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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter53

007 ロシアより愛をこめて ~ アストンマーティン DB5 1965年式 ~
007From Russia with Love  ~ Aston Martin DB5 1965 ~

”Kiss in the dark”を 
2度オーダーする男は信用できない
Cafebar Casablanca に通い続けて 学んだ法則・・・

ひと月前から 僕お気に入りの
”007 ロシアより愛をこめて”のポスター前の席を独占する男は 
その法則に適合していた 
ヘリンボーン柄のツィードスーツの 
その男は 
スパークリングルビーのルージュをひいた女性を
いつも自分の左側に座らせていた
 
グラスの底へ向かうほど 限りなく漆黒に近づく液体が 
女の唇を濡らしながら 吸い込まれていく様を 
男は 自らの口元を人差し指でなぞりながら 眺めている

♪ Matt Monro ‎– From Russia With Love

2杯目のKiss in the darkを手にするとき 
女は 幾分細めた視線を ゆるりと右側に流す・・・
その瞬間が 男にとって至高のひと時のようだ

女が男の耳に一言 囁く・・・
すると男は誕生日プレゼントを渡された子供の様に 饒舌になる

やがて 2杯目のグラスをあけた女は 
男に向かってふわりと揺らぐ
そっと女の肩に手を回す男 ・・・と その時

♪♪♪
男の携帯電話が鳴る

目の前で ゴールデンチョコレートが売り切れてしまったかのように
悔しそうな顔を見せる男は 一言 女に声をかけ 店を後にした・・・

この光景を 僕は3度目撃した 
オルゴールのように同じ情景の繰り返し・・・ 

「大丈夫かい・・・?」
4回目にして 初めて僕はカノジョに声をかけた

「えぇ ありがとう・・・」
そう言いながら 僕を見るカノジョは 
先ほどまでの 存在感の無い女とは違った生き物になっていた
燃え上がるような情熱的な瞳は
ソビエト情報局員のタチアナ・ロマノヴァ(Daniela Bianchi)のようだった
一瞬で心を奪われた僕は 
熱情の赴くままカノジョを誘った

まだアルコールを口にしていなかった僕は
ジェームズボンドが愛用した ASTON MARTIN DB5に
カノジョを乗せると 湾岸道を南に向けて走った

アストンマーチンDB-5 1965

「この車 ナンバープレートが変わったり 
 マシンガンが付いてるんでしょう?」

どうやらカノジョは 007に精通しているらしい
それならばと 僕は007のテーマを流しながら言った

「それは シークレットさ! 僕の生業にもかかわる問題だから・・・」

「秘密主義なのね・・・」
カノジョは 妖艶なほほ笑みを 浮かべる

僕たちは 最上階に女神像が立つシーサイドホテルにチェックインした
真っ暗な海の向こうに 東京の夜景が望みながら

「あなた いつも私を見ていたわね 
 そして いつも私を助けようとしていた・・・」

!!

どうやらカノジョは 
流れる瞳の中で 僕のことを観察していたようだ

「君を見ていると 危険な香りがしたんだ・・・」

フロントにオーダーしたヴェスパーマティーニで 
僕たちは改めて乾杯した

「007に乾杯・・・」

いつもは こんな軽薄な行動をとることはない・・・
しかし 今日の僕は 完全にカノジョのペースにはまっていた
ジンがハートを そしてウォッカが体を焦がした

「あなたを見た時から 私・・・」

カノジョの口元に 人差し指をあてた・・・
それ以上 言葉はいらない・・・ 僕も同じ思いだから・・・

僕たちは 女神が嫉妬するほど熱い一夜を過ごした

朝日が僕の顔を照らし始めたとき 既にカノジョの姿はなかった
昨夜の出来事は 全て夢のように思えた

何気なくつけたテレビの中に ツイードスーツの男が映っていた 
そして 男の後ろには・・・

カノジョがいた・・・

男は 横領罪で捕まった公務員だった
カノジョは 特別捜査官のようだ

刹那・・・
僕はテーブルの上に置かれたメモに気づいた

「女には 謎が多いものよ・・・ボンド君・・・」

窓の外に広がる秋の青空を眺めながら 僕は呟いた

「ボンドも 一度は女性に弱みを見せるんだ
 今度逢うときは 必ず君を手に入れるさ・・・
 スカイフォールが 僕達の始まりだ」







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