーを渡しながら最後に猛牛に声をかけた

「じゃぁな ランボルギーニ ムルシエラゴ!」

その瞬間!! シャチョウさんがニコリと 微笑んだ

「やったね!」

?!

僕には 言葉の意味が分からなかった

「ん~ 仕事の腕はいいんだけど 君 ノリが悪いね! 
 ”めぬけのからしじょうゆあえ”って知らない?」

「めぬけ・・・?」
困惑する僕に シャチョウさんが言った

「知らないの? あっそっ!」
シャチョウさんは きりっと姿勢を直し 胸を張った

「実は 私は天使なのです
 君は幸運の合言葉を10回 唱えました
 だから 君の願いを一つ叶えてあげましょう!!」
 
何がなんだかわからない・・・途方に暮れていると
「ん~ もうっ! 
 ノリだけでじゃなくて 頭の回転もよくないね!
 君は ”ランボルギーニ・ムルシエラゴ”って 
 1日に10回唱えたでしょ!! これが幸運の合言葉だった訳!」

どうやら おめでたい人のようだ
そう思った僕は 
シャチョウさんに 合わせて早くこの状況から抜け出そうと思った

「それなら 時間を今日の朝に戻してほしい」
ムキになって言った

「違う! 違う! それは 君のホントの願いじゃないでしょ!
 第一 そんなことしたら またこいつが泥だらけに戻っちゃうよ!」

そう言うと シャチョウさんは ムルシエラゴに乗った

「君の本当の願いを 叶えてあげよう!」

Brorrrrrrrrrrrrrrrrr!

漆黒の猛牛は 爆音と共に走り去った
やっと 行ったか・・・ ホッとした瞬間 作業場の入口に 人影・・・

!!

カノジョが立っていた
「ずっと 伝えたいことがあったの でも 言えなくて・・・
 仕方ないかな・・・って思ったんだけど
 昨日の大雨で 電車が動かなくって・・・ 
 それで・・・ それで・・・ ずっと 貴方がスキでした・・・」

背中から肩をポンと誰かに押されたような気がした

「僕も・・・」

Brorrrrrrrrrrrrrrrrrr!
遠くで ムルシエラゴのエギゾーストが響く中 
僕の視界が フルカラーになった


※「めぬけのからしじょうゆあえ」は 
 私の大好きな ”半村 良”先生のお話です・・・


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