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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter52

メン・イン・ブラック~ フォード LTD クラウン ビクトリア 1986年式 ~
Men in Black  ~ Ford LTD Crown Victoria 1986 ~

加速する過疎の街に
たった一つの駅舎前・・・

全長 5385mmの堂々としたBlack Bodyの
1986年式 Crown Victoriaは 
自動車というより
何百年も前から ここあり 
この街の歴史の一部のように想えた

運転席から降りたのが 
サングラスに 黒いスーツを纏った男ならば
少なからず 周囲の人に緊張が走るだろう
しかし 白いTシャツにネイビーのジャケット
銀縁眼鏡の僕に そんな威厳はない 
ただ・・・
この街では 僕が自信を失うことはなかった
そもそも 通りに人がいないのだから・・・

ハーフティンバー様式の駅舎と一体になった 
Cafeの扉を開けると
ジュークボックスから流れるオールディーズと
サイフォーンの音が僕を迎えた

The Platters - Only You

店の中には マスターと 一組のカップルがいた

ツバに白い薔薇のレースをあしらった
グレーの帽子をかぶる女は
目の前の男の気持ちを推し量るように 彼を見つめているが
黒いステットソンのフェドラハットの男は 
視線が交わることを恐れているかのように 
窓に映る彼女に 視線を向けていた

『風邪をひかないようにね・・・』

時折 彼女は ワンセンテンスを発する
男は 遠くミルキーウェイに続く 銀河鉄道のレールでも眺める様に
『あぁ』と答える
それは 5年前の僕と カノジョを見ているようだった

『自分の力を試したいんだ』
あの時の僕は 
カノジョを残して 単身で東京に向かった

『これもお前のためなんだ』と 
カノジョに弁解したが 
心のどこかでは なれ合いになった関係から 
逃げたいと想う気持ちも存在していた
そんなとき 男は『あぁ』と 発するのだ

東京での僕は 
体力にものを言わせ がむしゃらに働いた
その結果 地位と名誉を手に入れ 新しい彼女もできた

故郷に残したカノジョの 顔が霞み始めたころ・・・
僕の身体が 壊れた 
ハードワークに 身体が耐えられなかった

都会は怖い・・・
体調不良が 表面化した途端・・・ 
東京は 僕を排除した

会社も

友達も 

そして 彼女だと思っていた人も 蜃気楼のように 消えた

そんな僕を 唯一 励ましてくれたのは 
遠い地から届いた カノジョからLINEだった・・・

心が 故郷に帰りたい・・・ 
そう叫んでいた・・・

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「最終列車が参ります・・・」
駅のアナウンスが流れた
男と女は 無言でホームに向かった

列車に乗った男の目が 潤んでいるように見えた
そこではじめて 女が叫んだ

「やっぱり 一緒に居たいっ!」

しかし 発車のベルが彼女の声を 完全にかき消した

やれやれ・・・

僕は Crown Victoriaに飛び込むと エンジンを点火した 
一気にアクセルを マックスまで踏み込む
空飛ぶ勢いで 車は列車を追った

GuoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooNN!

5km地点で列車を追い越した Crown Victoria 
一気に踏切から線路に侵入した

運転席を 降りた僕は 
ゆっくりと銀縁眼鏡を外し サングラスに替えた
そして・・・
内ポケットから
記憶消去装置(ニューライザー)ではなく・・・ 
動力制御装置を取り出し Crown Victoriaの動力に接続した

列車が迫ってきた・・・・・・・・・

Pikaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa

列車は急に動力を失い そして 停止した
運転士も 駆け付けた整備員にも 原因が全くわからなかった 

鉄道員に促され 
男が列車をおりたとき
タクシーで駆け付けた女が 男に飛びついた

「私も 連れて行って!・・・」

男は 無言のまま 彼女のあごを 軽く持ち上げ
唇を重ねた
両手は 彼女を きつく抱きしめていた 

「僕の代わりに 幸せになれよ・・・」

線路の横で二人を見ていた僕は 
スマホを取りだした・・・

「脚(Crown Victoria)が いかれちゃったので・・・
 迎えに来てもらえますか・・・」

曇天の空・・・
頭上の分厚い雲が 白く発光した・・・
脚は・・・ 
もう 地面から浮いていた




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