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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter63

素晴らしき哉、人生! ~ プジョー406クーペ 2004年式 ~
It's a Wonderful Life ~ Peugeot 406 coupe 2004 ~

会社までの道のりを 
毎日60分かけて自転車通勤
愛車のPeugeot406クーペは『今日もおいてくの』と
切れ上がったネコ目(ヘッドランプ)で 僕を見つめる

世界的パンデミックを引き起こしたウィルスの影響で 
会社は倒産 人生は大きく傾いた

「生活力の無い男に 娘を嫁がすわけにはいかない」
彼女の両親が 大きく方向転換したのを 
だれが反論できようか・・・

「私たち はじめから 無理だったのよね・・・」
彼女の一言は リベンジを誓おうとした僕の道を閉ざしていた

帰り道・・・
橋の真ん中に406を止めて 東京湾を眺めていると
海の底から 僕を呼ぶ声が聴こえた
身を任せ 欄干に手をかけた その時!

 Faaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaan!!

真っ白な 髪と長い髭で 顔中ぐるりと覆われ老紳士が 
406の運転席で ホーンを鳴らしていた

「おいっ!」 
これから 
綿津見の住人に なろうとしたはずなのに
勝手に愛車に乗り込まれたことに 腹を立てた僕・・・
と そのとき・・・
僕と同じように 今にも 
橋からダイブしようとする男に気付いた

「やめろ!!」
咄嗟に助けた相手は 取引先の社長だった
ウィルスによって 
長年連れ添った夫人を失った彼は 生きる目的を失っていた

「あなたには まだやれることがある」
必死になる僕は いつしか 自分自身を説得していた
もう そのころには あの老紳士は いなくなっていた

♪Black - Wonderful Life♪

翌日・・・
取引先の社長から 仕事を手伝ってほしいと 連絡が入り 
僕は 人生を終えられなくなった

・・・ ・・・ ・・・

湾岸沿いの道路は
車で走り抜ければ たった5分のドライブだったが 
自転車通勤だと 
運河にかかる12の橋たちが 心臓破りの坂道となっていることに気付いた

そこで僕は
4つ目の橋を越えたところにある
茶色と白が特徴的な ハーフティンバー様式のパン屋を 
セーブスポットにした

「おはよう ございます!」
マロン色のミディアムウェーブを キャップに押し込めた店員は 
ぽかぽかした 陽だまりを感じさせる笑顔で 今日も僕を迎えてくれる

1年前・・・
店の前で涙を流しながら おろおろするカノジョがいた
「助けてください!」
聞けば店主(後で知ったが カノジョのお父さんだった)が 
倒れたらしい
僕が呼んだ救急隊のおかげで 
今では 後遺症もなく 元気に仕事に復帰している

それ以来 トルティヤほどだった 
僕とカノジョの関係は フレンチトーストの 
厚みくらいになっていた・・・ 
 
「やぁ~ どうもです」
あいかわらずの 気の抜けた挨拶に

「そんなことじゃサンタ 来ないぞ! Kenjiクン!」
はっぱをかけてくるカノジョ
僕が好かれていることは わかっていた 
そして僕も カノジョのことを・・・ 
しかし 僕には 勇気がなかった

Haaaaaaaaaaaaa
大きな ため息が 空を流れる 雲に変わった

クリスマスイブ・・・を超えて 25日の明け方近く・・・ 
406のホーンが 
あの日のように鳴った
慌ててガレージに向かった僕は
赤と白の衣装を纏った 
あの真っ白い鬣(たてがみ)の様な 髪と髭の老紳士を見つけた

「ドライブしないかい」
老紳士の 呪文のような一言で 僕は 406を起動させた

前日から 降り続いていた雪は 大都会を銀世界に変えていた

406が 4つ目の橋を越えたとき 老紳士は 言った

「ジョージ・ベイリー(James Stewart)と同じように
 君の存在が 世界に与えた影響は大きいんだよ」

彼の一言が 
僕の記憶の一部を 勝手にロードさせる
欄干から飛び降りようとした男・・・
倒れたパン屋の主人・・・

「今度は 君自身を大切にしなさい 
 それが カノジョの幸せにもつながるんだよ!」

・・・ ・・・ ・・・

空が白けてきた
目の前にある パン屋は 明かりが灯っていた
406の運転席にいた男は 
すでに店に入っている  やがて・・・
レースのカーテンが掛かった パン屋の窓に
男女二人が抱き合う姿が 浮かび上がった
その瞬間を見届けた老紳士は 
ゆっくりと 小さな光の塊になり 
ふわりと浮遊して 406のステアリングの中心で消えた

そこには 
鬣が立派な Peugeotのシンボル ベルフォールのライオンがあった


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