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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter10

ブリット ~フォードマスタング GT390 1968年式
Bullitt ~ Ford Mustang GT390 1968

フォードマスタングとの出会いは 僕が小学生の時だった
Leeのライダースジャケットが似合う叔父が乗っていた1968年型GT390
マックィーンがサンフランシスコの街中で
ダッジチャージャーとデッドヒートを繰り出した
モスグリーンのマッスルスポーツ

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冬休みになると 僕は母の実家である箱根に帰省した
祖母の田舎料理やお年玉も魅力的だったが 
僕のお目当ては 叔父とGT390 
皮のジャケットにショートホープ 
そしてポマードがブレンドされた叔父の香りと
ワインディングロードを走る6.4リッター340馬力のエンジン音が
僕のハートを熱くさせた

「いいか ヒロ! 男はカッコ良くなくちゃいけない! 
 どんなときでも!」
記憶に残る 叔父の格言

夕焼けの真鶴旧道で
倒木に乗り上げた117クーペに出会ったとき
叔父は 颯爽と車を降り
手際よく倒木を取り払うと パンクした右前輪をスペアタイヤに交換した

「どうもありがとうございます 何かお礼を・・・」
セミロングに真っ赤なヘッドスカーフを巻いた 
ツバキのように可憐な女性が 117クーペのドライバーだった
叔父はカノジョの言葉を最後まで聞かずに GT390に乗り込んだ
「今晩は雪になりそうだ そいつ(117クーペ)のためにも 
 早く帰ったほうがいい」

Brooooooo.....
何か言いたげに右手を挙げるカノジョを後に 
GT390は加速する
映画の一場面を見ているようだった
僕にとって ヒーローは 間違いなく叔父だった 

中学1年の冬は 忘れられない年になった
箱根の七曲りを下っているとき 対向車がセンターラインを越えてきた

急ブレーキ!! 
GT390のテールが暴れた
普段の叔父なら カウンターを当ててかわすところだが
その日は 明らかに反応が遅かった
対向車との衝突は かろうじて避けたものの
GT390は 宇宙飛行士の訓練マシーンのように回転すると壁面に激突・・・
僕はダッシュボードに頭を強く打った・・・

気が付くと 病院のベットの上にいた
額には マンガのようなタンコブがのっていた
廊下では叔父が 祖母に怒鳴られていた
「子供を危険な目に合わせて! ヒロに何かあったらどうするの!」
叔父が俯きながら謝っているのが見えた
僕は心の中で叫んだ
「なんで謝るの? かっこよくないよ・・・」

George Michael - My Mother Had a Brother

その日以来 僕は叔父の車に乗らなくなった
母に反対されたことが原因ではない 事故が怖いわけでも無かった
ただ叔父に騙されたような気がしたから・・・

叔父は翌年 アメリカに渡った 
GT390は廃車になり 僕は箱根の家に行かなくなった

あれから20年 
叔父が日本に帰ってくる
母からあの事故の少し前・・・ 叔父が恋人を亡くしていたことを聞いた
そんなこと・・・ 全く知らなかった

僕は 愛車の2008年型フォードマスタング・ブリットで 成田に向かった
叔父の顔を正確には覚えていない
しかし 不安はない 
到着ロビーで 一番かっこいい日本人を見つければいいのだから・・・


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