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【ショートショート】         映画と車が紡ぐ世界 chapter58

ディア・ハンター ~ ニッサン ステージア 300RX M35型 2003年式 ~
The Deer Hunter ~ Nissan Stagea  300RX M35 2003 ~

「お前には 貸しがあったな」

久しぶりの秋晴れに 
オキシトシンが分泌され
小さな幸せを感じていた 僕の視界は
携帯から聞こえてきた 友人?の常套句で 強制的にモノクロに変化した 

アイツが言う貸しとは 
大学時代の 代返(代理出席)7回分を指している

「俺の貢献無くして 君は卒業出来ただろうか?!」

そう うそぶくアイツに
『できたさ! 寧ろ お前の方が危なかっただろうに・・・
 そもそも 代返だって オレが頼んだわけじゃないよな』
右脳が 異を唱えた

「頼む!! 合コンメンバーが足りないんだよ!
 それに 代返返しとしては ラッキーだろう」

お願いなのか 命令なのか・・・ 
左脳が 論理的思考を巡らせたものの 
最終的には
ノーマル思考では対処できない アイツの思考回路に合わせるのは 
無駄だと結論付けた

「じゃ! よろしく! あ~そうだ 車も頼む!!」

!!

『合コンで車って・・・』
結局 僕のことは アッシー君程度にしか思ってないようだ

「今回は紅葉狩りがテーマなんだ !
 お前の車は 紅葉の中を走らせたら日本一なのだろう?!」

たわいもない世間話の中で
アイツに Stageaについて語ったことを後悔した・・・
そういうことは よく覚えているんだよな・・・

♪ Keiko Lee We Will Rock You

Keiko Leeの 歌声に酔いしれて 衝動買いしたStageaは 
スカイラインの血統
大胆かつ優雅な走りは 峠のワインディングも 面白いように駆け抜ける

久しぶりの山道は 魅力的だ でも・・・
僕の車に乗る女性は 特別な人だけにしたかった・・・

「じゃ ヨロシク!」

結局 アイツは 
いつものように 僕の意志を確認せずに 電話を切った

相変わらずだ・・・
アイツと一緒に行動すると いつもトラブルに巻き込まれる
ふと 大学時代の思い出が よぎった

教授の自動車通勤に異議を唱えた「言語学パーキング事件」・・・
学食のメニューにかみついた「メロンパン・コンセプト事件」・・・
そこには いつも首謀者としてアイツがいて・・・ 
不本意ながら 
彼のグループには なぜか僕もエントリーさせられていた
僕の大学生活は
ベーカー街221bの狂人につき合わされた 
従軍医師のような 冒険の毎日だった まぁ・・・ 
今思えば 
面白い経験では あったのだけれど・・・



週末の空は 
更に 蒼く高かった
待合の場所には アイツと二人の女の子がいた
一人は アイツが学生時代から狙ってる 僕らと同級の女性・・・
目のやり場に困るような ボディラインのはっきりした 
紅赤のニットワンピース

「Kenくーん 久しぶりー」

学生時代から 僕のことを子供扱いする 苦手な女だ
そんな彼女の横には 足元の地球だけを見ている 控えめな女性がいた
なんとなく
自分と同じ空気を感じた その時・・・

Bachhhhhhhhhhhhhhhhn!!

アイツが 僕の背中を叩いた

「鈍感だな! Yuriちゃんだよ!」

えっ・・・
Yuriは 大学3年の夏 突然 アメリカに留学した 
カノジョが 渡米して一週間・・・
僕は学校を休んだ 
アイツが代返したのは その時だった

僕とカノジョは
入学式で意気投合して 3年間いつも一緒にいた
これからもずっと 一緒だと思っていたのに
カノジョは 僕に何一つ 言わずに 消えてしまった

だから・・・ だから・・・ 
僕は大学時代の思い出すべてを 記憶の箱の中に封印した

そのカノジョが・・・ 今 僕の前にいる

「Yuriちゃんはね 
 心臓の治療を受けるために アメリカに行ったんだ
 それでも 治る保証はなかった
 だから 大好きな お前には 何も言えなかったんだ
 でも・・・ カノジョは ずっと お前のことを思っていたよ
 その思いが 神様に通じたんだ
 カノジョは帰ってきた」
憎らしいほど カッコつける アイツ 

「Kenクン また 一緒にいても いいかな」
 
うれしかった・・・ しかし・・・ 
また君がいなくなってしまうのではないか・・・
臆病なレジストリが 
頭一杯 溜まりすぎて 僕の思考回路がショートしかけた

そのとき・・・
「Ken! One shot!」

One shot・・・ 
あぁ ディア・ハンターか・・・
アイツと一緒に観た映画 一緒に泣いた・・・

思考を閉ざして ロシアンルーレットの世界で生きる
親友のニック(Christopher Walken)を救った 
マイケル(Robert De Niro)の 一言・・・

"One shot"(一発必中) 

勇気と友情の言葉! そうだ One shotだ・・・

僕のハートに ディアハンターのテーマ曲が流れた

♪ The Deer Hunter Soundtrack ♪

真っ赤な モミジの葉がふわりと落ちる 
その向こうで 
僕の 一言を憂懼(ゆうく)するカノジョの瞳は 
森林の中で佇む 
大鹿の透き通った瞳を思わせた

「お帰りYuri 今も これからも ずっとスキだ・・・」

精一杯の気持ちを込めたOne shot・・・
カノジョは 満面の笑みを返した

「ありがとう Takashi !」

「Kenの生声 久しぶりに聞いたよ」

僕らの周りを もみじたちが精霊のように舞った

「そうそう・・・ あと6回分 忘れるなよ・・・」

空気を読まない
相変わらずの アイツ・・・ 
Stageaのフロントガラスに映る僕の顔は 満面の笑顔だった


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