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じいちゃんの左手 その55

学校から帰ってくると 
縁側には いつも 群青色の市場帽子を斜にかぶった じいちゃんがいた 
右手にワンカップ 左手には “わかば” 
田んぼの案山子のように 僕の問いに 何でも答えてくれた じいちゃん
今思えば ほとんど 的外れだったけど 心は いつもポッカポカ
そんなじいちゃんと あの縁側が 今もあったら・・・ 
きっとこんな 会話になっただろう・・・

『ローソク』

「じいちゃん そろそろ梅雨になるねぇ」
どんよりした空を見上げる僕 

Pufaaaaaaaaaaaaa
空には じいちゃんの口から出た
わかばの煙が 大きな雲と 一つになっていく
昨日で 
大仕事の田植えを終えて やり切った感いっぱいの じいちゃん
まだ真昼間なのに 
早くも ワンカップの空瓶が2本 足元に転がっている

Puuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuun

そんな僕たちの間を 一匹の蚊が飛んだ

Pach!

Puuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuun

あぁ・・・ いよいよ やって来た蚊の季節
じいちゃんに 言われて 仏壇からローソクを一本拝借

「今日は 六月九日だけに ローソクの火じゃ!」
と言いながら 
じいちゃん ローソクで 蚊取り線香に火をつけた

「えっ・・・ 今日って ローソクの日なの?」

驚いた僕と 同じくらい 眼を見開く じいちゃん

「おっ・・・おう! そうともよ! ロー(6)ソク(9)の日じゃ!」

なんか・・・ 汗かいてるのは 蒸し暑いからかな
そんなことより やっぱり じいちゃんは 物知りだ!

「さすが じいちゃん 物知り博士だね!」

3本目のワンカップを 
グビグビ空けていた じいちゃん 突然・・・ 
吞む手が止まった そして・・・ 

にやり・・・

「お主・・・ ホントに 素直じゃのぉ」

えっ・・・ どういうこと・・・

「ろうそくの ”ろ”=6と ”く”=9を 消すと・・・ どうじゃ!」

えっ・・・
「”ろ” と ”く”を 消したら・・・ ”う” ”そ” ・・・うそ!」

Gahahahahaha
じいちゃんの 大きな笑い声で 
庭の柿の木にとまっていた  ムク(69)ドリたちが 一斉に跳び立った


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